立花隆さんが近著『小林・益川理論の証明』(朝日新聞出版)の冒頭で、ノーベル賞受賞報道のありかたを嘆いています。
「とにかく、テレビから伝えられる情報はお2人のいわゆる“お人柄”ばかりで、そもそも彼らがどのような業績をあげたからノーベル賞の受賞にいたったのか、そしてそれはどういう意味を持つのかといった本質的なことはほとんど何も伝えられなかった。日本のマスコミの知的水準はこの程度なのかと思った」

 うーむ。
「考える人」編集部には理系のテーマについても関心の深いメンバーが揃ってはいるのですが、関心が深いからといって「よくわかっている」のかどうかと問われれば、ほとんど何もわかっていないに等しい、とここに告白しておきましょう。なのに「日本の科学者100人100冊」というタイトルの特集をやろうというのですから、こわいもの知らずと言われても、野蛮だと言われても、反論の余地はありません。

 編集部がこの特集に取り組むよりどころは「100冊」の部分でした。すぐれた科学者であればあるほど、私たちのような「何もわかっていない」人間にもじゅうぶんに伝わる言葉を持っている。いま読んでも新鮮で刺戟的な本を書き遺していたり、その科学者の人としての魅力をも伝える評伝を生んでもいるのです。そのような本を足がかりにしてなら、100人を選び出す方法はある。その際、物故者であること、古本であっても比較的たやすく入手できる著作があることを条件にしました。

 そしてその選定作業に全面的に協力してくださったのが、「考える人」の特集にこれまでも何度となくかかわってくれた科学・哲学ライターの山本貴光さんです。山本さんには、しっかりとした見取り図と、懇切丁寧な手さばきによる労作『心脳問題』などの著書があります。100人の選定は、日本の科学者を通史的にふりかえる知力と腕力をそなえた山本さんを船頭に、基本のリストをつくり、その後、執筆に参加してくださった方々にも候補をあげていただきながら、何度も入れ替えを繰り返し、徐々にかためられていったのでした。
 この作業を続けながら思ったのは、100人100冊を選ぶというような「野蛮なこと」は、やはりこわいもの知らずのわれわれでなければ、とてもできないということでした。そして最終的にできあがった100人のリストを見たとき、われわれの目の前には驚くべき宝の山が眠っていたのだ、ということを痛感しました。日本の科学者たちの、ひょっとして忘れられかけているかもしれない偉業の数々に、しばし言葉を失うような感銘を受けたのです。

 表紙の写真はノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎さんのポートレイトです。表紙が決まって、編集部の作業テーブルを見下ろすところに貼られました。朝永さんに見つめられながらの入稿校了作業には、いつもとは幾分ちがった緊張感が漂っていました。

(「波」2009年7月号再録)