Kangaeruhito HTML Mail Magazine 417
 
 愛される酔っ払い

 最近は看板がずり落ちかけている気配もありますが、それでも日本というのはやっぱり平和で安全な国だなぁ、と思うのは、酔っ払いがこれほど無警戒に夜の街を練り歩き、それぞれに盛り上がっているような国は、私の知る限りでは他にあまり例がないからです。酒の上の不始末に対してなぜか寛大なところを含めて、この国はつくづく酔っ払い天国だと思います。つい先日のこと、終電間際の山手線を待っていると、「先ほど、渋谷駅と日暮里駅にてお客様が線路内に立ち入った模様です。ただいま安全確認を行っておりますので、お急ぎのところ誠に申し訳ございませんが、電車到着までいましばらくお待ち下さい」という構内アナウンスが流れました。「また酔っ払いだな」と思いながら、かなり待たされて到着した電車は、予想通りの「超混み」状態。大半が酔客と思われる土曜日午前零時過ぎのすし詰め電車です。車内にイライラ感の募らないほうが不思議なくらいで、はたして新宿駅の激しい乗降の際に酔客同士の諍いが始まりました。その人波にもみくちゃにされた挙句、提げていた紙袋を破かれ、中に入れていた携帯電話を見失うというトラブルに巻き込まれました。幸い、翌日に新宿駅の遺失物センターで見つかりましたが、この話を友人にしていたら、そういう酒についての忌まわしい記憶をきれいに一掃してくれるいい本がある、と推薦してくれたのが、『酔って記憶をなくします』(石原たきび編・新潮文庫)でした。

 一気に読みました。笑いました。忌まわしい記憶を払拭してくれるかどうかは別にして、気持ちが鷹揚になるというのでしょうか。「毒をもって毒を制す」ではありませんが、こういう人たちが世の中に溢れている以上、何があってもおかしくないと、妙に腹が据わります。ともかく「酒で何かをやらかす」人がこれほど多いこともビックリですが、周囲の温情に支えられてみんながハッピーに暮しているというのも驚異です。やっぱり日本はいい国だという最初の感想に行きつきます。それと併せて、この分野における女子の目覚ましい台頭、活躍ぶりは時代を映す鏡だと思いました。「あっぱれ!」と言いたくなったツワモノはことごとく女子でした。

 (1)酔っ払って帰宅して、さらにワイン1本を空けて、深夜にパスタまで作ったらしい。目が覚めて風呂場を覗くと、風呂蓋の上になぜか、パスタ、ワインボトル、グラスがある。しかも洗面器にワイン。飼っている犬にワインを飲ませながら、一人宴会をやっていたみたい……という33歳女性、(2)友人宅でさんざん飲んで帰宅してから、隣の家の犬小屋に入ろうとして、娘に止められたという37歳のママ、(3)公園に住んでいるホームレスのおじいちゃんとお互いに泣きながら、朝まで日本の未来について語り明かしたという23歳、(4)頼んでおいた男性ストリッパーが来ないので、お尻にホッカイロをでかでかと貼って、それをフリフリしながら代わりにストリップしていた39歳、2児の母、(5)泥酔した状態でお風呂に「週刊朝日」を持ち込んだので、数時間後にドロドロに溶けたそれが全身にまとわりつき、おなかのあたりは記事が読めるくらい、完全に「耳なし芳一」状態になったという42歳……もう怖いものがなくなりそうです。

 などと、まるで他人事のように書いていますが、私自身も休肝日ゼロ、毎日マウンドに上がる規則正しい飲酒党です。しかもこの道に入門した頃に出会った人たちの影響をもろに受けていて、最初からかなりのハイペースで飲みますので、当然、酒量も多くなります。それを30数年続けているのですから、もちろん「記憶」があやしくなることはしばしば、足元がKO寸前のボクサーのようにふらついたことも、天井がグルグル回るような撃沈状態を味わったことも何度かあります。しかし、この本を読んで痛切に思ったのは、自分にはこれほどインパクトのある戦果がない、ということでした。意外に何もやらかしていないではないか、と思い至り、少し損をしたような気分になりました。これもきっと、酒を覚えた頃に相手をしてくれた人が、基本的には酒豪の大人ばかりだった影響が大きいと思います。宴会、コンパのノリというよりは、バーのカウンターで一人か少人数で、というパターンが多かったのと、付き合ってくれる大人たちの話がめっぽう面白くて、そういう人たちへの好奇心と、カッコいい酔っ払いへのかすかな憧れもあって、酒場が文字通りの“夜学”だったからかなと思います。

 とはいえ、飲みすぎればせっかくの“夜間授業”も、ある時点から「後はおぼろ……」となり、ヨレヨレの状態で何とか家までたどり着くということもありました。その後、社会人ともなれば、酒にまつわる大抵のことはひと通り、いや人並以上に経験しました。浮世の義理で名うての酒乱としばしば酒席をともにした時期もありましたし、酒場での厄介な仕切りを任されたり、荒れた酒席の後始末、乱酔・泥酔した人間の送り届けなどは編集者の仕事の一部でもありました。その類の話はいくらもありますが、自分自身の失敗例となると、スケールが小せぇ小せぇと叱られそうな気がします。

 ただ意外だったのは、この本にひとつもトラ箱体験のケースがなかったことです。吉行淳之介さんの『恐怖対談』(×長部日出雄)に、ラジオでトラ箱の録音テープを聞いたことがあるという話が出てきます。「なんにも悪いことしてないのに、こんなところに入れられちゃって、オイオイオイ」「四十年間、無事に生きてきたのに、オイオイオイ」と泣いていたというのですが、実は「トラ箱はとても親切だ」というのが一般的な説です。

 河上徹太郎というと、いまの読者にはややなじみが薄いかもしれませんが、小林秀雄の親友であり、批評家として優れた作品を残しただけでなく、狩猟を愛する人、また酒仙としても逸話の多い人です。彼に「わがトラ箱記」という短いエッセイがあります。「私はまだブタ箱というものの経験はないが、先日初めて警察のトラ箱という施設の御世話になった」という一文です。昼食に立ち寄った銀座のR屋でタンシチュウに合わせて赤ワインを飲んでいたら、そこへ気の合う話し相手が現れたので、ブランデー1本をテーブルに置き、手酌で杯を重ねながら、楽しいひと時を過ごします。
 
〈そこを出てからしばらく記憶が途切れる。気がついて見るとベッド、といいたいけど、医者の診察室にあって腹を診る時寝かされるあのリノリウム張りのベンチの上に寝ていた。枕許には水洗便所がむき出しであった。それはいいけど、壁も窓も扉も頑丈な金網ばりである。私はふとソルジェニチンの小説の主人公のような気がした〉
 
 扉を中から叩き、現れた係官に水を所望すると、コップに入れて運んできてくれます。そして、「おうちで心配してるといけないから電話をかけて上げましょう」と係官は言い、電話口に出た夫人には「一人で帰れるとおっしゃるけど、やはり誰か迎えに見えた方がよくはないですか」と勧めたそうです。迎えに現れた義妹が「あには一体どうしていたのでございますか?」と尋ねると、警官は「いやなに、原稿が出来て届けたら気が弛んでお酒が過ぎたらしいのです」と答えたといいます。帰り際に河上氏が「いろいろ御世話になりましたが、御礼にウイスキーで皆さんと乾杯したいけど、どこかで手に入りませんかしら」と水を向けると、「いや、われわれは今勤務中ですから、と固辞された」というオチがつきます。

 この品のいいやりとりを読むと、トゲトゲしたいまのご時世とはよほど時代が違うのか、それとも河上さんの人柄がそうさせたのか、警官が特別に温厚な人だったのか、といろいろ考えさせられます。ただ、私の周りの“体験者”に聞いた限りでも、トラ箱に怨みを持っている人は皆無です。みんな「お世話になりました」と殊勝に挨拶をして帰ってきているようです。飲んで高揚した時の1オクターブうわずった状態から、檻の中で目を覚まし、次第に酔いが醒めてきて、後悔と反省で1オクターブ沈み込んだ状態との2オクターブの落差が、伏目がちな言葉になって現れるのでしょうか。いまでも思うのですが、「SMAP」の草なぎ剛君が公然わいせつの現行犯で逮捕された事件がありましたが、普通なら、あの程度の酩酊者はブタ箱(留置場)ではなく、トラ箱(保護室)行きが妥当な事件だったのではないでしょうか。

 いよいよ忘年会シーズンが近づいてきました。きっと『酔って記憶をなくします』パート2ができるほどに、あちこちで「愛される酔っ払い」が“芸”を競うのでしょう。「考える人」の忘年会は、次号の校了後の12月21日の予定です。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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