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関口良雄『昔日の客』(夏葉社)

こんな古本屋があった

「幻の名著」として知られていた本の、実に32年ぶりの復刊です。著者・関口良雄氏は東京・大森にあった古書店「山王書房」の店主で、1977(昭和52)年に59歳で亡くなりました。還暦を前にして、何か記念にまとまったことをしたいと思い立った著者は、それまで古書店の組合報などに発表してきた文章に書き下ろしの数篇を加えた、1冊の随想集を準備していました。それがこの『昔日の客』です。「自分の本ができるなんて本当に夢のようだ。涙が出るほどうれしい」と闘病中の日記には綴られていたそうですが、残念ながら刊行は著者の死後となりました。しかし、その素晴らしいエッセイの魅力は、山王書房とその主人の思い出とともに、その後もながく語り継がれてきました。ただ、いかんせん1000部という小部数の出版だったために、元版は知る人ぞ知る「幻の名著」になっていたのです。それだけに、復刊を待ち望んでいた人たちの喜びは想像に難くありません。私自身もようやく長年の夢をかなえることができた、という感慨がひとしおです。

 私にとっての「物語」の始まりは、沢木耕太郎さんの『バーボン・ストリート』(1984年,新潮社)でした。「ぼくも散歩と古本が好き」の章に描かれた「古本屋の親父」の忘れがたい肖像。沢木さん自身の思い出もさることながら、1980年、芥川賞受賞からわずか6年後に、42歳で急逝した野呂邦暢さんと山王書房店主とのエピソードは、心に焼きついて離れませんでした。

 野呂さんは、父親が事業に失敗した上、大病を患い入院したために、高校を卒業すると郷里の長崎県諫早から東京に出て働かなくてはなりませんでした。しかし運転免許もなく、特別な技術もない「田舎者にロクな仕事」はなく、職を転々とする中で、唯一の楽しみとなったのが古本屋通いでした。その時、たまたま部屋を借りた先が山王書房の近くだったことが、関口さんとの出会いにつながりました。

 関口さんの略歴を見ると、1953(昭和28)年、35歳の時に「大田区新井宿に古本店山王書房を開店する」とありますから、野呂さんが店に現れたのはその3年後ということになります。しかし1年足らずのうちに、野呂さんは東京を去ります。彼はその直前、山王書房を最後に訪れてある本を求めますが、この時の経験を、後年、何度もエッセイに書いています。それくらい彼の心を揺さぶる鮮烈な思い出が、店主によって刻まれたのでした。帰郷した彼は、佐世保陸上自衛隊に入隊します。それから約17年が経過し、1974年、作家・野呂邦暢は「草のつるぎ」で第70回芥川賞を受賞します。授賞式に上京した作家は、その数日後、夫妻で懐かしい店を訪ねます。昔ここへ通っていた当時、母親に抱っこされていた娘さんは、22歳になって婚礼を間近に控えていました。野呂さんは持参した作品集『海辺の広い庭』の見返しに「達筆な墨書き」でひと言添えて関口さんに進呈します。「昔日の客より感謝をもって」。遺稿集の書名は、この経緯を綴った関口さんの随筆のタイトルから取られています。

 こうした人との忘れがたい思い出を、慈しむように、しかしユーモラスに、適度な抑制を利かせて鮮やかに描いているのが『昔日の客』です。「正宗白鳥先生訪問記」に始まり、尾崎士郎、上林暁、尾崎一雄といった敬愛してやまない作家たちとの交流や、川端康成、三島由紀夫、浅見淵らとの印象的な関わりが滋味のある文章で書かれています。いずれも味わい深く、著者の言葉に対する厳しさ、俳句を好んだ人らしい切れのある描写の妙に目を見張らされます。個人的に心を惹かれたのは、13歳の時に55歳で逝った「父の思い出」、古本屋の日常の中で本を介しながら付き合った人たちとの「大山蓮華の花」「可愛い愛読者」などで、著者の心映えを伝える名品だと思いました。人物紹介ふうに言えば、山王書房店主というのは、
 
〈酒と歌と散歩と俳句を愛した男。小説、とりわけ私小説を愛し、損を覚悟で、独力で『上林暁文学書目』や『尾崎一雄文学書目』を刊行した男。酒癖が悪くなったと知るときっぱり断ち、しかし酒席を賑わすことをやめなかった男。そして、なによりも古本と古本屋という職業を愛した男。だが、必ずしも商売人としては成功しなかった男〉(沢木・前掲書)
 
 ということになるのでしょうが、1962(昭和37)年初出の一篇「古本」には、この人の生き方を貫いた優しさの原型を見るような気がします。日本全体が高度成長期のただ中にあった時代に、大森の一角でこういうことを考えていた書店人がいたことを忘れてはならないように思います。
 
〈大正生まれの私は、大正時代に出た本に最も心が惹かれるのである。大正の本は概して地味である。大正という時代があまりパッとしなかった故か、本もその時代を反映して地味なのかと思われる。色も艶もない装幀で粗末なハトロン張りの函に入っていたりする本が多い。しかし、これらの本は、見かけは無骨でも、造本はガッチリ出来ている。素朴といえば余りに素朴であるが、私はその素朴さの中に大正という時代の風潮を見るのである〉
 
 店を閉めた後、電灯を消した暗い土間の椅子に坐り、そんな感慨を抱きながら店の棚を改めて眺めていると、そこには自分が思いを寄せているにもかかわらず、「もう何年ともなく棚の上に埃をあびたままでいる」本があることに気がつきます。「開店の頃だからもう十年近く」も「棚に根が生えたように動こうともしない」本があるのです。しかし、と店主は考えます。仮に売れなくてもいいから、自分はこの本を棚の上にそのまま置いておこう、古本市場に出して処分する気にはなれない、と。

 この先は息子さんの証言です。ある時、父親がお客さんと夢中になって話していたというのです。「古本屋というのは、確かに古本という物の売買を生業としているんですが、私は常々こう思っているんです。古本屋という職業は、一冊の本に込められた作家、詩人の魂を扱う仕事なんだって。ですから私が敬愛する作家の本達は、たとえ何年も売れなかろうが、棚にいつまでも置いておきたいと思うんですよ」。それを聞いて、「父の仕事を誇らしく思い、感激して胸が詰まりそうになりました」というのです。

 沢木さんの本が出た翌年、たまたま大森に引っ越した私は、近藤富枝さんの『馬込文学地図』に詳述された1920年代の文士たちの足跡を辿りながら、起伏の多い馬込界隈の細かい坂や路地をよく歩きました。山王書房のあった臼田坂下まで足を延ばしてみることもしばしばでした。店主の遺言にしたがって、とうに店は閉じられていましたが、そう思ってあたりを眺めるせいか、文士たちの青春の名残りとともに、かすかに古本の匂いが感じられるような気配がして、気づくといつしか足が向いているのでした。

 さて、ようやく手にした『昔日の客』ですが、期待にたがわぬどころか、ひとつひとつのエッセイが粒だった短編小説のようで、贅沢なひと時を味わいました。新版は、美しいよもぎ色の布地の表紙に、著者の手になる題字があしらわれ、口絵・裏表紙には著者と親交のあつかった山高登氏の木版画が使われています。口絵には「大森曙楼旧門附近 銀杏子の散歩道」とあります。銀杏子は著者の俳号。お気に入りだった散歩道は、「曙楼旧門」の赤レンガこそなくなりましたが、変わらない地形と風景の断片が32年の時の隔たりを埋めてくれます。

「復刊に際して」のご子息のことばは、2代目山王書房「店主敬白」の趣があります。
 
〈復刊を共に希望し、応援して下さった皆様、有難うございます。夢が実現しました。
 かつて、山王書房を訪れ、文字通り「昔日の客」であった皆様、父の話にお付き合い下さり、本当に有難うございました。
 残念ながら、その時代にいらっしゃれなかった皆様、父の魂が込められた、この一冊が「山王書房」でございます。
 いつまでも、そして何度でもいらして下さい〉
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
 
 ちなみに、本の巻末に付けられた「関口良雄略歴」には、著者と交流のあった作家や学者など、主だった人たちの名前がずらっと並んでいます。相磯凌霜、浅見淵、安西啓明、池上浩山人、石井潤、石原八束、五木寛之、逸見広、岩佐東一郎、臼井正明、宇野千代、岡田幸一、岡本功司、尾崎一雄、尾崎士郎、小田切進、加藤楸邨、川崎展宏、上林暁、北園克衛、木山捷平、金原亭馬の助、紅野敏郎、近藤富枝、佐野洋、沢木耕太郎、柴田宵曲、渋沢秀雄、城左門、新保千代子、洲之内徹、添田知道、田坂乾、出久根達郎、寺田政明、十和田操、長岡輝子、仲田定之助、仲田好江、中谷孝雄、七尾伶子、野呂邦暢、萩原葉子、保昌正夫、安成二郎、山口勝弘、結城信一、頼尊清隆、正岡容、松尾邦之助、三島由紀夫、村岡花子、村松喬、室生犀星、森澄雄、柳亭燕路の諸氏です。ごく最近亡くなった方では、長岡輝子さん、森澄雄さんがいらっしゃいます。
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