Kangaeruhito HTML Mail Magazine 430
 
 Have a good time!

 柄にもなくハムレット的心境が続いていました。「出るべきか、見合わすべきか」――どちらの決断を下したにせよ、世の中の大勢に影響するわけではまったくありません。誰に頼まれたわけでも、強制されたわけでもなく、あくまで個人的な問題。つまり、自分の心の中を覗き込んで、自分をどう納得させるかというだけの問題……などと、さんざん考え抜いた挙句、後者の選択肢はあり得ないな、と覚悟が決まりました。2月27日の第5回東京マラソンは、走ることに決めました。

 出場すれば5年連続になります。今回もフルマラソン枠の倍率は約9.2倍だったといいますから、出場権を得ること自体が超ラッキーです。権利をむざむざ放棄するのは、抽選に外れた人たちに対する背徳行為です。当然、走るべきです。ただ、今回はいつになく心が揺れました。この1年、走る時間がどうにも確保できなくて、あまりに準備不足なのが明白だったからです。走り込み不足のまま、距離に対する不安を抱えて走るマラソンほど悲惨なものはありません。年1回だけのフルマラソンだとはいえ、前回から一度も道路を走らないままでのぶっつけ本番。スポーツ・ジムのトレッド・ミルでさえ、ろくに走れていない状態です。

 記録や順位が先に来るエリート・ランナーは別にして、一般ランナーにとってのモチベーションは、自分の内側にしかありません。「今回はこれくらいのタイムで、こういうシナリオで走ろう」と、自分で設定した目標をクリアできるかどうか。これがたったひとつの達成の尺度です。その目標をあらかじめ自分で設定できないとなれば、「なんで走るの?」という問いと向かい合わざるを得ません。

 その昔、高校生時分まで、自分は典型的な短距離仕様の人間だと思っていました。ダッシュや短距離走は得意だけれども、5キロ程度の長距離走でも、「あーいやだ、いやだ」と思いながら人の後をついて走っていました。ところが、30代になって「身体の立て直し」に取り組み始めたある時、人に誘われて初めて10キロマラソンに出ました。すると予想以上のタイムで気持ちよく走れて、「まだまだいけそうだ」という感触を得ました。それをきっかけに、急に走ることに目覚めました。長い距離を走ることが楽しいと思い始めている自分がいて、身体も確実にそれを受け入れている! 30歳を過ぎてなお、自分の中に未知の可能性があったという驚きと嬉しさ。日を追って記録が短縮されていく快感とともに、走ることの魅力にどんどん取り込まれていきました。

 それが40代半ばまで持続していました。ところが、仕事も忙しくなり、ランニングの習慣が次第に遠のいていきました。5年前の夏、東京マラソンに応募したのは、かつて宮古島などのトライアスロン大会で知り合った仲間にかなり強引に誘われたからでした。

 約18年ぶりのフルマラソンとなるので、レース・プランは慎重に練りました。無理をしないで完走できるペース。1キロ6分で約4時間10分。これなら大丈夫だろうと考えました。以前はサブスリー(フルマラソンを3時間以内で走る)を当たり前の目標にしていたことを考えれば、妥当な作戦と思えました。結果は、ほぼその通りのタイムでした。けれども、25キロを過ぎたあたりからの苦しさは予想以上でした。その苦痛にあっさり押し切られて、なす術もなかった不甲斐なさ。仕方ないさ、と思いながら、やはりプライドを傷つけられたような気がしました。これはリベンジしなくては――。

 翌年、心中ひそかに“サブフォー達成”を期して走りました。ところが失敗。3年目、4年目。いずれも、容赦ない返り討ちにあう結果となりました。昨年は初回のワースト記録を更新するというおまけ付きでした。なぜだろう。似たパターンの失敗レースを繰り返しながら、初めて年齢を意識しました。結局、その精神面での立て直しができないままに、この2月を迎えました。しかも、この1年はいろいろな事情から、本当に走ることができませんでした。これまでの雪辱を果たすために実力の底上げを図るどころか、“貯金”の残高はゼロになり、日々負債が増えているような状況で、どういう走りをすればいいのか。レースに向けて自分の士気を高めていくための、その手がかりがなかなかつかめませんでした。

「ちょうど引退するのにいい潮時じゃないの?」という声がどこからともなく聞こえてきます。「今年は無理をしないことにするかな」という弱気心も、時折、頭をもたげてきます。

 世界五大マラソン(ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティ)に匹敵する市民マラソンだというのに、ほぼ毎回、悪天候に見舞われるのも東京マラソンです。第1回と昨年の第4回は雪まじりの激しい雨の中を走りました。2月だから寒いのは覚悟の上ですが、これほど酷いコンディションに祟られるというのは一体誰のせいか? と都知事の顔などがチラチラします。氷雨に打たれて、30分以上も震えながらスタート地点で号砲を待つ間に、やわなランナーの足裏は冷たく、脚は冷凍チキンのような感じになっていきます。

 それでも、走り出せば気分も新たに、中間点あたりまでは抑え目のペースで快調に走ります。それが、25キロを過ぎたあたりから次第に脚に疲れを覚え始め、歩幅が少しずつ狭まってきて、腰の位置が落ちてくるのを自覚します。そして35キロを過ぎると、どうやって身体をなだめ、すかし、いたわり、おだて、励ましても、苦痛は耐えがたくなる一方です。「ああ、きつい、もう駄目だ」と歩きたい誘惑と戦いながら、ヨレヨレの状態でゴールになだれ込む、というのが毎回のパターンです。

 この終盤の苦しさをいやというほど味わっている上に、さらに今回は準備不足だとなると、レースへの集中力がわいてくるはずもありません。それでも、やはり走ることに決めました。もうあと10日。土壇場に追い詰められて、ついに覚悟を決めました。

 というのも、ある時から走ることは、自分の中のメルクマールになっていると気づいたからです。仕事や生活全般が順調な時期もつらい時も、走ることで自分のリズムを整え、生涯付き合うしかない“自分”というものに向き合ってきました。時には邪念を振り払い、自分を見失わないためのデトックス(解毒)の時間ともなりました。いつもベスト・コンディションだったわけではありません。思いがけないトラブルやアクシデントに妨げられたり、気がかりな問題を抱えたりしながら、それでも気がついたらスタート・ラインに立っていた、ということもしばしばありました。本来ならば黙々と練習を積み重ね、満を持して本番に臨むのが理想なのでしょうが、そう都合よくいかないことも経験則として学んできました。

 とすれば、ここでその流れを断ち切るのは、自分に対する一種の裏切りではなかろうか。いま弱気に負けて出場を断念すれば、これっきり走ることと縁が切れてしまうかもしれない。それではいかにももったいない。続けられる限りは走るべきではないか、という気がしたのです。

 今回はおそらく苦しい時間を、ただひたすら長く味わうことになるでしょう。以前は“nothing but wind, nothing but wind”とヨガのおまじないを唱えながら走ったものです。「風になれ。風になれば無限の力が湧いてくる」という意味だと教えられました。風になることはもはやすっぱりとあきらめました。いまのイメージでは、一歩一歩のストライドに意識を集中させながら、重い足取りでゴールに向かって近づいていく自分の姿しか思い浮かびません。それでも、フィジカルな形で自分の弱さ、小ささを感じることが大切じゃないか、と強がり開き直って、1年に一度の「走る人」になってきます。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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