Kangaeruhito HTML Mail Magazine 438
 
 あなた自身の1行を

 大震災からひと月がたちました。まだ時々激しい揺れが襲ってきますが、11日には閣議で「東日本大震災復興構想会議」(議長・五百旗頭真・防衛大学校長)の設置が決まり、国による「骨太の復興ビジョン」の策定が、6月末をメドに進められることになりました。1923年の関東大震災後に、首相直属機関として「帝都復興院」が置かれたことに倣ったもので、この時は岩手県出身の後藤新平が総裁として辣腕を振るい、国家の総力を結集して難局にあたりました。今回は1995年の阪神・淡路大震災時の手法にも学び、被災自治体の知事をはじめ、赤坂憲雄さん(学習院大教授・「東北学」提唱者)や玄侑宗久さん(臨済宗福聚寺住職・在福島)ら、地元関係の有識者がメンバーに加わっているのが特徴です。

 そんなニュースを耳にした後で、満開に咲き誇る桜の花の影をふみながら、ふと頭に思い浮かんだ詩があります。谷川俊太郎さんの「生きる」という作品です。
 
〈生きているということ
 いま生きているということ
 それはのどがかわくということ
 木もれ陽(び)がまぶしいということ
 ふっと或(あ)るメロディを思い出すということ
 くしゃみをすること
 あなたと手をつなぐこと〉
 
 誰しも気がつく冒頭2行のリフレインの鮮やかさ。折り返されてドキリとする2行目の「いま」の2文字が、いつにもまして胸に迫るのは、私たちが3・11を経験してしまったからに他なりません。続く5行では、人間の五感(味覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚)を通して感得される「生きる」イメージが挙げられていきますが、渇きをいやすことも、太陽の光を感じることも、記憶をふたたび蘇らせることも、くしゃみも、ましてや人のぬくもりに触れることも、亡くなった人たちにはすべて叶わぬことばかりです。つまり、このひと月というもの、私たちは「生きる」という詩のネガの現実を生きてきたようなものです。だから2行目の「いま」の2文字によけいにドキリとさせられるのだと思います。言い換えれば、「死」の合わせ鏡によって「生きる」ということをより深く考えるようになった、とも言えます。


 この詩を思い出したのには、少しわけがあります。この「生きる」という詩を27人の小学6年生に読ませて、それぞれ自分自身にとっての「生きる」に表紙をつけてみようという授業風景のドキュメントを読んだことがあるからです。NHKの人気番組「課外授業 ようこそ先輩」をもとに作られた、装幀家の菊地信義さんの著書『みんなの「生きる」をデザインしよう』(白水社)がそれです。

 菊地さんは子どもたちに言います。詩や小説を読むというのは、実は本に書かれてあることを読んでいるのではなくて、自分自身を読んでいるのだ、と。だから「生きる」という詩は、読者ひとりひとりが、自分の「生きる」を考えるための手がかりであって、みんなはそこから自分自身の「生きる」を見つけてください。そして、その1行が見つかったら、それを人に伝えるためにはどんな文字の形や色がいいのか、絵はいるのか、いらないのか、を考えてみなさい、と。

 子どもたちからはさまざまな「生きる」が返されてきます。
・「シュートを打つこと。サッカー」
・「なかなか飲みこめないこと」
・「澄み切った空気をすうこと」
・「本を読むということ」
・「あなたと話ができること」
・「今生きてあいさつをするということ」
・「夢をもつこと」
・「未来に向かって歩むこと」
・「あなたを抱きしめてあげること」
・「一日を大切にすること」
・「ものごとを達成しようとしてドキドキしているとき」
・「涙を流すこと」
・「星がきれいだと思うこと」
・「友だちと遊ぶこと」
・「夜寝て、朝起きられること」
・「冷凍マンモスを見たこと」等々

 菊地センセイも自分の「生きる」をぽつぽつと語ります。「ふだんは生きているなんてこと考えないで生きてる」のだけれども、病気になった時にはじめて意識させられる。それから社会が病んだ時も――。
 
〈体は健康でも社会が病むとき……やはり人は生きるということを考えさせられる。
 社会が病むってどういうことだろうか。地震が襲って、水道も電気もガスも止まったとする。人は水を求め、電気を求める。そのとき人は、いやおうなく生きるってことを考えさせられる〉
 
 まるで今回の大震災を見通していたかのような話に驚かされます。「では、『生きる』ってどういうことか」と菊地さんの話は続きます。
 
〈ぼくはこう思う。
ひとりひとりの五感と言ったけど、五感をまとめた感覚。
ひとりひとりの感覚と、
その人が生きてきた、嬉しかったこと悲しかったことなど過去の記憶と、
これからどうやって生きていこうか、憧れや希望、という未来を、
愛(いと)しいもの、大切なものとして
慈しみ、愛し、
これだけはだれにもゆずれないとしっかり思うこと。
それを侵そうとするものと戦うことだ。
ぼくはそう思う。
「生きるってことは、自分の『生きる』を侵そうとするものと戦うこと」
これがぼくの「生きる」だ――〉
 
 さて、子どもたちは自分の1行に対して、どんな表紙を描くのだろう。そう期待してページを繰りますが、本には作品そのものは出てきません。菊地さんと子どもたちとの生き生きとしたやりとりが再構成され、子どもたちが戸惑ったり、悩んだり、泣き出したりしながら、自分の「生きる」イメージを探していくさまがすべて言葉によって表されています。これが逆にイメージをふくらませてくれるので、菊地センセイと一緒になってハラハラドキドキしながら、作品の発表を待ち受ける感じになります。

 還暦を過ぎて初めて教壇に立った菊地さん。60歳を過ぎていると聞いたので「会う前はおじいさんって感じがした」けれど、「先生、なんか若々しく感じた」などと言われながら、最後はセンセイ自身も、子どもたちとともに、新たな「生きる」の1行を見つけたような一冊です。

 この本を久々に手にして思いました。大震災の「復興構想会議」に地元の知事や有識者が加わったのはいいことですが、できれば復興のイメージは、東北人(県をまたいだ)による自発的な絵が望ましいと思います。震災の直後から増田寛也さん(元総務相・元岩手県知事)がしきりにおっしゃっていますが、「今回は東北人が英知を集めて、地域主導で未来像を描くべきだ」というのはとても重い発言です。今回ほどの震災となれば、大局的な視点に立った「国のあり方」を再構築すべきだ、という意見が出るのは当然ですが、同時に、東北人にとっての「生きる」イメージを尊重する視点は失いたくないものです。単なる「復旧」ではなく「復興」――新しい東北や日本の「創造」に向けたイメージ力を鍛える好機にしなければ、と思うのです。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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