中村桂子さんと池内了さん、ふたりの科学者に、今回の特集について対談をお願いしました。「日本の科学者100人100冊」のリストから浮かび上がってきたもの、日本の科学の発展について、科学者が一般に開かれた本を書くことの意味など――。生命誌と宇宙物理学という異なる専門分野からの視点、それぞれの体験もまじえながら、たっぷり語り合っていただきました。その内容をかいつまんでご紹介しましょう。(進行・山本貴光+編集部)

100人100冊のラインナップの感想は――。

池内「博物学的な分野が少なかったな。西洋で博物学からさまざまに専門分化が起こったのに対して、日本は明治に科学が初めから『専門分化した学』として入ってきた経緯がくっきり見えるように思います。物理とか地球物理とかに関しては、制限されたなかでとことん追求した成果があり、分化して移入された利点があった」
中村「現代科学としての生物学において分子生物学を忘れてはいけないと思いますが、水島三一郎先生は、そのきっかけのところにいらっしゃる大事な化学者なんです。化学って物理と生物の両方をつなぐところがあるので、(その分野が薄く)ちょっと残念でした」

日本人のものの見方と科学

池内「よく言われるように西洋には物事を分析的にとらえる発想があり、東洋は全体的にとらえるのだとすると、博物学はむしろ日本に合っていると思う」
中村「日本は世界でも一番古くから自然と向き合う文化を持っていると思う。『虫愛づる姫君』など千年前からある博物学的なもの、日本人のもつ自然への視点を見直す必要があります。これから先を考えたら」

全体を見渡す目、「お茶の時間」の必要

中村「時代を見て今やるべきことは何かを考える視点と、自分もその中にいる自然という豊かなものを全体としてとらえようとする気持ち。湯川(秀樹)先生や朝永(振一郎)先生、水島先生などは生命の本質を物理学や化学の延長上で考え、専門化した学問だけにとどまらず、広がりをもって捉えていらっしゃいました」
池内「僕が経験したアメリカやヨーロッパの大学では、お茶の時間がありました。いろんな分野の人が集まって、お菓子を食べお茶を飲みながらおしゃべりする。耳学問の必要性を知っているんですよ」

科学者が本を書く、科学者の本を読む

中村「宇宙や生命を語るには、物語が必要」
池内「科学の方向は複雑系だと思うんですが、複雑系は、いま黎明から成長期のあたり。黎明期に書かれたものが実はいちばんおもしろいんです」
中村「ハイゼンベルクの『部分と全体』、あの本に書かれているのはいわば悩みで答えではないところが、おもしろい。読んだ人が考えるきっかけになるものを書くのが、研究者の書く意味だと思う」
池内「若い頃に自分の成長と重ねあわせて読んできた寺田寅彦、ロゲルギスト。散歩する気分で学問を楽しむ、そのよさを再発見するのは、やはりある程度年をとってから」

科学とは何か?

中村「このごろ思うんですよ。本当に大事なことなら、役に立たないことをやっていたっていいと」
池内「日本では『科学技術』という語にしてしまって、すぐに役に立つものみたいに思われている。科学は文化なのだから、無用の用、役に立たないと思ったほうがいいんです」

ふだんなかなか聞く機会のない“科学者の感じ方・考え方”を知ることで、科学への興味もさらに深まるはず。ぜひ本誌を手にとって、対談をご覧ください。