対話が生み出すもの

 池澤夏樹氏と本橋成一氏共著の緊急新刊『イラクの小さな橋を渡って』(光文社)をご覧になりましたでしょうか? 昨年の十一月、二週間イラクに滞在したお二人が、査察直前という緊迫した時期だったのにもかかわらず、実に人懐っこく笑顔を見せていたイラクの人々の、普通の暮らしぶりを文章と写真で追い、これから起こるかもしれない戦争について考えた本です。

 池澤氏はそのイラクを旅する前にギリシャ、トルコに滞在していました。その際、映画監督テオ・アンゲロプロス氏との対話の機会を持ちました。御存知の方も多いと思いますが、池澤氏とアンゲロプロス氏は長い交友関係にあります。

 池澤氏は対話が終わるとまもなく、「考える人」編集部に英語による原稿をメールで送ってくださいました。池澤氏がイラクに滞在している間にこちらで翻訳作業をすすめ、二週間後に無事イラクを出国した池澤氏へメールで日本語原稿を送り、池澤氏の校正を経て今回の対話のページが完成しました。インターネットがなければできない編集作業でした。

 対話本篇についてはぜひ「考える人」03年冬号をご覧いただきたいと思います。以下は、池澤氏自身による、この対話についてのイントロダクションです。

 一九七〇年代の半ば、ぼくがギリシャに住んでいた時、一本の映画が国中で評判になった。第二次大戦中から戦後にかけてのギリシャの政治と社会を旅芸人の一座を通じて再現する、上映時間三時間五十二分の大作。映画が一つの時代の思想と信条を力強く表現していることにぼくは感心した。
 やがて帰国したぼくは、一九七九年、この映画の日本公開を手伝うことになった。配給会社と相談してタイトルを『旅芸人の記録』と決め、字幕を訳し、解説を付した。難解な内容にも関わらず、この映画はヒットした。
 映画監督テオ・アンゲロプロスとのつきあいはこの時に始まる。実際に会ったのは次作『アレクサンダー大王』の公開に際して彼が来日した時だった。以来、最近の『永遠と一日』まで、この人の作品すべての日本語字幕制作に関わってきた。
 ぼくが芥川賞を貰って作家になった時、テオは「それはめでたいけれど、私の映画はこれから日本でどうなるのだ」と心配した。ぼくは今後もすべて字幕を作ると彼に約束した。
 この夏ギリシャに行った時、ぼくはヨーロッパの知識人の代表としてのテオに去年以降の世界のありかたについて聞いてみたいと思った。世界と彼の作品の関係についても聞きたかった。その成果がこのインタビューである。
 撮影中の新作が完成したら、またぼくは字幕を作るだろう。

池澤夏樹
 刻々と変化するイラク情勢のなかで、変らないものがあります。それは何でしょうか? 『イラクの小さな橋を渡って』とともに、この対話も併せてぜひお読みいただき、「変らないもの」の意味を考えたいと思います。