Kangaeruhito HTML Mail Magazine 466
 
 賞についての2題
 
 わさびの匂いを使った火災報知機の開発に成功したとして、日本人7人が今年の「イグ・ノーベル賞」の化学賞を共同受賞しました。同賞は、かのノーベル賞(本物の)の受賞者を含むハーバード大やMITらの教授が選考にあたり、「他の誰もやりそうにない、ユーモアと独自性を兼ね備えた研究や開発」に授与されています。過去にも多くの日本人が受賞していますが、「足の匂いの原因となる化学物質の特定」とか、「ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させることに成功したことに対して」とか、「ウシの排泄物からバニラの香り成分『バニリン』を抽出した研究」とか、犬語翻訳機「バウリンガル」の開発など、本当に“傑作”ぞろいです。

 バンダイの「たまごっち」が受賞したのは「数百万人分の労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせたこと」に対する経済学賞でしたし、カラオケの発明者に対しては「人々に互いに寛容になる新しい手段を提供した」という平和賞でした。研究もふるっていれば、授賞理由もいつもユーモラスで、本物のノーベル賞よりも楽しみにしているくらいです。

 ただし、今年の「わさび警報機」の開発には、ある切実な思いがこめられていました。わさび成分のあのツーンとくる匂いを活用すれば、真夜中に警報音を鳴らさなくても眠っている人に火災を知らせることができるという発明です。つまり、これは聴覚に障害をもつ人たちを対象にしたものなのです。“音のない世界”をふだん考えたこともない私たちは、意表を突かれます。
 
〈たいした心構えもなくドアの前に立った私は、呼び鈴を押そうとした瞬間、はっとした。張り紙があり、「二、三回押してください」と書かれている。ドアが細く開けてあったので部屋の中をのぞき込むと、呼び鈴を押すたびに音だけでなく「光」が点滅するようになっている。在宅していても、ろうあ者である孝治には呼び鈴の音は聴こえない。そのための装置だった〉(黒岩比佐子『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』)
 
 こうした局面に実際に立たされてみないと、なかなか思いはそこまで及びません。松山善三監督、高峰秀子主演の映画『名もなく貧しく美しく』には、耳の不自由な両親であったばかりに、就寝中の異変を聞き取れず、愛児を死なせるというつらい場面がありました。今回の製品開発でも耳の不自由な少女との出会いがきっかけになったと、受賞者のひとりであるシームス社(東京・江東区)の漆畑直樹社長が語っています(日本経済新聞、10月24日)。実現の夢を追い、7年がかりの開発物語だったといいます。

 ところで先週、いま緊急出版を進めている本の「帯(表紙に巻かれているベルト状の紙ですね)」のキャッチコピーを考えるという仕事がありました。限られた時間の中で、表紙のデザイン案をイメージしながら、どうしたらスマートな表現になるだろうかと思案しました。その時、ふと懐かしく思い出したのが、「日本腰巻文学大賞」という変わり種の賞のことです。1971年から1980年まで発行されていた月刊雑誌『面白半分』が主催した賞で、毎号3篇の優秀作が誌面に掲げられ、半年に1回、最優秀作を選んで表彰するというものでした。

『面白半分』は70年代を象徴するサブカルチャー誌のひとつでした。著名な文学者による編集長交代制のユニークなスタイルをとり、初代編集長の吉行淳之介さんから始まり、野坂昭如、開高健、五木寛之、藤本義一、金子光晴、井上ひさし、遠藤周作、田辺聖子、筒井康隆、半村良、田村隆一といった人たちがこの大役(?)を務めました。「そのぐらいがダレなくてちょうどいいだろう」(吉行淳之介)という判断から、基本的には半年交代でバトンタッチするというシステムが採用されました。

 2代目の野坂昭如編集長の時代に、永井荷風作と言われる『四畳半襖の下張』を全文掲載したところ、それが「わいせつ文書販売容疑」で起訴され、雑誌の名が一気に広まりました(最高裁まで争い、罰金刑の有罪確定)。というように、それぞれの編集長のカラーに合わせたヒット企画がありましたが、その中でももっとも出色だと思えたのが、「日本腰巻文学大賞」でした。4代目編集長五木寛之さんの発案です。その「設定の辞」では、まず昨今の出版状況が語られます。すなわち、世界に冠たる出版文化王国のわが国では、毎日あまたの書籍が刊行されているけれども、とてもすべてに目を通すことはできないし、書評が必ずしも確かな導き手であるとは言いがたい。新刊書のどれが「百年後の名著古典」となるかを発見するのは至難の業である、と。ところが――。
 
〈ここに発明(アイディア)の士ありて、欧米諸国の刊行物に学び、新著に一葉の内容案内の紙片を付す。僅か幅数センチの紙片、数行の文章を入るるのみといえども、絢爛巧緻の文を草し、その内容、泣かせ所、価格、筋書きに至るまで、巧みにこの小宇宙に納めて、読書人大衆の手引きとなす。……僅か五、六十字の短文といえども、著者編集者の思想、志気、又版元諸氏の熱烈なる販売意欲など、手に取る如くに顕われて、これ又一篇の好読物、現代の詞文学とこそ称すべけれ。あるいは寸鉄著者を刺し、あるいは誇大ハッタリ読者をして赤面せしむ。あるいは著者の真骨頂を能く伝うるあまり、改めてその書を繙(ひもと)くことを不要ならしむ。思うに、新刊書と読者との仲を取り持つこの読孤片(ドクコヘン)、世に言い慣わして、本の帯とも、又腰巻とも、あるいは雑誌の場合、これをフンドシと卑称する向きもあれど、古今東西の学問と世帯人情の粋をマスターせる制作者によりて作られしこの腰巻は、まさに二十世紀出版文化の精華とも称すべく、貴重かつ面白き存在とやいわん〉(佐藤嘉尚『「面白半分」の作家たち』)
 
 長い引用になりましたが、こうした知的遊戯の精神が大学生になったばかりの私たちには、まさに面白い試みだと映りました。「面白半分」とは、英語で言えばハーフ・シリアス(マジメ半分)です。大学紛争直後の、やや殺伐とした白けムードのキャンパスでは、こうした「軽み」や「笑い」がひとつの救いに思えました。硬直した思考をときほぐしてくれる、自由な発想や行動の手がかりだと直感できたからです。

 栄えある第1回受賞作品は、山口瞳さんの『酒呑みの自己弁護』(新潮社)で、大賞受賞者は同社の編集担当者である池田雅延さんでした。山藤章二さんの装丁と挿画も魅力でしたが、腰巻の威力も絶大で、現にそれにつられて“つい買ってしまった”のが当時の私でした。
 
 〈月曜 一日
  会社へ行って
  火曜日 夜更けに
  九連宝燈
  水曜 一晩
  小説書いて
  木曜 三時の
  四間飛車
  金曜 日暮れに
  庭木をいじり
  土曜日 たそがれ
  馬券の吹雪
  日曜 朝から
  愛妻家

  月々火水木金々
  酒を呑みます
  サケなくて
  何で己れが 桜かな〉
 
 さすがに原本はもう手許にないのですが、こうして紹介できるのは後に文庫化された時の解説を書いた青木雨彦さんのおかげです。文庫になる時はこの「腰巻」が外されるということを想定して、わざわざ書き留めておいてくれたからです(その文庫もいまは品切れですが)。吉行淳之介さんが「中身を十分たのしんだあとで、グリコのオマケのように、この腰巻をしみじみ眺めてみると格別味がある」と評した名作を久しぶりに読むと、ゆるりと一杯やりたくなってしまいます。

 この賞は、それ以降も田辺聖子『女の長風呂』、田中小実昌『不純異性交友録』、種村季弘『詐欺師の楽園』、土屋耕一『土屋耕一のガラクタ箱』、和田誠『日曜日は歌謡日』、シルヴァスタイン『ぼくを探しに』、星新一『安全のカード』、川本三郎『シネマ裏通り』が受賞作となり、各編集者が大賞を受けました。ただ、雑誌自体が1980年12月30日に「臨終号」を出したことにより、その歴史的役割を終えたのでした。

 それでも編集者の本に寄せる情熱の証しとして、また“芸”の見せどころとして、「腰巻」を大切に眺めるというクセが身につきました。ですから、新刊書を買うと、まず帯と表紙を外してゴミ箱に捨てる、という「愛書家」が時々いらっしゃいますが、私には「神をもおそれぬ暴挙」と思えてなりません。

 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
 
*写真にある『酒呑みの自己弁護』の原本を資料室で借り出してみると、上記の「帯」の言葉は裏表紙に用いられたものでした。表のほうは、ちなみに下記の通りです。
〈酒。/人間の生んだ/最も偉大な文化――。
 地球の上の奇酒、銘酒を/須(すべか)らく友として三十余年、/今、愛惜の心で/思い出の酒を語る/山口瞳、四十五歳。
 長い経験が磨きあげた、コクのある、深い深い読みごたえ、口あたり爽やかな/辛口エセー!〉
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