滑川海彦
text by Namekawa Umihiko
「Social Web Rambling」

世界でいちばんたくさんの人に見られた猫

 活字印刷術は言葉を大量複製して商品化することを可能にした。新聞、雑誌、書籍の出版は次第に規模を拡大してマスコミとなる。やがて映画、レコード、ラジオ、テレビなどのメディアが出現するが、コンテンツの制作、配給に莫大な資本と専門知識を必要とする点でマスコミであることに変わりはなかった。つまりごく少数の送り手が膨大な数の消費者にコンテンツのまったく同一の複製を販売するという仕組みだ。
 ところがコンピュータと通信の発達がすべてを根本的に変えた。マイクロコンピュータによって個人が文字、静止画、音声、動画とあらゆるフォーマットの情報をごく簡単に生成できるようなった。そしてインターネットというインフラを通じて誰もが自分の作ったコンテンツを世界に向けて配信できるようになった。
 ときに、「世界でいちばんたくさんの人に見られた猫」が日本に住んでいるのをご存知だろうか? ウェブの動画共有サイト YouTube にアップロードされた「まる」というスコティッシュ・フォールド種の猫のビデオの再生回数はこの1年の間に2300万回以上となっている〔注1〕。関東地区で視聴率10%のテレビ番組の視聴人数はおよそ400万人に相当すると言われているから、単純計算でその6回分ということになる。『DVD写真集 まるです。』も角川グループから出版されて、Amazon のランキングで3桁に入る健闘ぶりだ。映像作家でもなんでもない飼い主が、自分の猫が遊んでいるところを撮影しただけでこれほどたくさんの人が見るような現象が起きるとは10年前には到底想像もできなかったはずだ。YouTube の動画再生ページのコメント欄には英語、スペイン語など各国語のコメントが並ぶ。しかも数が日本語のコメントより多い。「Maru の本はアメリカで出版されないんですか?」という英語のコメントもたくさんついている。

〔注1〕 http://www.youtube.com/user/mugumogu

地球規模のリアルタイム情報メディア
即時相互依存的メディアが実現している

 もっとマクロな動きに目を向けると、2006年に登場して以来、わずか3年で全世界のユーザー数が5千万を超えた Twitter というサービスがある。日本でもそろそろ普及が始まったところで、2009年6月時点での訪問者数は78万3千と報じられている。Twitter は mixi と同じようなソーシャル・ネットワークに分類されるが、メッセージ(「つぶやき」と呼ばれる)の最大文字数が、日本語、アルファベットいずれの場合でも140文字ときわめて短かく、誰でもごく気軽にメッセージが発信できるのが大きな特徴だ。ユーザーが自分の知り合いや有名人を購読リストに登録すると、その相手のメッセージがリアルタイムで表示されるようになる。
 最初は「今お昼を食べているところ」というような他愛ないメッセージばかりだったが、インドのムンバイでテロが起きたとき、情報が錯綜する中、いちはやく現場からリアルな情報を世界に伝えたのが Twitter メッセージだった。また、ニューヨークのハドソン川に旅客機が不時着したときの第一報も Twitter だった。こうしたことがきっかけとなり、新たなコミュニケーション・メディアとして急速に注目を集める。現在ではアメリカの新聞、テレビの記者はほとんどが Twitter のアカウントを公開するほどになっている。
 さらに2009年6月イランの大統領選挙をめぐる改革派の学生や市民の抗議行動を「CNN始めマスコミは十分に報道していない」として最初に声を上げたのが亡命イラン人を含むアメリカの Twitter ユーザーだった。同時にイランの市民、学生たちも治安当局の弾圧ぶりを世界に発信するために大規模に Twitter を使った。アメリカ国務省は抗議行動への影響を懸念して Twitter のメンテナンス・スケジュールの変更を要請したといわれる〔注2〕。Twitter は「リアルタイム情報ストリーム」という新しいメディアとして確固たる地位をすでに築いたといってよいだろう。
〔注2〕 Twitter 側では「イラン市民への影響を考慮してメンテナンス・スケジュールを変更したのは事実だが、国務省の要請によるものではない」としている。
 YouTube にせよ、Twitter にせよ、ウェブ・メディアは(日本の猫「まる」の例でもわかるように)すでに「国際的」といったレベルを超えている。はじめから「国」という枠がないのだ。また YouTube や Twitter が提供するのは仕組みだけだ。そこに盛り込まれる内容は140文字の「つぶやき」であれ猫のビデオクリップであれ、すべてユーザーが発信する。ユーザーが「参加」するのではない。コンテンツの発信者はユーザーしかいないのだ。しかし百聞は一見にしかず、このあたりは実際に利用してみなければ理解しにくい。
 メディアの上に流れるコンテンツとは別に、「メディアのあり方」そのものが社会に大きな影響を与えるという事実のよい例は携帯電話だろう。携帯電話を使って話そうと、固定電話を使って話そうと、話すことの中身(メッセージ)に変わりはない。しかし携帯電話はわれわれの仕事のやり方にも私生活にも根本的な影響を与えた。携帯電話が本格的に普及したのはここ10年にすぎないが、われわれはすでに携帯電話のなかった世界を忘れかけている。たまたまテレビで再放送されるドラマや映画で「刑事が公衆電話を探して町を走る」、「父親が娘にかかってきた電話を取りつごうとしない」などといったシーンを見ると一種異様な感じに打たれる。環境の変化はそれが全面的であるほど変化以前の記憶をかき消してしまう。あとしばらくすればウェブがプライベートでもビジネスでも日々の生活の基本的なプラットフォームになる前の時代は忘れられてしまうことになるに違いない。

よみがえるメディア論の予言者

 2008年以降、アメリカの新聞業界は広告収入の急減に歯止めがかからず、壊滅的な状況に陥っている。ニューヨークタイムズでさえ新築の本社の半分を売却してかろうじて運転資金を確保したほどだ。新聞や出版に限らず、同一の情報を大量に配信するマス・モデルのコミュニケーション・ビジネスはすべて根本的な変化を迫られている。
「急変する時代とは、ふたつの文化にまたがる時代であり、相克する技術が併存するフロンティアのうえにある時代である。(中略)われわれ現代人は、個人主義が時代遅れのものとなり、共同体的相互依存こそ不可欠なものに思われる電気テクノロジーに遭遇している〔のである〕。グーテンベルクの古い知覚と判断の形式があたらしい電子時代によって完全に浸透されるとき、在来のもろもろの機構(メカニズム)や文字使用はどのようなあたらしい体制をとりはじめるのだろうか」

 現在、これは実に的確な問題設定だ。まさにわれわれは活字を始めとする伝統的マスメディアとウェブに代表される対話的・即時的メディアのはざまの時代に生きている。しかしこの一節がウェブ、インターネットはおろか、コンピュータ自体がまだ単なる高速計算機にすぎなかった1960年代初期に書かれたものだと気づく人は少ないかもしれない。実は「電子メディアによる世界村」の到来を初めて予測した思想家、トロント大学の英文学教授、マーシャル・マクルーハンの主著『グーテンベルクの銀河系――活字人間の形成』の一節だ。
 1960年代にヨーロッパで伝統的価値観を疑うような議論が次々に生まれたのはたぶん偶然ではない。第二次大戦後アメリカで完成した工業製品の大量生産と大量消費のサイクルがヨーロッパに逆流しつつある時代だった。テレビの普及、通信衛星の実用化と米ソ冷戦構造が世界を文化的にも政治的にも急速に均質化――最近の用語を使えばフラット化――していった。トーマス・クーンの『科学革命の構造』とマクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』は同じ年に刊行されている。クーン自身は後にこの用語を撤回したものの、『科学革命の構造』は「パラダイム」という言葉をポピュラーにしたことで長く記憶されることになる。『グーテンベルクの銀河系』はまさに活字印刷術をメディアのパラダイム・シフトとして縦横に考察した大著である。
 しかし『グーテンベルクの銀河系』は刊行当初、『科学革命の構造』ほど注目を集めなかった。まず第一に、この本は決して読みやすくない。難解さの一部は、マクルーハンが前提から結論へ直線的に論証を進めていく論文のスタイルを意図的に放棄して、「おびただしい資料や引用が描きだすモザイク」というスタイルを採ったせいでもあるだろう。さらに――これはまさに予言者の宿命だが――マクルーハンのビジョンが時代に30年以上進みすぎていたせいでもあった。
 ところが、おそらく長い目で見れば不幸な偶然だっただろうが、『グーテンベルクの銀河系』が刊行されたあくる年、ちょうどこの頃実用化が始まった衛星テレビ中継でジョン・F・ケネディ暗殺のニュースが世界に流れ、一大ショックを与える。またこの頃ビートルズ・ブームがポップカルチャーに対する関心を一気に高めた。1964年に出版された『グーテンベルク』の続編、『メディア論』(他に『人間拡張の原理』という書名の翻訳もある)はそうした流れの中で突然異常なまでの注目を集める。メディアのトーテム・ポールの最下段で「大衆娯楽」としてさげすまれてきたテレビやポップカルチャーの関係者は、これこそ自分たちの意義を証明する理論だとしてマクルーハンをかつぎあげた。マクルーハンは心ならずも史上初のメディア論ブームの立役者にまつり上げられる。
 冒頭に「コンテンツとは別途にメディアの在り方自体が大きな影響を与える」ことを指摘した。この事実を「メディアはメッセージである」という簡潔なアフォリズムで史上最初に明確化したのもマクルーハンだった。今ほどマクルーハンを再読する必要性が高まった時期はあるまい。
 しかしマクルーハンは、どうしてコンピュータが日常生活にまったく何の影響も与えていない時代に「グローバルビレッジ=地球村」を確信をもって予言できたのだろうか。明らかに、コンピュータと通信技術の発達の可能性を知っていたからではない(誰であろうと集積回路や光ファイバーの発明を予測できたはずはない)。マクルーハンの電子メディアに関する洞察は活字印刷術が世界に何をもたらしたかを精密に検証する過程から生まれた。

活字印刷術は口承文化を絶滅して
国民国家と産業革命を準備した

 このマクルーハンのビジョンの源流は意外なところにある。『グーテンベルクの銀河系』は「本書はさまざまな点で、アルバート・B・ロードの『物語詩の歌い手』の続編的役割をはたすものである」という(一見謎めいた)宣言で始まっている。しかし、これが単なるペダンティズムではなく、二重に本質的な理由があることが分かるのはこの大部の本をかなり読み進めてからだ。
 1933年、ロードはハーバード大学の若い古典研究者、ミルマン・パリーの助手として、パリーと共にセルビア、クロアチアにおもむいて吟遊詩人の口承詩を採取した。パリーはこの記録から口承詩特有の形式を抽出し、ホメーロスの叙事詩にも口承的構造があることを立証する。パリーが1935年、事故で夭折した後、パリー理論を体系化して仕上げたのがロードだった。現在でもパリー・ロード理論はホメーロス研究に画期をもたらしたと評価されている。
 マクルーハンがパリー・ロード理論に着目したのは、まず活字印刷術が到来する前の世界が、文字を知っていてもなお大幅に口承的であったことを証明する試みであり、またその手法が「内容」ではなく「形式」を分析するアプローチを採った点だった。マクルーハンがレヴィ=ストロースの『構造人類学』(1958年)に影響を受けたかどうかは明らかではないが、時期は近い。マクルーハンは形式分析があらゆるメディアの本質の解明に役立つと考えた。「経験や精神の視野や表現などの〈諸形式〉が、最初は表音文字によって、次には印刷技術によって、どのような変化を蒙ってきたかをたどろうとするのが本書『グーテンベルクの銀河系』の目的とするところなのだ」。こうして内容(コンテンツ)ではなく媒体(メディア)そのものの性質を考察の対象とするメディア論が誕生した。
 マクルーハンはメディアとはなによりも「道具による感覚の拡張である」と定義する。一つのメディアが支配的になるということは、対応する感覚が支配的になるということであり、それに伴って他の感覚は抑圧される。つまりある感覚のみが支配する「閉じた系」が成立する。「もし感覚器官が変るとしたら、/知覚の対象も変るらしい。/もし感覚器官が閉じるとしたら、/その対象もまた閉じるらしい。」というウィリアム・ブレイクの詩が重要なヒントとして引用される。
 活字による文字の大量生産は極度に視覚的な「閉じられた系」を作った。この系は人間の認識方法自体を根本的に変え、線形の時間、あらゆる方向に均質な空間認識を準備した。絵画における「透視画法」もこの「閉じられた視覚」によって生まれたものだ。活字印刷術以前、写本は高価な財産であり、したがって共有的であった。活字印刷術によって書物は軽量化し安価になった。
 これにともなって書物は「個人化」し「商品化」した。書物の個人化が、個人主義を発達させた。人間の存在が固定された身分による役割ではなく、細分化された技能や知識に基づく職業によって規定されるようになった。マクルーハンは「〔エリザベス朝の人々は活字印刷術によって〕役割の世界から職業の世界へ移行した。その過程のワーキング・モデルが『リア王』だ。コーデリアは自分の奉持する〈役割〉なぞは、〔姉たちの〕新時代の、拡張的などぎつい個人主義に照らせば無にひとしいことをよく知っていた」と言う。

マクルーハンの夢見たメディアが
実現するには40年かかった

 グーテンベルク環境があらゆる意味で思考の線形化と画一化、人間の孤立化、専門化を生む。安価な印刷物の大量流通により知識の蓄積が加速度的に進行する。また職業的な個人の書き手による小説をはじめとする文学も言語の標準化、文化の均質化に大きく貢献した。活字印刷術は国民国家の成立と産業革命の進行に決定的な触媒の役割を果たした。20世紀に入ると印刷メディアには写真やカラー印刷が実用化され、新聞・雑誌への商品広告が大量生産・大量消費による大量複製型文明の拡大をさらに加速していく。一方で、優れた感受性を持った文学者の一部はこうした世界の画一化に強く反発した。そしてこれらの口承的精神にもとづくある意味で「反時代的」な文学が逆にグーテンベルク化とは何だったかを裏側から照射しているとして、マクルーハンはシェークスピア、ラブレー、セルバンテス、ポープ、ブレイク、ジョイスを博引旁証しつつ、詳細な議論を展開する。
 マクルーハンは『グーテンベルクの銀河系』の成果を踏まえて、次作『メディア論』でいよいよ電子時代のメディアの本質の解明に取り組もうとする。しかし当時実現していた最新の「電子メディア」はテレビだった。テレビは(映画やラジオも同様だが)すべての受け手にまったく同一のコンテンツを送るメディアだ。少数の送り手がまったく同一の情報を膨大な数の受け手に届けるという点で、テレビは活字印刷術とまったく同じ「1:n」タイプのマスメディアである。当時マスメディアと通信メディアはまったく別個のテクノロジーで、テレビ局が衛星中継を利用するというようなごく限られた場合以外に、何の接点もなかった。
 そこで『メディア論』はマクルーハンのビジョンを強引にテレビにあてはめるという不幸なかたちになってしまう。マクルーハンが『メディア論』で論じたテレビは、現実のテレビというより、むしろマクルーハンが「かくあるべし」と予感した電子メディア――いわば「幻想のテレビ」だった。このズレが一方ではマクルーハンを時代の寵児に仕立てると同時に、他方では「カルト理論」扱いされる原因となったように思われる。いずれにせよ、世界中の「普通の人々」を即時的な相互依存のネットワークで緊密に結びつける「幻想のテレビ」がマイクロコンピュータや iPhone などのデバイスとして、またブログや mixi や Twitter や YouTube などのサービスとして実現するまでには『グーテンベルクの銀河系』の刊行後さらに40年待つ必要があった。

諸感覚の電子的統合によって
アイコンが復権した

 現在のコンピュータ・アプリケーションではさまざまな機能を表す小さな絵文字が多用され、「アイコン」と呼ばれている。ギリシャ語でロゴス(言葉)に対照されるのはエイコン(図像)だ。ロゴス至上主義のキリスト教でも、民衆の教化のための妥協として聖者の似姿などの図像の利用が認められるようになり、イコンと呼ばれた。コンピュータのアイコンはその直系の子孫である。アイコンはコンピュータとインターネットによって社会に図像が復権しつつあることを象徴しているように思える。
 もともと人類は知識や感情を言葉と図像で伝えてきた。アルタミラなどの洞窟絵画は後期旧石器時代のホモ・サピエンスにも図像を高度に駆使する能力があったことをよく伝えてくれる。ところが文字の発明とともに言葉が図像を圧迫していく。一部の文化圏ではロゴス至上主義ともいうべき傾向が現れる。ヨハネ福音書の冒頭の句をできるだけ文字通りに訳せば「始めにロゴスがあった。ロゴスは神に向かって(対して)あった。神はロゴスであった」となるだろう。
 ロゴスは古典ギリシャ語の動詞レゴー(語る)の名詞形で、もともと「話されたこと、その言葉」という日常語にすぎなかったが、ヘラクレイトス、アリストテレスなどを経て、「論理、真理」という意味が与えられる。そしてキリスト教でユダヤ教の人格神と結びついて「ロゴスは神そのものである」という特異なドグマが確立する。こうした文化では、ロゴスが重んじられる分、エイコン(図像)は排除される。(その極端な例は人物に限らず具体的な事物の像を描くことさえ嫌忌したイスラム教にみられる)。
 この点、日本語を母国語とするわれわれはマクルーハンのし残したところから、新しい口承的メディアの特質についての考察を続けるのに有利な位置にいるのかもしれない。

日本語こそウェブ時代の
「諸感覚の統合」を実現している

 文字、特に表音アルファベットの普及によってロゴスが視覚化されると、視覚はロゴスと図像に分断され、図像の領域は美術や装飾など副次的な存在として隔離される傾向が長く続いたことは事実だ。マクルーハンの考察はさまざまな示唆に富むが、表音アルファベット文化中心主義に陥りながら、そのこと自体にまったく自覚がない点は最大の欠点だといえるだろう。マクルーハンは「表音アルファベットを採用しなければ非部族化(すなわち近代産業社会)は達成できない」とした。たとえば、日本がそのような一般論に当てはまらないことは明らかだ。しかし『グーテンベルクの銀河系』の刊行当時になっても依然としてそのような(誤った)論が猛威をふるっていたのだから、マクルーハンの無理解ばかりを責めることはできないだろう。(漢字制限論を最終的に敗退させたのは、皮肉なことにワープロの普及だった)。
 日本語は漢字のエイコン性とカナのロゴス性の両方にまたがって存在している。日本語は「聴覚(読み)と視覚(文字)が相互補完的に分かちがたく結びついている」という世界でも珍しい言語となった。このため日常の語彙でさえ漢字の知識がなければ正しく運用することはできない。「こうてい」と耳で聞いても「公定、高低、皇帝、肯定、公邸、工程、校庭……」と無数に存在する同音異義語のどれであるか分からない。また、思、念、想、憶、など複数の漢字がすべて「おもう」と読まれる。大の大人が自国語の単語の「読み」の検定に殺到するのは日本くらいのものだろう。
 日本文芸は平安朝の物語絵巻から江戸時代の浮世絵を経て現代のマンガに至るまでロゴスとエイコンを高度に併用してきた。つまりモザイク的、非線形的だった。これは聴覚と視覚を統合して働かせることを必要とする言語環境が産んだものに違いない。逆に、日本の manga が21世紀に入ってから急速に世界に受け入れられたのも、諸感覚を統合するウェブ・メディアが普及し始めたことと無縁ではあるまい。
 ウェブは言うまでもなく文字、音声、図像(動画を含む)をモザイクのように組み合わせることができる総合感覚メディアだ。またリンクによってまったく別の文脈に飛ぶことができる非線形の立体的モザイクを構成するメディアでもある。「電子メディアはグーテンベルク的環境を終わらせ口承的社会が復活する」というマクルーハンのビジョンは、ある意味、それ自身が「グーテンベルク的」に単線的である。当然ながら、世界のウェブ化によって産業革命以前の口承社会が単純に復活するなどということはありえない。マクルーハンの仕事が終わったところから、それを引き継いでロゴスとエイコンを深いレベルで統合した新しい電子的ネットワーク社会のビジョンを描くのに日本人はきわめて有利な環境にあるのではないだろうか。
 ところで、先にマクルーハンが「心ならずも」ポップカルチャーの旗手にまつり上げられた、と述べたがこれには証拠がある。マクルーハンが「マクルーハン・ブーム」をどう思っていたか、ウディー・アレンの傑作コメディー、『アニー・ホール』の中で本人が語っているシーンがある。(Annie Hall Mcluhan で YouTube を検索すればビデオクリップを見ることができる)。ウディー・アレンとアニー(ダイアン・キートン)が映画館の行列に並んでいると、後ろでコロンビア大学で「テレビ、メディア、カルチャー」なる講座を教えているというイヤミなインテリが「マーシャル・マクルーハンも言ってるとおり集中度の高いホット・メディアは……」とうるさく能書きを並べる。
 たまりかねたアレンはもの陰から明るい色のスーツを一分の隙もなく着こなした長身の紳士を連れて現れ、「それじゃご本人の意見を聞いてみようじゃないか」と言う。マクルーハンはイヤミ男に「キミは何一つ私の考えが分かっていない。そんなことで何か教えていられるとは驚くべきことだ」と言う。
『アニー・ホール』は1977年のアカデミー作品賞を得たが、マクルーハンに押しつけられたさまざまなネガティブ・イメージを取り除くには遅すぎたようだ。以後もマクルーハンには、本人とは無縁な事情によるある種の「いかがわしさ」がスティグマのようにつきまとうこととなった。しかしこれも予言者の負わねばならぬ宿命というべきかもしれない。