Kangaeruhito HTML Mail Magazine 503
 
 ハコはこきゅうしている
 
 先週末は、震災から500日を迎えた福島へ行きました。前日までの猛暑はどこへやら、肌寒いほどの天候となりました。今回の主目的は、7月21日夜に予定されていたあるイベントの取材です。ただその前にどうしてももう一度見ておきたくて、前日は「浜通り」の被災地をめぐりました。

 常磐線・泉駅で降りて、いわき市南部の小名浜から海沿いを北上します。塩屋崎、薄磯、四倉(よつくら)、久之浜、広野を経て、楢葉町のJヴィレッジに立ち寄ります。かつてサッカーのナショナルトレーニングセンターとして世界に誇った施設ですが、いまは国の管理する原発事故対応の中継基地となっています。11面あった天然芝のフィールドのほぼすべてが、砂利や鉄板の敷かれた駐車場、資材置き場、ヘリポート、除染車両の除染場として使われています。鮮やかな「緑の絨毯」の面影はもちろんありません。芝のグラウンドが残っているところも、草が伸び放題になっています。その姿を目に焼き付けてから、地元の方の案内で、立ち入り禁止区域の富岡町へと向かいました。

 福島第二原発の立地するこの町には、メルマガNo.487「木は生き物や」でも紹介した夜桜で名高い「夜の森(よのもり)」の通り抜けがあります。今年も桜は見事だったと聞きますが、見物客が誰もいない2年目の春を、心ある桜の木はどのように感じていたのでしょうか。常磐線の富岡駅は、駅舎が津波で押し流され、「創業明治元年」を看板に掲げていたうなぎ屋さんも被災した無残な姿のままでした。以前訪れたのはちょうど4年前。目にする光景にただ立ち尽くすばかりです。

 翌日、午前中に「いわき芸術文化交流館アリオス」を訪れました。ちょうど『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』(ニッセイ基礎研究所・いわき芸術文化交流館アリオス編著、水曜社)という本が出たところです。こちらの広報グループチーフの長野隆人さんにお話を聞きました。

 いわき市役所に隣接し、緑に囲まれた公園内のその建物に入ると、まず感じるのは不思議な開放感です。各地の公立文化施設の大半が、いまだにハコもの(建物)は立派でも、どこか無愛想でよそよそしく、規則がやかましくて窮屈そうな顔つきです。ところが、ここは足を踏み入れた瞬間から、空間が明るくのびやかで、館全体をリラックスした雰囲気が包んでいるのに驚きます。事務室に通されて、スタッフの動きを眺めると、なお一層それを強く感じます。つまり、市直営の施設なのに少しも「お役所くさくない」のです。長野さんもそういう方でした。
 

 アリオス(Alios)とは、「A=Art」「L=Life」「I=Information」「O=Oasis」「S=Sightseeing」の頭文字を組み合わせた造語です。「いわきアリオスは文化の殿堂じゃない。屋根のある公園になるんだ」と初代館長が語ったそうですが、たしかに周囲の公園が建物のガラス越しに一体化しているような感じがします。長野さんによれば、現支配人もアリオスは「巨大な集会所だ」と断言しているそうで、「いわきという地域とここに暮らす市民にとって、いかに役立つ施設になれるか。稼働率の高い“日常食”のようなアリオスのあり方をめざしてきました。そうした運営方針が徐々に広がり根を下ろしながら、いまの雰囲気が生まれたのだと思います」。

 2008年4月に第一次オープンを果たしたいわきアリオスは、「鑑賞・創造系事業(みる・つくる)」「普及・アウトリーチ系事業(ひろげる・ふれあう)」「育成・支援系事業(そだてる・ささえる)」の3本柱を中心に、さまざまな活動を行ってきました。中でもユニークなのは、「おでかけアリオス」と称するアウトリーチ事業です。東京23区の約2倍という広大ないわき市の隅々まで、アーティストとともに出向いていき、公演、イベント、ワークショップを遠隔地の人々にもお届けするという活動です。これをオープン半年前からやってきたのですから驚きです。
 

 また経営総務課に全国の公立文化施設としては初のケースとなるマーケティンググループが設置されました。ウェブサイトの立ち上げ、広報紙の発行はもとより、さまざまなチャンネルを設けて利用者の要望をヒアリングし、「市民を巻き込みながら事業展開を図る」ことに取り組んできました。もともと「吹奏楽王国」と言われたり、高校演劇も盛ん、バレエ・スクールが10校以上もあり、市民の5%近くが「文化協会」に所属するなど、住民の表現意欲が高いことでもいわき市は特徴的です。加えて、東北なのに「日本のハワイ」「東北の湘南」と呼ばれるように、おおらかで開放的な気風がこの町にはあります。長野さん自身、静岡の出身だといいますが、「オープンな土地柄で、居心地はきわめていい」と語ります。

 こうして順調に市民の日常生活の中に溶け込んできたアリオスですが、その3年目のシーズンが終わろうとする直前に、突然襲ってきたのが大震災でした。「その時」を館内で迎えた長野さんからは、被災直後の混乱期の話も聞きました。避難所の役割をすすんで引き受けたアリオスですが、翌日には、ほんの40キロ先の福島第一原発で水素爆発が起きるのです。スタッフに動揺が起こらないわけがありません。
 

 日々の対応に追われて余力を失い、不安とさまざまな葛藤、焦り、苦悩が交錯する中で、あれほど舞台芸術を生きる糧としてきたスタッフでさえ、アートの「力」を見失いかねないほどの現実の厚い壁にぶつかったのです。4月に入って、新年度の事業計画を話し合うミーティングがもたれた時です。震災前の事業計画は断念せざるを得ないとしても、いま自分たちはいかなる役割を果たすべきかを討議するうちに、スタッフの足並みの乱れがはっきり見え始めたというのです。
 
〈オープン前から4年間かけてゼロから築き上げてきたはずだったスタッフの一体感が、すべて白紙に戻ったような雰囲気が漂った。震災によって受けた心のダメージの違い、原発事故や放射能に対するスタンスの微妙な違いなどが、話していくうちに浮き彫りになっていったのだ〉(前掲書)
 
 それを黙って聞いていた支配人が、会議の最後にこう述べました。
 
〈これから世の中には『復興』という言葉があふれるようになるが、あなたたちは『復興』が今すぐできると思うか。ぼくは本当の『復興』までには、これから30年はかかると思っている。……まずは、これからここに暮らし、生きようとしている人たちが、今本当に何を必要としているのかを、見て、考えるべきではないか。それなしに、自分たちの『思い』だけで走れば、断言するが、アリオスは市民にとって『要らないもの』と思われるはずだ〉(同)
 
 少し頭を冷やそう、という呼びかけでした。そして出された提案は、まず「町に出て市内の状況をリサーチし、各地区に住む市民が何を考えているかを把握しよう」というものでした。アリオスがいわきに今後も存続していくつもりなら、住民の表情を見ながら、いま何をするかを考えるべきではないか。その場しのぎの思いつきではなく、先を見据えてじっくり事業計画を見直そうではないか、という指針でした。そこから11月の全館再オープンに向けて、さらには「震災前よりもさらに親しみやすい施設に」という新たな目標をめざして、さまざまな取り組みが始まります。
 

 ところで、この時アリオスには“僥倖”ともいえるひとつの後ろ盾がありました。2008年のオープンに際して、谷川俊太郎さんから4篇の組詩「アリオスに寄せて」を得ていたことです。

 今回、私も初めてこの詩を読みました。「いまここ」「舞台に 舞台から」「ハコのうた」「場」の4篇から成る作品です。長野さんによれば「これらが惑星のように位置取りを変えながら、いつも自分たちを取り巻いてくれていた。そして再開に向けて動いていくその時期、その時期に応じた言葉で、自分たちの道筋を照らし出してくれた」というのです。
 

 谷川俊太郎さんの詩は、アリオスがオープンする半年ほど前に、30人くらいのスタッフが車座になって、谷川さんと言葉を交わす中から生まれました。「いまや鉄道の駅までが遊園地化している時代。劇場がそれに負けちゃいけません」という谷川さんは、あんまり作品を祭り上げないで、思いもよらないような方法で「詩を使いたおしてほしいですね」と要望しました。単に「お祝いの詩を1篇つくる」というのではなく、短い詩を組詩風にしたのも、それぞれの詩は1篇ずつでも、順番を入れ替えても、組み合わせや使い方はご自由に、という提案ぶくみです。言い換えれば、アリオスも詩と同様に、いわき市民が「思いもよらないような方法で使いたおす」――そんなハコ(場)として機能してほしい、という注文です。あるいは、詩とアリオスとのコラボレーションの呼びかけでしょう。

「いまここ」という詩は、まるで震災の後に書かれたのではないかと思うほどに、自分たちの背中を、寄り添うように「そっと優しく押してくれるようだった」と長野さんは言いました。
 

 いつでも「いま」しかない
 どこにも「ここ」しかない
 そのために過去に学び
 そのために未来を夢見て
 生きる

 人知れず咲いている一輪の野花とともに
 ただよいながら形を変えてゆく雲とともに
 うつろいやまない人々のココロとカラダとともに
 いまここで踊る身体
 いまここで奏でられる音楽
 いまここで語られる言葉

 また、「からっぽはすばらしい/なんでも いれることができるから/でもいつまでも ためておかない/またからっぽにして ハコはまつ/あたらしいもの たのしいもの/ハコはいきて こきゅうしている」という「ハコのうた」には、再オープンに向けて動き出したその時に、ずいぶん励まされたと聞きました。そしていまは、「場」の言葉に、自分の願いを重ねて読むという長野さん。

 木の椅子に腰かけるのもいい
 床にあぐらをかくのもいい
 草の上に寝転ぶのもいい
 そこにあなたの場ができるから

 二人でお喋りするのもいい
 何人かでパーティするのもいい
 何百人かで耳をすますのもいい
 そこにみんなの場ができるから

 その場には見えない素粒子がいる
 遺伝子がいる 光子がいる はるかな星雲がいる
 そのおかげで私たちがいる
 世界と肌を合わせて 宇宙に抱かれて

 昼 海からのそよ風がアリオスを愛撫している
 夜 月の光がアリオスにうすぎぬを着せる
 朝 遠いやまなみにアリオスはあいさつしている

 もうひとつの「舞台に 舞台から」はプログラムを考える際の原点として活用している、とも。ともあれ、谷川さんを囲んで「自分たちはこんな劇場にしたい」と思いを語らった車座のスタッフたちは、できあがってきたこの詩を読んで、誰もが「これは自分のために書かれた詩だ」と思ったに違いありません。そして、アリオスを「絶対につまらないものにしてはいけない」ときっと心に誓ったはずです。この詩の言葉を空々しいものにしないために、そしてアリオスに集まる人たちの「夢」の手助けをするためにも――。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
*写真提供:いわき芸術文化交流館アリオス
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