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一志治夫『幸福な食堂車』(プレジデント社)

期待値を超える物語を

 本書の主人公である水戸岡鋭治さんが代表を務める事務所は「ドーンデザイン研究所」といいます。初めてお会いしてからもう10年近くになりますが、この間、「ドーンというのは夜明けのdawnだろうな」と勝手に想像していました。少しも偉ぶったり浮ついたところがなく、足が地に着いていて、いつも控えめで奥ゆかしい人柄でありながら、手がけてきた仕事はどれも斬新で挑戦的なものばかり。そういう氏の秘めたる情熱、静かな闘志に接するにつれて、ニッポンの風景、日本人の感性に新しい“黎明”をもたらそうとするdawnに違いない、といつの間にか思い込んでいたのです。

 ところが本書を読んで、それが子ども時代のあだ名に由来すると初めて知りました。「授業中ぼーっと教室の外を眺めているような少年だった」ところから、いつしか「ドンジ」と呼ばれるようになったというのです。「鋭治」の鋭さはなく、鈍いから「鈍治」だ、と。

 それがコンプレックスになっていたかどうかは、分かりません。ただ、絵を描くことが何よりも好きだった少年は、高校進学にあたって、普通科を選ばず工業高校の工業デザイン科に進みます。家具製造業を営んでいた父親の仕事をいずれは継ぐものだと漠然と思い描いていたからです。しかし、大阪のデザイン会社への「丁稚奉公」、それから約2年間のヨーロッパ遊学を経て帰国した青年は、父親との約束を破棄します。

 家業は弟に託し、自分は25歳で独立。そして事務所の看板に、あえて「ドンジ」の「ドーン」を掲げるのです(ドンでは偉そうだというので)。人生の成功の秘訣は「運、鈍、根」だとよく言われますが、この大きな節目にあたって、氏は自らの生き方をそのように明確にデザインしたのです。

 ところで、水戸岡さんの仕事の基本は「5つのS」だ、とあります。「整理、整頓、清掃、清潔、しつけ、である」と。
 
〈デザイン力とは、整理整頓する能力だと水戸岡は思っている。ヒト・コト・モノが大混乱しているところに行って、整理整頓する。景色は、建物は、世の中は、混乱している。その混乱を正し、清掃して、美しくわかりやすくするのが本当のデザイン力だと信じている。ずれている椅子の位置を直す、汚れがあれば雑巾で拭き取る。色が剥げていれば塗り、壊れたものがあれば直し、汚いものが貼ってあれば剥がす。……デザインは決して特別なことではない、というのが水戸岡の基本的な考え方だった〉
 
 ところが、いまあえて「5つのS」を強調しなければならないのは、この国の美意識が、それを支えるひとりひとりの日本人の中で崩れ始めているのではないか、という危機感があるからです。「水に恵まれ、緑豊かで、海に囲まれているという世界でも珍しい気候風土を持ったこの国は、明らかに後退し続けていると水戸岡は感じていた」。

 本書は、昨年3月に全線開通した九州新幹線をはじめ、JR九州管内のさまざまな鉄道デザインや、駅舎、駅ビルなど公共空間の設計で知られる水戸岡鋭治というデザイナーについて、彼がどのような人物であり、いかなる考えのもとに、何をめざしてきたのか、という軌跡を丹念に追ったものです。同時に、「九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の『気』と『志』」と副題にあるように、氏の思考の本質を具体的な事例の中に探り、それが実現されていくまでの道のりを通して、その生き方をくっきり浮かび上がらせようとしています。
 もともと40歳までは、パース画(建築物の完成予想図)をひたすら描き、その道の第一人者として知られていた水戸岡が、どういうきっかけで鉄道デザインに手を染めるようになったか、ということ自体がドラマチックです。そこには人との出会いがあり、その機縁を大切に活かしながら、徐々に信頼を勝ち得ていった職人気質のプロフェッショナリズムがあります。

 1988年、JR九州から初めて委託されたリゾート列車のデザインの仕事。国鉄分割民営化によって生まれたJR九州の初代社長は、水戸岡にこう注文します。「全国のどこにもない、もうこれひとつしかないというものをやってほしい。全然過去のものにはとらわれなくていいから」。社長には、赤字会社の収益改善、そして大企業病に侵されたJR九州の意識改革という至上課題がありました。「お客様不在、中央集権的体質、画一的」という「国鉄流」の悪弊から脱却し、新しい風を吹き込まない限り、新生JR九州の将来はないという切迫した思いです。一方、二つ返事でこれを受けた水戸岡は、こう考えていました。
 
〈人が自分のことを試そうとしているときに、お金のことを言っていては何もできない。仕事にはパン仕事と花仕事がある。お金を稼ぐためのパン仕事と挑戦的で未来につながる花仕事。……花仕事が来たときには全力でぶつかっていく。……花仕事は世の中のためだったり、公共のためだったり、お金がついてこないことも多い。でも、誰かがやらなければならないのなら、身銭を切ってやるしかない。身銭を切ってやっていくことには何らかの新しい可能性がある――〉
 
 実際、この初回テストに合格したことが、そこからの本格的な鉄道デザインの仕事の端緒となります。日本の長い鉄道史上でも、外部のデザイナーにこれほど総合的なプロデュースを依頼するようになるのは、これが初めてという快挙です。もっとも、最初からスムーズに滑り出したわけではありません。後に「鉄道の風を九州から起こせ」(初代社長以来の悲願)の最強のタッグを組むことになる唐池恒二・現JR九州社長でさえ、当初は「見るからに不機嫌そう」な顔で水戸岡を迎え、「胡散臭いおっさんやな」と「本能的な拒絶反応を抑えきれずに」いました。こわばった雰囲気の会議、射るような社員の視線にもたじろがず、一介のフリーのデザイナーが旧弊な巨大組織と渡り合い、徒手空拳、厳しい制約、激しい抵抗にもひるむことなく、どのようにして突破口を見いだしていったかというプロセスは、鉄道ファンならずとも、「JR九州版プロジェクトX」として興味が尽きない物語です。
 その詳細は本書に譲るとして、水戸岡が「志」と表現するデザイン・コンセプトの中でも、とりわけ独特の色合いが感じられるのは公共空間のとらえ方です。言葉にすれば、多くの人にとって使い勝手のいいユニバーサルデザインをめざすことであり、個人的な好みや趣味、作品性は二の次にして、利用者の立場に立って、多くの人が望む色、形、素材、機能、サービスを見つけ出し、それを最大限に具現化するというのが目標です。ところが、その発想の展開、あるいはそれに「気」をこめていく執着と徹底ぶりが、水戸岡ならではのスタイルです。受けた仕事は、どんな場合も決して手を抜かない。容易なことでは妥協しない。毎回全力で立ち向かう。そういう仕事の流儀もさることながら、とくに重視しているのが子どもや高齢者の視点です。
 
〈わたしはモノ作りのさい、子どもとお年寄りを念頭に置く場合が多くあります。初めてその車両に乗る人として、この両者に「どう思われるか」をつねに考えます。両者を意識することは、結果的には全体を網羅することに繋がるとみているのです。
 初めて電車に乗る子どもたちが、「この車両に乗ったとき、どう思うのか」について考えることは非常に大事だし、楽しいことです。子どもたちは、大人よりはるかに、乗った瞬間を五感で感じとっています。子どもたちには鋭い直感があります。一方、お年寄りは長い経験があり、また経済活動から一歩ひいた自由な身である場合が多く、やはり率直な感想が出てくるもの〉(水戸岡鋭治『電車のデザイン』、中公新書ラクレ)
 
 鉄道といういわば「時代遅れの乗り物」にどうすれば人々の関心を引きつけることができるのか。さまざまなアイディアの中でも、水戸岡がとりわけ強く関心を抱いていたのが、食堂車でした。若き日に、開通したばかりの新幹線のビュッフェ車で、ハンバーグ定食を食べながら目にした霊峰富士の姿――。その時の豊かな思い出が胸に刻まれていました。旅と列車と食の記憶。不採算部門の代表格とされ、時代の遺物、無用の長物のように扱われている食堂車だけれども、「儲からないもの」でも世の中には必要なものがあるはずだ、と考えたのが水戸岡でした。

 幼い日に目にした神社の祭り。なぜ大人がこんなに「儲かりもしないこと」に手間暇をかけて、労を惜しまず取り組むのか。それが不思議でなりませんでした。しかし、いまなおその幼時の思い出は自分の心の中に焼きついています。同じように、経済や効率のソロバンは度外視してでも、利用者のための思い出の場、サロンのような共有空間が、公共の乗り物の中にはあってもいいのではないか――これが水戸岡の発想でした。飛行機もクルマも持ち得ない、列車だけに可能な付加価値として、「経済ではなく心のソロバンをはじく」ことが肝心なのではないか。食の記憶は列車の記憶、そして旅の記憶に直結するはずだ……。

 この食堂車をめぐる攻防の詳細はまた本書に譲るとして、水戸岡はこうしてお客さんがこれまで、どこでも味わえなかったような楽しさ、彼らの期待値を超える“特注感”のある物語を提供するのが自分の役割ではないかと思い定めます。もうひとつ例を挙げれば、博多~大分間を結ぶ特急「ソニック」があります。車両技術者が見ても「水戸岡の会心作」と折り紙をつけるこの車両には、「遊び心」があふれています。
 
〈見れば見るほど細部まで細かくデザインされていて、何回見ても飽きないようになっている。子どもの目を意識してのことだった。子どもは大人と違って、ビス1本の形まで見ている。子どもは乗り物であっても昆虫を見るかのようにつぶさに観察する〉
 
 一見どうでもいいと思われる細部でも、そこにエネルギーが注入されていれば、人々はパワーを感じます。「感動は、注ぎ込まれたエネルギーの量に等しい」。水戸岡はまさにビス1本から車体のカラーまで、ありとあらゆることに“完璧”を求めます。JR九州・唐池社長は水戸岡デザインの特徴を、「斬新であるにもかかわらず飽きがこない」こと、そして「モダンなぬくもり」と語ります。さらに細部へのこだわり、最後まで手を抜かない意識の高さを評して、最後の1パーセントに込められた「魂」の力こそが、水戸岡デザインの核心であるとみなします。

 さて、その水戸岡イズムの集大成ともいうべき列車が、2013年10月にデビューする予定の豪華寝台車「ななつ星in九州」です。わずか14組の乗客を乗せ、3泊4日(もしくは1泊2日)でゆっくり九州を漫遊する「走る高級旅館」です。料金もハンパな金額ではないそうですが、目下のところ解決すべき課題がまだ山積している状態とか。

 ただ、その全8両のうち、なんと2両が食堂車とサロンにあてられるという画期的な設計です。「見知らぬ人々が語り集い食事をする『広場』としての食堂車」――。水戸岡さんの中では、いつかより大衆的な寝台列車を走らせたいという夢もあるそうです。それが実現した暁には、もちろん食堂車は物語の核となるはずです。「ドーンデザイン研究所」の位置づけは、私の中では依然として、やはりdawnであり続けます。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
写真提供・川井聡
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