Kangaeruhito HTML Mail Magazine 542
 
 プロフェッショナルの矜持
 
 
 1929年3月18日生まれといいますから、現在84歳のビル・カニンガム。米ニューヨーク・タイムズに長年連載されている人気ファッション・コラム「オン・ザ・ストリート」、社交コラム「イブニング・アワーズ」を担当する名物ファッション・フォトグラファーです。

 その彼の日常に密着し、素顔に迫ったドキュメンタリー映画を観てきました。「ビル・カニンガム&ニューヨーク」――。

 業界人なら誰もが知っている伝説的な存在でありながら、その私生活はとなると、数年来の知己でさえまったく見当がつかないという人物。撮影許可を得るまでに8年、取材・編集のためにさらに2年。なんと10年がかりで完成させた労作です。

 若手監督のための映画祭「第39回ニュー・ディレクターズ/ニュー・フィルムズ」のオープニングを飾ったのは、2010年3月のことですが、公開されたのはニューヨークのたった1館の映画館。ところが、次第に感動の輪が広がるにつれて、全米で異例の大ヒットを記録し、世界各地の映画祭でも次々と観客賞を受賞するなど、評判が評判を呼びました。
 
「この映画を観れば、ビル・カニンガムが第一人者であると同時に、唯一無二の存在であることが分かる」(タイムアウト誌)

「タイトル通り、カニンガムの物語はニューヨークの物語そのものである」(ニューヨーク・ポスト紙)

「自分の居場所はカメラの裏側だと固く信じるビル・カニンガムのドキュメンタリーが作られたこと自体が驚くべきことである」(サンフランシスコ・クロニクル紙)
 
 作品には、80歳を超えた現在もなお、現役最高齢モデルとして活躍するカルメン・デロリフィチェや、作家のトム・ウルフ、映画「プラダを着た悪魔」の鬼編集長のモデルとして知られる米版「ヴォーグ」編集長のアナ・ウィンターらも登場して、この老練カメラマンのエピソードを披露しています。また彼のアーカイブ画像や、過去のインタビュー映像などが効果的に挿入されていて、謎めいた輪郭が次第に鮮明に浮かび上がってきます。けれども、そうした証言や記録よりも何よりも、ビルの溌剌とした目の動き、スピーディで無駄のない身のこなし、人生のすべてをファッションの神に捧げたかのような献身的な仕事ぶり、そして人をとろけさせるような笑顔を見ているだけで、わくわくしてくる映画です。

 住まいはカーネギー・ホールの上にある老朽化したスタジオアパートです(いまは建物の改装のために退去させられたようですが)。手狭な上に、これまで撮影したネガフィルムを収めたキャビネットがギッシリ室内を埋め尽くしていて、その隙間に簡易ベッドが置かれているだけ。キッチンもクローゼットもありません。

 そこから自転車にまたがって、街へ出て行くのが日課です。晴れの日も、風の日も、雨や雪の日も関係ありません(雨合羽を着て、車道の真ん中を自転車で疾走する姿には、さすがにハラハラさせられます)。そして、これはというお洒落なニューヨーカーを見つけると、すかさず愛用の銀塩カメラ(ニコンでした)のシャッターを切ります。出会いがしらにバシャバシャ、被写体を追いかけてバシャバシャ。電光石火の早業にドキドキ、ハラハラさせられます。見ようによっては「変なおじさん」そのものです(実際、この映画を見るまでそう思い込んでいた人たちもたくさんいました!)。けれども、彼の躍動感、対象をつかみとるリズム感、カメラにとらえられたニューヨーカーたちの息遣いが、いつの間にか伝染してきます。見ているだけで幸せな気分が湧いてくるのです。
 
「最高のファッション・ショーは常にストリートにある。じっと待ってなどいられない。探し出すんだ“見たこともない楽園の鳥”を、とびきりエレガントな女性や抜群のファッションを」(ビルの“語録”から。以下同)
 
 彼のスタイルはといえば、パリの清掃作業員の青いユニフォームがお気に入りです。雨の日にかぶるポンチョは「どうせ破れるから新調しない」とテープで補修したのを着続けて、「ニューヨーカーは物を粗末にしすぎだ」と笑います。コーヒーは安ければ安いほど美味しいと言い、食べ物にもまったく無関心。セレブの集まるパーティ会場で、食事を勧められても見向きもしません。
 
「パーティ取材の目的はニューヨーク・タイムズ紙の取材であり、飲み食いじゃない。ニューヨーク・タイムズ紙の看板も汚せない。だから決めた、水一杯も口にしないとね。食べてから(取材に)行く。それだけのことだ。置かれた状況と距離を置くとより客観視できる」
 
 彼一流の原理原則は、若い頃から変わりません。差し出された小切手をビリビリと破き、「金をもらわなければ口出しされない。すべてに通ずる鍵だ」、「自由より価値があるものなんかないよ」と凄いセリフを口にします。有名人だから撮る、大女優だから撮るということはなく、「だいたいテレビも見ないので、セレブの名前や顔を知らない」とうそぶきます。「大バカと言われようが、撮るかどうかはファッション次第だ」、「無料で着飾った有名人に興味はありません。どうでもいい。それより服を見て下さい。新しいスタイル、シルエット、色づかい、それがすべてです。主役は洋服です」と。

 ニューヨークの街角に立てば、あらゆる人種、文化、階層の微妙な差異が入り乱れ、それが街の表情を作っています。彼のストリート・スナップは公平無私。あくまで自分の審美眼だけを頼りにして、シャッターを切っていることがよく分かります。
 
「すべきことは3つ。1つに偏ってはダメだ。まず第一にコレクションを撮る、次に街の女性の自腹ファッションを撮る、最後にパーティに出席する。すべて見なければレポート出来ない。重要なのは感想じゃない、見たものを伝えることだ」
 3つの違ったステージを均等に位置づけながら、彼は自分の目に惜しみなく学びの機会を与えます。こうしたビルの謙虚さ、フェアな態度、プロ意識があってこそ、ファッションと人、被写体と読者との間に特別な親密さが生まれてきます。彼にレンズを向けられると、被写体は「ビルのための装い」であるかのような、生き生きとした表情を浮かべます。この一瞬の化学反応に、こちらもたちどころに同化するのです。

 そんなビルがふと、内面を垣間見せる場面が後半に現れます。完成までに10年を要したくらいの“曲者”ですから、おいそれと心の奥底を見せてくれるはずがありません。お手軽な近道はあきらめて、忍耐強く彼自身が語りだすのを待っていたからこそ訪れた一瞬です。

 ひとつは、フランス文化省から芸術文化勲章オフィシエを授与された際のスピーチです。1950年代、オートクチュール全盛時代からパリのファッション・ショーを撮影してきたビルですから(イヴ・サンローランのデビュー・コレクションで撮影が許可されたのは「ヴォーグ」とビルだけでした)、彼が受勲してくれることは、フランス政府にとっても名誉であり、喜びです。

 ビルはおなじみのブルーの上っ張りを着て、登壇します。そして「私のしていることは仕事ではなく喜びである」、「私は働いていません、好きなことをするだけです」と語り、昔から変わらないひとつの真実があると述べます。「美を追い求める者は、必ずや美を見出す」と。

 こう述べた時、意外なことに、彼が言葉を詰まらせます。ハッとすると同時に、たまらない感動に襲われます。理由はうまく説明できません。

 もうひとつは、最後のほうになって、監督自らが「答えにくければ無理に答えなくてもいいから」と言って、ふたつの質問をする時です。「あなたはずっと独身だけれども、恋愛関係はなかったのか」、そして「毎週、教会に通っているが、あなたにとって宗教とは?」――と。きわめて微妙で、危険な問い。信仰と性的嗜好に関する、踏み込んだ質問です。

 ここで明らかに、ビルは動揺します。これも意外です。沈黙があります。その場に立ち会っているかのように、動悸が早まります。彼がそこで何を語ったかは、二の次です。というより、あまり意味を感じませんでした。おそらくビルにとって、写真のために犠牲にしたものは小さくないのだ、ということが直感的に伝わったからです。これで、作品の奥行きがまた一段と深まりました。

 いずれにせよ、ビルが人生において選択したのは、ファッション写真を撮り続けるということでした。その「喜び」の妨げとなるものは排除し、断念し、自分で決めた道を突き進んだということです。「仕事とは恋愛できないが、心から仕事が楽しかった」――ビルの言葉です。

 そのビルがある日、ニューヨーク・タイムズのA.ザルツバーガー,Jr社主に案内されて、少し不安そうな表情を浮かべて歩いています。何だろう、と思って見ていると、何とそこにサプライズの誕生パーティが用意されていました。ビルの代名詞である青い上っ張りを着て、彼のお面をつけた職場の同僚が、皆で待ち構えていたのです。ビルが思わず笑い出します。

 これまでビルと事あるごとにぶつかってきた喧嘩相手たち――紙面のレイアウト変更を執拗に要求するビルと、何度も衝突を繰り返してきた“犠牲者”たちが、オリジナルの「ビルの歌」を唱和して、祝福します。ビルも大笑いです。
 
「誠実に働くだけ。それがニューヨークではほぼ不可能だ。正直でいることは――風車に挑むドン・キホーテだ」

「ファッションに否定的な声もある。『混乱を極め問題を抱えた社会で、ファッションが何の役に立つ? 事態は深刻だ』と。だが要するにファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を捨てたも同然だ、僕はそう思う」
 
 ビルは“最後のプロフェッショナル”かもしれません。いまや「ブロガー」という新たな種族が「スナップ写真家」として、西部劇の「賞金稼ぎ」のガンマンさながらに、ショー会場の周辺や街角に出没しています。その写真が実際に、デザインのネタ探しに余念のないメーカーや、マスコミ(!)などに高額で引き取られているご時勢です。「人気ブロガー」ともなれば、自分自身がモデルまがいに着飾って、ショーの最前列に陣取る時代です。

 だから、ビルのような矜持をもったプロフェッショナルは、いっそう気高く輝きます。虚飾に満ちたファッションの世界だからこそ、彼の清貧は際立ちます。奇蹟と出会うような、彼の笑顔。この映画のわくわく感は、間違いなくそこから発しています。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
 
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