天才は常に孤独である。そうかもしれません。たとえば、昨年アカデミー賞作品賞を受賞した『ビューティフル・マインド』でも、天才数学者ナッシュは精神の病と孤独に闘う存在として描かれています。生前の理論が、死後何年も経って見直された科学者や、政治や経済の大きな変化によって改めて、過去の人物が見直されるということもあります。いずれにせよ、天才は、一般人にとって近寄りがたい存在なのでしょう。

 しかし、齋藤孝さんは、本誌に連載中の「天才を生み出す組織とは」で、天才あるいは才能というものの別な側面に注目します。いかに素晴らしい天才でも社会と無関係でいることはできない。むしろ、集団に複数の人間が属し切磋琢磨しながら才能を伸ばしていった例から、個人と集団の関係に着目します。また、師匠から弟子が学んでいく過程にも光をあてます。
 確かに、明治維新の原動力となった松下村塾、ピカソ、マティス、ブラックらが集ったモンマルトルの「洗濯船」、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄など何人ものマンガ家が集まったアパート・トキワ荘など、いつの時代にも才能のある人間がお互いを育てあう溶鉱炉のような場が存在していました。意外にも、天才たちは交友好きなのです。そして、齋藤さんは、才能を引き出す組織の運動を、「スタイル間コミュニケーション」という概念を用いて、読み取ろうとします。動きと反応(レスポンス)する身体の重要性を指摘する齋藤先生ならではの着眼点でしょう。

 これまでの連載では、第1回で白土三平の『サスケ』が、続いて第2回では、オランダの伝説的サッカー選手ヨハン・クライフのトータル・フットボール理論と日産のカルロス・ゴーンのクロス・ファンクショナリティの比較、第3回で、小澤征爾など音楽の世界においてトップ・レベルの人材を輩出した音楽教育家・齋藤秀雄の「齋藤メソッド」が取り上げられました。今後も、将棋教育における奨励会の役割、静岡で成果を上げている独特のサッカー教育法といったテーマが取り上げられていく予定です。ご期待下さい。
 さて、次号(2003年春号)では、「からだ」をめぐる特集の中でも、「齋藤孝の指南する丹田呼吸法」という見開きページがあります。ここでは、これだけは毎日やっておくべきリラックスとストレッチ技法、そして、すべての基本としての2分間丹田呼吸法を紹介する予定です。

 その撮影のため2月のある日、ご多忙の中、新潮社の写真スタジオに足を運んで頂きました。トレード・マークともいえる、「渾身」の文字がプリントされたTシャツ姿になって、さまざまな身体の動きを見せて頂いたのですが、驚かされたのが、齋藤さんが静止している時の体から感じる安定感、動いたときの柔らかさ――まるでしなやかな黒猫のようでした。

 撮影の途中からは、靴下を脱いで裸足になって頂きました。見せて下さったのは、足の指が拡がること (左の写真)。齋藤さんによると、日本人は、まだ下駄や草履といった履物を日常的に使っていた昭和30年代の初頭に比べると、現在、足の指で物をつかむ感覚が希薄になっている。だから、足指の感覚を鋭敏にし、力強く立つためにも、裸足になって足の指を拡げて立つ練習が必要、とのこと。それを伺ってから、担当編集者である私も、周囲の同僚には内緒で、靴下を脱いでパソコンに向かうようにしています。