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トリシア・タンストール『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ――エル・システマの奇跡』(東洋経済新報社)

「僕らは楽しむことをおろそかにしない」

 2008年に初来日したシモン・ボリバル交響楽団の「アンコール」風景を、Youtubeで見たのが始まりでした。曲目は「『ウエスト・サイド・ストーリー』からのシンフォニック・ダンス」(レナード・バーンスタイン)でおなじみの「マンボ」――。

 チェロが左右に大きく揺れ、管楽器は高々と掲げられ、ティンパニのマレットが宙を舞い、バイオリン奏者たちは立ち上がって弾いている――楽団員たちが実に楽しげに、ラテンのリズムに乗って、踊りながら演奏しているのです。そして、決めどころにさしかかると、総立ちになって一斉に叫びます。

「マンボ!」

「ノリノリのアンコール」とタイトルがついていましたが、まさにその通り。クラシック界の常識をブッ飛ばす、爆発的なエネルギーに目を見張りました。「気がついたら泣いていた」という感想も、その後たくさん聞きました。

 本書によれば、2009年4月、ワシントンのジョン・F・ケネディ・センターでの公演に臨んだ同交響楽団は、ラヴェルの「組曲ダフニスとクロエ第二番」、ベネズエラ人作曲家エベンシオ・カステジャーノスの作品に続いて、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に挑みました。「人間が経験しうる神秘的で起伏に富む心模様」をあますところなく描き出したとされる難曲中の難曲。演奏が終わると、ホールはしばらく静寂に支配されます。
 
〈激しくも荘厳な最後の一音が残した余韻が途切れるのは、客席の誰もが我慢ならなかったのかもしれない。しばらくして、少しずつ歓声が聞こえるようになり、やがてそれは大きくなって、会場全体から湧き起こった。聴衆は総立ちになった〉
 
 指揮者は、この年LAフィルの音楽監督兼指揮者に就任することが決まっていた、28歳のグスターボ・ドゥダメル。小柄で童顔。チリチリの独特なヘアースタイル。「100年に1人の天才」、「バーンスタインの再来」と称され、その傑出した才能、華やかさ、若々しいエネルギー、カリスマ性から、文字通り「クラシック界のスーパースター」でした。その彼に率いられたシモン・ボリバル交響楽団は、卓越した技術と高い音楽性を備えているにもかかわらず、楽団員は皆30歳に満たない若者たち。そして全員が、1975年にベネズエラで生まれた音楽教育プログラム「エル・システマ(略称システマ)」の申し子たちでした。

 ……鳴り止まぬ拍手に応え、ドゥダメルはカーテンコールの度にステージに戻ってきました。やがて、舞台が暗くなり、楽団員たちの姿が見えなくなります。次に照明がついた時には、総勢200名のオーケストラは、ベネズエラの国旗をあしらった色鮮やかなジャケットを着ていました。指揮者も同じ姿で現れ、指揮台に上がります――。
〈アンコール曲はラテン音楽で、楽員たちは飛び跳ねながら演奏した。トランペット奏者は楽器を前後にスイングさせながら吹き、次のフレーズを吹くまでのあいだ、指で楽器を回転させる。チェロ奏者は楽器をダンスのパートナーのようにくるくると回した。ホルン奏者は輪になって、サルサの踊りのような動きを全員でしてみせた。打楽器奏者はスティックを宙に投げてはキャッチして演奏を続けた。……非の打ちどころのない音楽と、本能の赴くままに繰り広げる奔放な踊りという組み合わせは、人々に抑えきれないほどの興奮を与える。オーケストラは踊る集団になっていた〉
 
 プラチナ・チケットを手に、そこに集まっていたワシントンの紳士淑女たちが、この熱狂の渦に巻き込まれ、音楽が持つ根源的な楽しさにすっかり酔いしれたことは言うまでもありません。

 ところで、この“魔術師”たちを生み出したエル・システマとは、ベネズエラの子どもたちに無償で楽器と音楽指導を提供し、オーケストラ活動を通じて、楽器の演奏技術だけでなく、他人との協調性、忍耐力、自己表現力などを学ばせる社会教育プログラムです。
 貧困と犯罪が蔓延する危険な環境に暮らし、生きる希望や自信を失った子どもたちを救おう、というアイデアにもとづき、政府の資金を主たる財源としてスタートしました。いまや人口3000万人に満たないベネズエラ全土で、およそ37万人の子どもたちが、システマで音楽を学び、合奏や合唱を楽しんでいます。その圧倒的多数が貧困層の子どもたちです。

 1950年代から60年代にかけて、石油マネーで潤った首都のカラカスには、近代的なビルが建ち並び、文化都市としての輝きも生まれ始めていました。ところが、音楽を志すベネズエラの若者を受け入れる土壌はなく、オーケストラは北米や欧州の奏者ばかりで構成され、演奏会もエリートや富裕層を対象にしたものでした。そんな自国のありさまを憂いたのが、音楽家で経済学者、政治家でもあったホセ・アントニオ・アブレウ氏です。

 練習場として使われていないガレージを借り、1975年、アブレウ氏は11人の若者を集めて、ベネズエラ人によるユース・オーケストラの設立をめざします。これがエル・システマの誕生秘話です。ちょうど同じ頃、1974年にバングラデシュを襲った大飢饉をきっかけに、マイクロ・クレジット事業(後のグラミン銀行)を立ち上げたムハマド・ユヌス氏を思い起こさせます。あるいは、サイモン・ラトル氏(ベルリン・フィル音楽監督)によれば、「彼はネルソン・マンデラに匹敵する革命家だ」とも――。

 アブレウ氏はしかも、翌年、この新設オーケストラを国際音楽祭に参加させます。当然、世間では「頭のおかしい男にそそのかされた若者たち」と揶揄する向きも生まれます。しかし、アブレウ氏のあふれるほどの情熱と愛情につき動かされた楽員たちは、誰もが予想しなかった快挙を成し遂げます。欧州や日本など実力相手を向こうにまわして、音楽祭の選抜オーケストラの首席奏者にベネズエラ人が選出されるのです。さらにそのメンバーには、参加国で最多の20名が抜擢されました。

 本書はこうして国内外の注目を集めながら目覚しい勢いで発展し、成果を挙げていったエル・システマの理念と実像を解き明かそうとするものです。

 ドゥダメル氏は言います。システマとは「ひとことで言うと、結びつきです。システマでは、すべてがつながっている。演奏することと、音楽を奏でることの社会的意義。この2つが切り離されることはけっしてありません」、「合奏には他者への思いやりと協働という概念が必要なので、人として成長することにつながる。つまりオーケストラというのはコミュニティーなのです。……これが芸術的な感性と結びつけば、どんなことも可能になる」。
 システマの精神的支柱であるアブレウ氏も述べます。「楽器を習い始めた瞬間から、その子はもう貧しい子どもではなくなる。立派なコミュニティーの一員となるべく、成長の道を歩み始める」、「住むところや食べるものに不自由している状態だけが貧困ではない。孤独であるとか、他人に評価されないとか、精神的に満たされていない状態も貧困である。物質的に恵まれない子どもが、音楽を通して精神的な豊かさを手にしたとき、貧困が生む負の循環は断ち切られる」。

 とはいえ、にわかには信じがたいことだらけです。貧困層の子どもたちが誰でも参加できることと、音楽として高度なレベルに達することに矛盾はないのか。「みんなで」という精神と、音楽の英才教育とは対立概念ではないのか。「広さの追求」と「深さの追求」の調和は図れるのか――等々。

 ところで、システマにとって、2009年はひとつの転機となりました。シモン・ボリバル交響楽団が世界的に名を轟かせるようになり、ベネズエラの“奇跡”が注目を集めるにしたがって、アブレウ氏は多くの世界賞を受賞しました。そしてこの年には、前回の本欄(No.558)でも紹介したTEDから、2005年創設のTED賞がアブレウ氏に贈られるのです。

 TEDは「世に広めるべきアイデア」を発掘し、支援する非営利団体です。「TED賞は、年に1度、芸術、科学、ビジネスなどの分野で、人を動かす力のある独創的なアイデアを持つ個人に贈られ」てきました。受賞式に参加できなかったアブレウ氏のスピーチは、事前に収録された映像で流されました。

 http://www.ted.com/talks/jose_abreu_on_kids_transformed_by_music.html

 かつてマザー・テレサが、貧困の最も悲惨で悲劇的な点は、自分が何者でもないこと、アイデンティティの喪失に他ならない、と述べた言葉を引用しながら、「いちばんつらい思いをしている弱者、すなわち子どもたち、そして他者から人として認められ、尊厳を保ちたいと願う人たちのために芸術を役立てるべきです」とアブレウ氏は語ります。そして最後に、TED Prize wish(TED賞受賞者の願いごと)を述べる段になって、彼は英語でゆっくりと、聴衆に“支援”を呼びかけます。「芸術と社会正義のために情熱を燃やし、エル・システマを米国や他の国々にも広めることに力を尽くしてくれる若くて才能ある音楽家50人のために、特別な研修プログラムを作りたい」――と。

 本書の後半は、こうして実現した奨学金プログラムの研究生たちが、見学に訪れたベネズエラの先々で、システマの“奇跡”を目の当たりにしていく過程が描かれます。正直なところ、研究生たちは心のどこかで「ほんとうに、そんなにすごいのか?」とシステマを疑う気持ちがないわけではありませんでした。その彼らの偽りのない衝撃が、その後米国で、さらにはその他の国々で、システマを手本としたプログラムが次々と誕生している理由に他なりません。

 本書を読んで最も印象的なのは、誰しもがシステマについて語ろうとする時に、その感動をどう説明したらいいのか、という「もどかしさ」と戦っている姿です。とても言葉では言い尽くせないような体験をどうしたら人に分かってもらえるのだろうか――。たとえば、LAフィルの代表が、ドゥダメルという音楽家の本質を理解するために、べネズエラを訪問した際の感想です。
 
〈あまりにも感動して、はじめの数日は泣きっぱなしでした。私も音楽家ですし、長いこと音楽のマネジメントをやっているので、音楽の根本は人類愛だと、自分でもずっと言い続けてきました。でもシステマこそ、まさにその究極の姿でした〉
 
 日本でも、東日本大震災の被災地・福島で「エル・システマジャパン」の挑戦が始まっています。また、きょう(10月10日)からは「エル・システマ・フェスティバル2013」が東京芸術劇場などで開催されます。今回は数あるシステマのオーケストラの中で、「エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス(EYOC)」が来日しますが、おそらく「ノリノリのアンコール」が再現されるに違いありません。

「僕らは楽しむことをけっしておろそかにしない」と繰り返しドゥダメル氏が語っているように、システマの根底には「楽しむ」精神があります。それがあるからこそ、システマは大きく成長しました。福島に何がもたらされるのか。システマにとっても、新たな可能性の探求です。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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