Kangaeruhito HTML Mail Magazine 564
 
 風邪と日本酒
 
 先週末、インフルエンザの予防接種を受けてきました。この数年間の大きな心境の変化です。それまでは、学校で一斉に注射を受けていた時期は別として、無警戒もいいところでした。風邪は、どちらかと言えば、よく引くほうで、引けば必ず熱が出て、頭蓋骨がどうにかなりそうなくらいの咳が続き、毎回ひどい苦しみを味わいます。軽い風邪の場合でも、微熱と気だるさは大の苦手です。

 それにもかかわらず、インフルエンザにはなぜか無頓着で、予防注射までわざわざしようという気にはなりませんでした。単に面倒くさがり屋というだけかもしれませんが……。

 心がけを変えたのは、1918年から1919年にかけて世界的に流行したスペイン風邪の話を聞いてからです。約6億人の人が罹り、2300万人(諸説あり)が亡くなったと、「風邪の権威」から、きわめて詳細な“講義”を受けました。甘く見てはいけないと、反省することしきりでした。パンデミック(世界的大流行)を引き起こすような飛び切りの新型が現れれば別ですが、ワクチンにはかなりの効果が期待できるというのも、その時に得た感触です。以来、予防注射に通うようになりました。

 そのおかげか、この数年、インフルエンザとは無縁に過ごしてきましたが、うっすらとした風邪の初期症状には、あいかわらず悩まされています。気が張っている時は風邪を引かない、というのはまさにその通りで、ふっと安心して気が弛んだ瞬間(というより、それを自覚するよりも早く)、ウイルスが鼻や喉に取り付いているような感じです。

 風邪を極度に毛嫌いした人に司馬遼太郎さんがいます。直接ご本人から聞いたというよりは、福田みどりさん(司馬夫人)があきれたように語っているのを聞きながら、その真剣な風邪との対し方に司馬遼太郎という人を感じました。
 
〈風邪には半生苦労させられた。
 私は基礎体温がひくく、それに低血圧のせいもあってか、熱が三十六度七、八分にもなると、交通信号がやっとわかる程度の注意力しかなくなってしまう。むろん本も読めず、原稿なども書けない。七度になると寝込み、八度以上になれば、ちょっと照れくさいが――遺言を考える。……
 いかにすれば風邪をひかずにすごせるかということばかり考えていた。私に畢生(ひっせい)の事業があるとすれば、風邪の素人療法をあれこれ考えたことである〉(司馬遼太郎「風邪ひき論」、『風塵抄』所収、中公文庫)
 
 寒さが風邪の原因だというのは誤りだそうで、それが証拠に北極や南極に「風邪はない」といいます。少なくとも気温が零下何十度に下がろうと、寒さのために風邪を引く人はいない。それが流行るのは、春になって北極海の氷が解けて、大陸から船が来るようになってから、あるいは南極の昭和基地に、日本からの手紙や荷物が届いた時だというのです。つまり、船の乗員や、日本からの荷物にくっついて、ウイルスが運ばれてくるというわけです。

 とはいえ、寒さがウイルスによる感染のきっかけを作ることは間違いありません。司馬さんは家の中でも外に出る時も、「気温が低くなるたびにこまめに衣類で調節する」ことに余念がありませんでした。以下は、みどり夫人が紹介する、オールシーズンの司馬さんの「就眠ファッション」です。
 
〈パジャマの首許にバンダナを巻いて、それでも衿のあたりが、すかすかすると言って洗濯バサミでおとめになる。べつに洗濯バサミでなくてもいいと思うのだが、どうしても、コレデナキャアイヤナンダ、そうです。袖には腕カバーもはめるのよ。以前は事務用の黒い腕カバーをはめていたが、これでは眠っていても、いかにも忙し気で、こちらが落ちつかないので、やがて、プリントの布で特別に作るようになった。さらに、さらに足には脚絆をつけて、靴下まではきます。この靴下が、また、むずかしくて、ご本人が「寝ェ靴下」ときめている、薄いぼろぼろのそれでないといけないのです。つまり手甲脚絆ということよね〉(福田みどり「杉やんの手紙」、『司馬さんは夢の中1』所収、中公文庫)
 
 この調子ですから、風邪をうつされたかな? と兆しを感じた瞬間から、「人格が一変する」のだといいます。洗面所に行ってはひっきりなしにうがいを繰り返し、喉にはルゴール液を塗って、ウイルス殲滅の水際作戦に取りかかります。これだけの用心深さがあってこそ、あまたの傑作が生まれたのかと感嘆したものです。

 ところが気がつくと、同じように蛇蝎のごとく風邪を忌み嫌い、徹底した防御策を講じる人が一人や二人ではありませんでした。
 
〈私は風邪に対し極端な弱虫で、警戒心が非常に強い。一旦引き込んだら、人一倍どころか普通の人の三倍ぐらゐひどい症状を呈し、それが一週間や十日では到底治らないのだから。……
 かかる弱虫体質なので、何十年来充分注意はしてゐる。外出から帰つたら、手と顔を石鹸で丹念に洗ふ、うがひをする、洗濯屋、集金人、留守中の来訪者にゴホンゴホンはゐなかつたか女房に確かめる。「ゐたんなら、玄関の空気全部入れ換へなきや駄目だよ。お前はすぐうがひして」と、防戦これつとめてゐるのに、それでも風邪を引く〉(阿川弘之「風邪を引かない方法」、『エレガントな象』所収、文春文庫)
 
 いやはや、風邪を怖れる当人以上に周りの人たちに「恐怖症」を伝染しているのだなぁ、と変な感心をしていたら、このエッセイに登場する林望さんは、事務所の入口に「謹告」を張り出しているとか。その第一条、「風邪を引いている人は入室を厳禁します」――。「人を見たらヴィールスと思え」の由。

 さて、風邪を敵視した司馬さんの作品を読んでいると、ふとした描写に著者の素顔が覗きます。忘れがたいのは、幕末の異才、清河八郎暗殺のくだりです。短編集『幕末』(文春文庫)に収められた「奇妙なり八郎」では、「その日、清河は朝から頭痛を痛んだ」とあっさり書かれているだけですが、『竜馬がゆく』(文春文庫)になると、それがたっぷりと描かれています。
 
〈当時清河は、同志の幕臣山岡鉄太郎の屋敷にころがりこんでいた。前夜から風邪をひき、相当な熱がある。
「どうも頭痛がしてかなわない」
 と青い顔をしていた。
 そのくせ湯に入り、外出の支度をして、何気なく隣家の高橋泥舟(でいしゅう)宅へ寄った。高橋は登城の支度をしていたが、清河の顔色のわるさにおどろき、
「どうした」
 ときいた。風邪さ、と清河が答えると、高橋の妻女まで真剣に外出をとめた。
「いや、旧友と約束があるので」
 と、清河は、頭をふった〉
 
 そして、暗殺計画が謀られているとも知らず、酒を買って待っているという友人宅へ出向いていきます。
 
〈金子は待っていた。
 すぐに酒になった。
「いや、風邪をひいているので」
 と、清河は二杯目をしぶった。どうも酒がまずい。
「よいではないか。ひさしぶりだ」……
「頭痛でこまっている。今日は一日寝ていろと高橋(泥舟)の妻君もしつこく外出をとめたのだが、いくら旧友でも約束を違えると信用にかかわる、といって出てきた」
「それはありがたい」
 金子の銚子を持つ手がふるえている。この友を裏切ろうとしているのだ〉
 
 そして、すすめ上手の金子に注がれるまま、「昼すぎから四時間ほどの間に、清河は七、八合は飲まされ」ます。まさか、この「気の弱そうな同窓が暗殺者と通謀している」などとは、ゆめにも思わずに――。帰り道、この北辰一刀流の達人は刺客の手によって果てるのです。
 
〈致命傷は、佐々木の正面からの一太刀だった。右首筋の半分まで裂き、その勢いで清河の体は左へ数歩とんで横倒しになり、半ば切れた首がだらりと土を噛んだ。
 土に、酒のかおりがむせるように匂っていたという〉(「奇妙なり八郎」)
 
『竜馬がゆく』を最初に読んだのは中学生の時ですが、この時すでに、最期の酒宴の場面が心に焼きつきました。以来、風邪気味の時に人から日本酒を勧められると、妙に用心深くなっています。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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