Kangaeruhito HTML Mail Magazine 573
 
 「ハンナ・アーレント」その2
 
前回に続いて、映画「ハンナ・アーレント」の話を続けます。アイヒマン裁判を傍聴したアーレントの原稿が「ニューヨーカー」編集部に届いたところからです。
 
〈その原稿をチェックするという骨の折れる作業を担当したのはビル(ウィリアム・ショーン編集長・註)だった。彼によれば、これは困難きわまりない作業だったという。というのも、彼女の手に負えないドイツ風の文章をわかりやすく直さなければならなかったからだ。アーレントはこの記事のなかで「悪の陳腐さ」という有名な表現を使い、結局、とんでもない物議をかもして、多方面から抗議を受けることになる。なかでも、撲滅の対象をユダヤ人に決めたナチのやり方に抵抗しようとしなかったユダヤ人自身も責めを負うべきである、という彼女の発言に対しては、囂々たる非難が集中した〉(リリアン・ロス『「ニューヨーカー」とわたし――編集長を愛した四十年』、新潮社)
 
 ふだんは編集作業のために書き手をオフィスに呼んで仕事をしていたショーン編集長ですが、この時ばかりは自らアーレントのアパートメントにまで出向いていきました。
 
〈いつものブリーフケースに傘、それに加えて五十ポンドはあろうかと思われる原稿と、作業中のゲラを携えて。「そのほうが彼女も作業がしやすいと思うんだ」とビルは言った〉(同)
 
 映画の中では原稿を前にしたショーンが、「さあ始めようか」とおもむろにメガネをかけ、“腕まくり”します。「ニューヨーカー」の伝統はといえば、書き手と編集者が共同で、細やかに、忍耐強く、慎重に原稿内容をチェックし、「文章の明晰さ、論理性、密度、文法、構成、反復語、英語の言葉の美しさへの追求」(同)を徹底的に行うところです。

 とんでもない集中力と、恐ろしく時間を要するつらいプロセスです。けれどもこの作業を経ることによって、原稿は「見違えるほど素晴らしいものに」変貌し、「どの書き手も必ず成長する」と信じられてきました。今回もまた、その伝統の流儀が踏襲されました。

 ところが、何週間にもわたって毎日その作業を続けたショーンは、「いつもへとへとに疲れきってアパートメントから出てきた」といいます。それというのも、「彼女と仕事をするのは非常に難しい、英語があまり上手ではないからね」というのです。
 
〈初めのころこそ彼女は協力的だった。ビルも彼女に会いに行くのを楽しみにしていた。……ところが、彼女と仕事をはじめてから何日か経ったある日、アパートメントから出てきたビルの顔は青ざめ、身体はぶるぶる震えていた。わたしがその手を握りしめると、氷のように冷たかった。
「ぼくの顔を見たとたん、彼女はわけのわからない怒りを爆発させて、ひどいことを言い出したんだ」と彼は言った。「あんなふうに人から罵られたのは生まれてはじめてだった。わけがわからない。われわれの編集方法は人をばかにしている、と言うんだ。こんなやりかたは馬鹿げている、と。なぜ粗探しに我慢してつきあわなければならないのか知りたいものだ、と。これ以上質問に答えたくはない、これ以上原稿に手を入れるつもりはない、と言ってひどく罵った、罵詈雑言を浴びせたんだ。どうすればいいのかわからなかったよ」。ビルは身体を震わせた〉(同)
 
 ここまでの衝突場面は映画の中に登場しませんが、アーレントならば、さもありなんという光景です。この記事の執筆、掲載がいかに困難で、かつ命がけの真剣勝負であったかを如実に物語るエピソードです。

「ニューヨーカー」という雑誌は、都会的で、お洒落な高級誌のイメージが強くありますが、ジョン・ハーシーの『ヒロシマ』、トルーマン・カポーティの『冷血』(新潮文庫)、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(新潮文庫)といった作品は、すべてショーン編集長時代の同誌に掲載されました。ジャーナリスティックな意味でも時代を画する仕事が、ここから生まれていることがよく分かります。

 ショーン氏は、「ニューヨーカー」の3つの原則を次のように語っています。
 
〈第一にジャーナリスティックであること、第二に文芸的であること、そして第三に美的であること〉
 
 さらに、こう述べます。
 
〈私たち編集者は自由をもっております。編集者が自由であるということは、すなわち書き手が自由であるということです。重要なことは、編集者が書き手たちに、彼らが書きうることを書き、最上の作品を書き、一番関心があることを書く厖大な自由を与えることなのです。私たちは、彼らが自分の行動に対してもっている熱狂的なものを引き出すように鼓舞し、奨励する義務があり、編集者もまた、その熱狂的なものを共有すべきなのです。編集者は、書き手たちが自ら関心をもつ主題について書き、書きたい方法で書くようにしむけ、彼らが可能なかぎり自分自身でありうるようにしむける義務があるのです〉(粕谷一希『〈座談〉書物への愛』(藤原書店)所収、初出は「東京人」1987年新春第5号「老雄ショーン氏、編集の真髄を語る」)
 
 以上の発言は、1986年11月26日、当時79歳だったショーン氏が、雑誌「東京人」(「ニューヨーカー」の向こうを張って創刊された)の1周年記念のインタビューに応じた際のものです。「巷間の噂では表に出ることを極端に嫌い、アメリカのジャーナリズムでもインタビューに成功した者はないという」ショーン氏でしたが、「そうした事情なら、私は喜んでお会いしよう」と言って、創刊1周年のお祝いに花を添えてくれたのです。

 さらにこのインタビューでは、ハンナ・アーレントの「考えること(Thinking)」を掲載した時のエピソードとして、「私は、たぶんそれが多くの読者を惹きつけることなどはあるまいと思いました。だけど、それをなにがなんでも出したいと思いました。なぜなら、それはじつにすばらしいものだったからです。そうすることが、一番読者を尊敬することになると思ったのです」と語っています。その一方で、「今では殆どの人が彼女のことを尊重しなくなりました。彼女が亡くなって以来、誰も彼女のことを話題にしなくなってしまいました」、「ハンナ・アレントのような人物は、もう現われなくなりましたね」とも。

 ショーン氏の中で終生、アーレントが知識人のあるべき姿として、しっかり生き続けていた様子がよく窺えます。

 さて、映画のハイライト・シーンは、その「ニューヨーカー」の記事が囂々たる非難の渦を巻き起こし、すっかり孤立したアーレントが学生たちに向かって行う、最後の8分間のスピーチです。

「あのアイヒマンをごく普通の、ありふれた人間だと主張して、アーレントは彼を擁護した」、「ユダヤ人指導者の責任を指弾し、ナチに協力しない別の選択肢があったはずだと言っている」、「ユダヤ同胞への理解と思いやりを欠いている」等々――。親しかった友からは非難され、罵詈雑言、誹謗中傷の言葉を投げつけられ、大学からは退職を勧告されます。それでも「絶対に辞めません」と峻拒したアーレントは教壇に立ち、学生を前にして毅然と反論を試みます。それが8分間の渾身のスピーチです。
 
「彼のようなナチの犯罪者は、人間というものを否定したのです。そこに罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。……“自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ”と」(「採録シナリオ」より、以下同)

「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」

「人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。……“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう」
 
 こう述べて、アーレントは講義を締め括ります。学生たちからは拍手が湧き起こります。一方、ドイツ時代からの旧友には「期待してたんだ。君に分別が残っていることをね。だが君は変わってない。ハンナ、君は傲慢な人だ」、「ユダヤのことを何も分かってない。だから裁判も哲学論文にしてしまう」、「今日で、ハイデガーの愛弟子とはお別れだ」と訣別の言葉を告げられます。

 こうして周囲の人が離れ、長年の盟友にさえ冷たく背を向けられます。彼女にとって「思考」の代償はあまりに大きかったと言わざるを得ません。傷つき、悲しみをかみしめながら、それでも彼女は信念を貫きます。自らもユダヤ人であり、あの時代を生きたドイツ人であるアーレントにとって、その生の証しである自分自身のかけがえのない思考は、決して手放すことのできないものでした。

「こうなると分かってても書いたか?」と夫が問います。彼女は答えます。「ええ、記事は書いたわ。でも友達は選ぶべきだった」

 映画は、この彼女の揺るぎなき姿――「考えるという、この人間に与えられた力への信頼」を描いて感動的です。「思考不能」だったアイヒマンとは対照的に、非難にさらされ、孤立に追い込まれても、思考への忠誠を貫く彼女の意志的な横顔には、バルバラ・スコヴァという女優なくしてはあり得ないリアリティを感じます。

 見終えて夜の町に一歩踏み出した時、ひとつの場面がよみがえってきました。騒動を引き起こすことを半ば確信していたショーン編集長が、問題の箇所についてアーレントを糺す場面です。「一つの解釈だろ」と編集長。「事実だわ」と突っぱねるアーレント。そこで編集長は口をつぐみます。その時の、彼の胸のうちを想像します。

 おそらく「編集者の自由」という先ほどの言葉に尽きているのだろうと思います。書き手たちが「可能なかぎり自分自身でありうるようにしむける義務がある」というひと言に。そして、もしこれをいまの日本に置き換えたとするならば、誰の、どんな思考がそれにあたり、逆にこの時代の“アイヒマン”はどこに潜んでいるのだろうか、と考えずにはいられませんでした。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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