「あこがれの老年時代」特集では、仕事も暮らす土地もさまざまな、魅力あふれる多くの年長の方々に、お話をうかがいました。そのひとりが、鎌倉山にお住まいの料理研究家、ホルトハウス房子さんです。ホルトハウスさんは、1933年東京生まれの76歳。アメリカ人の夫とともに、1950年代後半からアメリカやアジアの各地に暮らし、世界各地のおいしい料理を食べ歩きながら、ご自身の料理を磨き上げてきました。豊かさとは遠かった時代の日本の食卓に、西洋料理の真髄を伝えようとした先駆者のひとりです。『ホルトハウス房子 西洋料理』『日本のごはん、私のごはん』などの料理書は、合理的でありながら手間を惜しまない和洋の料理が紹介され、多くの読者に支持されています。

 ホルトハウスさんのご自宅が建っているのは、鎌倉山の急斜面。リビングの大きな窓からは、鬱蒼とした木々が風に揺れているのが見えます。広々としたリビングの横の、こぢんまりとした居心地のいいキッチンで、ホルトハウスさんはもう40年も西洋料理と西洋菓子を教えてきました。そのたしかな腕と快活な人柄を慕って、全国から生徒が集まってきます。母屋のとなりには、リビングから葉っぱ形の屋根がみえる「ハウスオブフレーバーズ」があります。とびぬけて美味しい(同時に大変高価な)チーズケーキで名高いこのお店をはじめたのは、ホルトハウスさんが60代半ばのこと。

年齢のことは意識したことがないんです。前だったら駆け出したのにいまはできないとか、脚が痛いとか、そういうことはありますよ。でも年だからあきらめようってことはない。そもそも生活設計みたいなことを一切したことがないんですね。家計簿をつけたこともないし、生命保険にも入ってない。その日その日うまくいけばいい、ごはんがおいしければそれでいいと思っているものだから(笑)。娘が、「ママにたんぼを買ってあげたいわ」ってよく言います。お米があれば幸せでしょって。

 いちどお会いすると、そのすがすがしい笑顔と率直さにすっかりひきつけられてしまうホルトハウスさんは、これまでどんなふうに生きてこられたのか。――技術者で実業家だった父のこと、竹を割ったような性格の母のこと、そして両親の離婚のこと、ベトナム戦争のこと、ふたりの娘さんのこと、料理家としての仕事のこと、敬愛していた丸梅の女将さんのこと、そしてすでに金婚式を迎えた夫のこと……。

 若き日のホルトハウスさんが父上を重ねられたというご主人は、いま90歳です。娘さん夫妻の暮らすクロアチアをお二人でたずねた話をなさったあとで、思い出したように、「主人はいま90歳なんですけどね」とおっしゃったのにはちょっとびっくりしました。ご自分の年齢と同様、ご主人のことも、年齢にとらわれた見方はなさらない。「ぼくがいなくなったら」と話して聞かせるやさしいご主人と、話を半分しか聞いていないというホルトハウスさん、それを見ている娘さんのごくあたりまえな反応など、ご家族の話は思わず笑ってしまうような明るさにみちています。明るさを支えているのは、互いへの深い理解と信頼です。心配性の人にこそ、ぜひ読んでいただきたいインタビューです。