Kangaeruhito HTML Mail Magazine 596
 
 “斬られ役”の立ち位置
 
 前回(No.595)は、出版業界を陰で支えてきた「紙」づくりの現場の話を書きました。2011年の東日本大震災によって壊滅的な打撃を受けたにもかかわらず、逞しい底力で態勢を立て直し、わずか1年のうちに「完全復興」を遂げた日本製紙石巻工場の物語です。

 そのドキュメントの余韻がまだ残っていた先週末、ふと開いた新聞の見出しが目に飛び込んできました。「斬られ役50年 初の主演」――時代劇の見せ場である華やかな立ち回りの“斬られ役”として、日本映画を陰で支えてきたベテラン俳優の福本清三さんが、役者人生で初の主演を務める映画「太秦(うずまさ)ライムライト」(*)の紹介記事でした。
 

 舞台は時代劇のメッカ、京都・太秦です。1923年の関東大震災で、主だった撮影所が東京から京都へ移ってきますが、時の大スター・阪東妻三郎(阪妻)は当時まだ京都市外で、葛野(かどの)郡太秦村と呼ばれた竹薮だらけの一帯を切り開き、ここに自前の撮影所を開設します。1926年のことです。すると他の映画会社も広大な土地を求めてこの動きに同調し、太秦は映画製作の集積地――「日本のハリウッド」と呼ばれるまでになりました。

 戦後は東映、松竹、大映の三つの撮影所がここに並び立ち、お互いにしのぎを削り合いながら、黒澤明「羅生門」、溝口健二「雨月物語」、「山椒大夫」など国際的な名作を次々と生み出す一方で、大衆娯楽路線の東映時代劇が量産されました。

 しかし、1960年代半ばに差しかかると、映画界は次第に斜陽の時代を迎え、ことに時代劇は逆風にさらされます。太秦のカツドウ屋たちはテレビに新たなフロンティアを求め、「時代劇の灯」を懸命に守り続けます。しかし、そのテレビ時代劇もまたアメリカで西部劇ドラマが消滅したように、次第に姿を消そうとしています。

 そうした時代の変遷を背景に置きながら、チャップリンの名作「ライムライト」のモチーフを展開させたのが、この作品です。チャップリン作品が、老芸人に寄せる若い踊り子の慕情という設定であるのに対して、福本清三さんの分身を思わせる“斬られ役”の老優が、女優志願の娘の熱意におされて殺陣(たて)の手ほどきをする、という脚色です。

 福本さんは、時代劇が黄金期だった1958年に、15歳で東映京都撮影所に専属演技者(正社員)として入所。いわゆる大部屋役者の一人として、「東映ベルトコンベアシステム」と呼ばれた時代劇の量産態勢の真っ只中に飛び込みました。

 当時の東映京都というと、「撮影所の中を歩いている人間はいなかった。みんな走っていた」と言われます。「戦場みたいだった」とも。年間80本前後の作品が製作され、大部屋役者だけでも400人はいたといいますから、何本も同時進行で作られる現場から現場へ、役者もスタッフも駆けずり回っていたのです。撮影所の掲示板にどこの組(監督)のどの役をやるのかが発表されると、大部屋役者はひしめき合って自分の名前を探し出し、あたふたとその日の仕事先へと向かったのです。

 その活気に溢れた時代の代名詞が時代劇でした。明快で娯楽に徹したチャンバラ映画――片岡知恵蔵、市川右太衛門といった大御所や、中村錦之助、大川橋蔵、大友柳太朗といった花形役者が顔を揃え、スターの魅力によって観客を呼ぶ大衆娯楽主義の路線が人気を博しました。製作を担当していたマキノ光雄の考え方も徹底したものでした。
 
〈「脚本には、泣く笑う(手に汗)握る、の三要素を入れろ。それさえできてれば、後は頭とケツさえしっかりしておけばエエ」
「物語のベースは痛快・明朗・スピーディや!」
 それが……観客に喜ばれるためにマキノの考えた東映時代劇のドラマツルギーだった。結果、『遠山の金さん』『清水次郎長』『忠臣蔵』『旗本退屈男』……戦前からの講談的な物語を題材に、勧善懲悪、明朗な時代劇が量産されていく〉(春日太一『仁義なき日本沈没―東宝vs.東映の戦後サバイバル―』新潮新書)
 
 スターはひたすら美しく、光り輝くスーパーヒーローでなければなりません。脚本も演出も、カメラも美術も照明も、すべてその一点に向けて心血が注がれます。そして、スターが颯爽と華麗な立ち回りを演じるヤマ場には、それを引き立てる“斬られ役”が必要です。クライマックスの剣を交えた見どころで、鮮やかに斬って捨てられるプロフェッショナルが求められたのです。
 
〈いろいろな人がいましたわ。斬られると、たたらを踏んで逃げるようにフレームから去っていく人、柱に頭をぶつけたようにコツンと首を後ろに曲げる人、体をよじって両手をあげて倒れる人……。
 洋画も見に行くと、ピストルで撃たれた相手の倒れ方を研究しました。機関銃で撃たれた人なんかすごかったですわ。銃声と共に体をピクピクピクとさせるんですわ。いろんな演技をしているなって、その時、思ったんです。
 一番、すごかったのは、チャップリンでしたわ。ズドーンとそのまま背中から倒れるんやから。これには、呆気にとられました〉(福本清三・小田豊二『どこかで誰かが見ていてくれる』集英社文庫)
 
 若い時は崖から落ちるような危険なスタントでも何でもやった、という福本さんですが、いつしか“斬られっぷり”のいい役者として、なくてはならない存在となりました。「5万回斬られた男」の異名が定着しているように、いまや“知る人ぞ知る”この道の大物俳優です。2003年にはトム・クルーズ主演のハリウッド映画「ラスト・サムライ」に日本人キャストの一人として抜擢され、セリフをひと言も発しない「サイレント・サムライ」として注目を浴びました。

 名前を言われてすぐにピンとこない人でも、顔を見れば「ああ、あの人!」となるはずです。たいてい凶悪そうな浪人の役柄で、水戸黄門や暴れん坊将軍がワルを成敗するために登場すると、「先生、殺っちゃって下さい。お願いしますよ」と言われてヌッと出てくる用心棒といえば、まず福本さんです。

 さて、そんな引き立て役に徹してきた福本さんが、今回はどういう主役を演じるかといえば、これが老いた“斬られ役”俳優です。若くして妻をうしない、以来独り暮らしを続けています。日課は毎晩、撮影所のセットの片隅で、黙々と斬られ方の芸を磨くこと。若き日に往年の大スターから、「斬られ方が上手いということは芝居が上手いということだ」とお褒めにあずかり、譲り受けた木刀が心の支えです。
 

 ところが、ある日突然、テレビの連続時代劇が打ち切りとなり、最後に残されていた“現場”が奪われます。後続番組は若者向けの時代劇で、ベテランの職人は御用済みを言い渡されます。出番を失い、映画村の立ち回りショーの仕事だけになった主人公に、その時、「殺陣を教えてほしい」というヒロインが現れます。「女優さんに立ち回りの役はありまへんて」と最初は断るものの、やがて1対1の稽古が始まります。

 主人公がまるで生身の福本さんであるかのように、像を重ねながら見始めていることに気がつきます。このあたりは作り手も意識的で、たとえば主人公の香美山という名前は、福本さんの出身地である兵庫県香住町(現在の香美町)にちなんだものと思われます。

 映画としては不満がないではありません。福本さんの台詞回しも(お世辞にも)上手ではありません。大事な台詞が聞き取りにくかったり、立ち回りのような自在さで表情筋がもう少し動いてくれれば、などとじれったい思いも募ります。が、それこそが逆にこの作品の真骨頂なのかもしれません。

 21歳の時、福本さんは初めてセリフのある役をもらいました。「申し上げます」と、忍者の手下が頭領に報告するシーンです。「モッ……」で詰まって、やり直し。「モモヒキあげ……」。

 途端に声が上がります、「アホーッ、パッチをあげてどないすんねん」。周囲の笑い声に頭がカーッとなって、訳が分からなくなったといいます。
 
〈あの時のショックは、一生忘れられませんわ。ほんま、いま話していても情けのうて、寝込みたいくらいのもんですわ。お恥ずかしい〉(前掲書)
 
 滑舌の悪さは、どうやらその後も変わらなかったようです。その代わり、不器用に、しかし誠実に“斬られ役”ひと筋に生きてきた男の哀切が、演技を超えた説得力をもって伝わってきます。
 
〈主役いうのは、人気があって、二枚目で、芝居ができる人です。わしなんか全部無いやないかと思て。主役言うてくれて嬉しいんですけど、あり得へんとお断りしました。だいたい誰が、わしが主役の映画にお金出しますねん? 天地が逆さになっても実現せえへんと思て、……貰った脚本も真面目に読んでまへんでした(笑)。自信のうて〉(劇場用プログラムのインタビューより)
 

 人柄が偲ばれます。映画の終盤、郷里に引きこもった主人公のもとに、殺陣の稽古をつけたかつての新人女優(その後、一気にスターダムに駆け上がりました)が訪ねてきます。海をバックに美しい黄金色の棚田が広がる映像は圧巻で、ふとこれは日本海に面した福本さんの郷里ではないかと錯覚しそうになります(ロケ地は淡路島だったそうですが)。

 山道を走りながら、子どもたちが棒切れを振り回してチャンバラごっこに興じる場面が続きます。主人公が幼時を振り返りながらつぶやきます。「あの頃は自分が宮本武蔵で、斬る側だった」と。
 
〈撮影中のことは何も覚えてまへん。初めてのことばかりでね。クランクインの前に所内のお稲荷さんで主役としてお祓いして頂いたのから初めてですわ。でも、どうせ芝居出来へんのやから、主役やとか思わずに、いつもの通り会社に来て、今日はこんな役や、今日は立ち回りや、と思って毎日毎日平常心でやることにしました。……
 今回の映画は、55年間の集大成ですわ。斬られ役冥利につきます。こんなんあっていいのかな。恵まれ過ぎてると思て逆に怖いですわ。また元に戻ります。仕出し(エキストラ)が原点です。またこつこつ一生懸命やらせてもらいます〉(同)
 
「一生懸命やっていれば、どこかで誰かが見ていてくれる」、「人を信じて、自分を信じて」――これは、劇中でヒロインに語りかける言葉です。これまで「代表作なし」が男の勲章であった“斬られ役”の立ち位置は、いまなお撮影所の掲示板の前にあるようです。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
 
使用映画スチール(c)ELEVEN ARTS / Tottemo Benri Theatre Company
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