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竹本住大夫『人間、やっぱり情でんなぁ』(聞き書き・樋渡優子)(文藝春秋)

 ええ星の下に生まれました

「最近、文楽にはまっています」という人が、この数年、まわりに増え始めました。きっかけはさまざまで、老若男女の別もなく、ふとした拍子に“出会っている”のが特徴です。そして、いったんその魅力に目覚めると、どんどん文楽の虜(とりこ)になっていくのが、どうやら共通するパターンです。

 著者はこの秋、文楽の世界で初の文化勲章受章者となった、浄瑠璃語り(太夫)の人間国宝です。ちょうど2年前、大阪市から文楽協会への補助金カットの問題が取りざたされた頃、脳梗塞に倒れます。芸ひと筋に生きてきた文楽世界の住人が「特権意識まみれ」などと理不尽な批判にさらされた(師匠個人についてではありませんが)こともあいまって、痛ましい話だと思っていました。
 

 ところが、「お稽古でもリハビリでも同じことで、私はしつこく頑張らんことには納得がいきません」という強靭な意志の力によって、わずか半年後に舞台復帰。“切場(きりば)語り”という演目のハイライトを80代の終わりまで現役で務めるというのは、文楽300年の歴史の中でも快挙です。

 けれども、本書によると、その後は思うように調子が上がらず、「これ以上、舞台でふがいない浄瑠璃語ったら、お客さんに申し訳ない」、「僕自身、恥のかきっぱなしになるから、ここできっぱりやめなあかん」と引退を決意。本年5月、68年におよぶ太夫人生に終止符を打ちました。この10月28日に満90歳を迎えましたが、いまも運動と言語のリハビリを続けながら、弟子には猛稽古をつけて、文楽への情熱には衰えを見せません。
 
 
 
〈六十八年大夫をやっても、まだ浄瑠璃には迷うてます。越路兄さんが「一生では修業が足らん、もう一生欲しい」と言い遺されたのは、ほんまにその通りです。
 いまつくづくと思うことは、浄瑠璃に百点はない、浄瑠璃に終着駅はない、浄瑠璃は奥が深すぎる――この三つです〉
 
 兄弟子の“越路兄さん”は、「二生あったら、もう一生欲しいと言うやろうなあ」とも語っていたそうで、芸の道に終わりはありません。「手元だけ見んと、成るも成らぬも、もっと先見て今日の稽古せい」、「死んでからも稽古や」と弟子たちを叱咤激励する毎日。テレビのドキュメンタリー番組でその稽古風景を見た人たちは、あまりの激しさ、真剣さに恐れをなしたと話してくれます。

 取材に立ち会ったカメラマンは、稽古の最後まで2時間半、弟子を叱りつける鬼の形相の師匠を見続けたため、「途中から、自分が叱られてる気になって、シュンとしてしまいました」と会社に帰って報告したとか。稽古場は自宅のマンションの一室なので、その罵声は家の隅々にまで響きわたり、それを聞いている奥さんは、「手紙を書いてても、心が乱れて書き損じる」とぼやくほど。
 

 もっとも当人は、巷で「文楽の鬼」などと呼ばれるのは腑に落ちないらしく、「私が鬼なら昔の師匠方はいったい何になるのか」と怪訝な面持ちです。ことほどさように、本書で語られている「情」とは、「文楽という底なしの地獄に嬉々として生きる鬼」(*)たちの、きわめて濃厚な人間関係を基本にしています。バーチャルなつながりの、いまふうの淡白な人間関係ではありません。

 そして、芸道として継承されてきた文楽の「情」も、一生、二生を賭けて精進を重ねてなお、「百点はない」、「終着駅はない」、「奥が深すぎる」と言わせるほどの表現の極致です。
 
〈日本人は昔から「間」を大事にしてきました。(略)たとえば「えっ……そうですか」と言ったあとの息の詰め方、すなわち空間です。聴いたらすぐわかりますけど、“えっ”と“そうですか”のあいだの空白の部分に、おどろきとか不満とか嬉しさといった、話す人の感情があらわれてます。“そうですか”はむしろ付け足しで、そこまで聴かんでも、日本人はこの「間」を読み取って会話しています〉
 
 つまり、太夫はあれだけたくさんの「ことば(せりふ)」を口にしながら、実は「間」で一番多くのことを語っているのだと師匠は解き明かします。何も言っていない、息を詰めている時間――。
 
〈浄瑠璃はふつうの会話の延長にあるものです。せりふとせりふの間で、ぐっと息を詰めるときに、ことばを言うてる登場人物のこころがお客さんにわかるよう、「情」を込めます。「間」がみじかすぎると、深い感情が伝わらないので、十分に「間」をとってから、余裕をもって息を引く。ぐっと腹に力を入れて、息を詰めてるだけで、浄瑠璃がそれらしゅう聴こえます〉
 
〈「文章と文章のあいだを読め」と日本人はいいますけど、大夫は文章と文章のあいだを語ってます。この「間」のさしてる意味がわかるのは、世界広しといえども、やっぱり日本人同士だけかもしれませんなあ〉
 
 それにしても太夫とは凄まじい役どころです。文楽は人形に目がいきがちですが、本来は聴くものだと住大夫師匠は言います。一人で老若男女、さまざまな登場人物のセリフを語り分け、劇中の情景描写までこなすのですから、大変な仕事です。

 野球が大好きだという師匠は、文楽の「三業(さんぎょう、三役)」である太夫、三味線、人形遣いの3つのパートを「大夫はピッチャー、三味線弾きはキャッチャー、人形遣いは外野手」にたとえます。そして、三者がそれぞれの持ち場をしっかりと固めて、チーム一丸となって力を合わせなければいけないけれど、「まずピッチャーがええ球を放らんことには、ゲームが引き締まりません。/大夫が浄瑠璃をわかりやすく、しっかり語ったら、三味線も弾きよいし、人形も遣いよい。そうなれば、お客さんも喜んでくれはります。大夫の使命は重大です」と。これを身ひとつ、“肉弾”だけで勝負するのですから、「大夫は重労働でしんどいでっせ」とも。

 文楽が海外公演に行くと、「文楽には演出家はいないのか」、「指揮者もなしで、なぜ合わせられるのか」と不思議がられるそうです。太夫の語りと、三味線の伴奏と、舞台の人形の芝居が、「それぞれが言わず語らず、舞台の上で勝手にやって、どこかでぴたりと合う」――。これをやってみせるのが商売だ、と説きます。

 どれも合わせていないのに、必ずどこかで合っている。いや、その前に、お互いに合わせに行ってはいけない、という暗黙の諒解があるというのです。「相手に気を遣うてるようでは、切っ先が鈍って、真剣勝負になりません」――。いやはや、とんでもない芸だという気がします。

「ことば(せりふ)が語れないと、人形のかしらと合いません」と言う一方で、太夫は役になりきってしまってはいけない、次の文章や人物が語りにくいので、「役になりきる一歩手前のところでとめる」など、語りの奥深さに限りはありません。
 
〈盆が回って舞台に出るとき、大夫の左には、かならず三味線弾きがおります。大夫にとって三味線は道案内役です。へばってきたら鞭を入れ、行き急いだときはブレーキを掛ける。そうして暗がりを懐中電灯で照らすように、「ここに来なはれ、ここに来なはれ」と少し先を弾きます。大夫はそれと一緒に行ったらあきまへんけど、自分だけ先に行ったら道がわからんようになるし、そこが大夫のむつかしいところです〉
 
 大の男が3人がかりでひとつの人形を操るというのも凄い話です。「足十年、左十五年」といって、人形遣いが顔を出して人形を遣うようになるまでに最低でも25年かかる、といいます。この人形が勝手に動き出すような浄瑠璃を語れば、おのずと三業の息が合ってきて、一体の妙が生み出されます。「あうんの呼吸」の極致としか言いようがありません。

 こうした技芸をきわめる世界に家元制度はなく、世襲もありません、まったくの実力主義。上の者が下の者を褒めることはなく、どこまでいっても修業、修業です。よほど好きでなければつとまりません。だから「もっと文楽を好きになれ」と師匠は口を酸っぱくして、若い人を叱咤するのです。
 

 戦後第一号の入門者として太夫をめざした住大夫師は、技芸員の待遇をめぐって文楽が二派に分かれた時代――1949年から1963年までの14年間、“食わず食わず”の苦労をしながら、自分たちで公演場所を探し、全国を巡業して歩きました。飛行機も新幹線もない時代で、経済的にも、精神的にも、体力的にもきつかったと振り返ります。しかし、その時代を乗り越えたからこそいまがある、とも語ります。

 あの艱難辛苦の中で芸を磨き、修業を積み、そうして文楽は生き延びてきた。それだけに、いまの若い弟子たちのハングリー精神をどうやって引き出すかが課題なのだと語ります。少し長くなりますが、師匠のことばを味わっていただきたいと思います。
 
〈私は文楽が伝統芸能である以上、ここで文楽の歴史が絶えるようなことがあったら、先輩方にとても顔向けできんと思います。魂の抜けたような芸をやってたら、自分で自分の首を絞めます。伝統で成り立ってる世界は一度、厳しさが崩れたら、あとはなし崩しでもとには戻りません。そう考えていくと、「おまえたち、この先チケットも売れんようになって、ほんまに行き詰まったとき、食えんようになったらどうするつもりや」という問いにたどり着きます。誰かが助けてくれるやろうというのは、甘い考えです。
 自分たちでちらし作って、上演先を探して回って、頭下げて、それでも文楽がやりたいのかどうか――状況が厳しくなれば、辞める者も出てくるでしょう。でも、好きな者だけが集まって、やればいいんです。芸を受け継ぐとはそういうことです。いままで文楽は何度も、「存続の危機や」、「もうすぐつぶれる」と言われましたし、文楽の小屋も二度焼けました。でもそのたびに必死に芸を磨き、芸の力で今日まで生き延びてきました。
 私は芸に真剣に取り組むきっかけになるなら、どん底に突き落とされても悪いことやないと思うてます。どんなことがあっても、誰かがつづけていく、文楽はそれだけの高い芸ですし、その道に生きようと思う者には、それぐらいの気概はあると信じてます〉
 
 本書は、この通り、細やかな大阪ことばで語られています。テレビで流通している「関西弁」とはひと味もふた味も違う、柔らかでニュアンスに富んだ語り口が魅力です。まさに浄瑠璃の語りのように「間」に情感がこめられています。接続詞が少なく、副詞もほとんど使われません。聞き書きをするライターとの“真剣勝負”の場面を想像するのも、観客ならぬ読者のひそかな愉しみです。
 
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
 
*三浦しをん『仏果を得ず』(双葉文庫)

■文楽では太夫は職分をあらわし、大夫(点なし)は人名表記の際に用いられます。本書では2章以降、「大夫」で統一されていますが、この文中では本来的な書き分けをいたしました。
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