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西きょうじ・津田大介『越境へ。』(亜紀書房)

 わかることは変わること

 幸か不幸か、受験で浪人を経験することがありませんでした。なので、予備校とはこれまでほぼ無関係に過ごしてきました。それが最近、ふとしたことから予備校の先生と不思議なご縁を得たのです。以来一年余、蓄音機とSPレコードによる至福のひと時を過ごしながら、さまざまな刺激を受けています。予備校という空間が秘めた意外な一面を、この先生の存在に垣間見る気がしています。

 そんなこともあって、メディア・アクティビストとして活躍している津田大介さんが、予備校時代に教わった忘れがたい先生と、20年ぶりにツイッターでつながり、当時の思い出話をまじえながら、お互いの人生を本気で語り合った本書を興味深く読みました。予備校に限らず、私にこういう恩師は思い浮かびません。大学に入った後も、「先生、今何やってるんだろう」と、津田さんは定期的にネットで検索していたというのです。羨ましくもあり、どこか懐かしい、古きよき時代の匂いを感じます。
 

 西きょうじ師、1963年生まれ。いまは東進ハイスクールに所属しますが、津田さんを教えた当時は、代々木ゼミナール池袋校で英語講師を務めていました。津田さんが1973年生まれですから、ちょうど10歳の開きがあります。見た目は「超若かった」という先生も、10代の若者には圧倒的な大人と映っていたようです。自分が先生の歳になった時に、はたしてこういう人間になれるだろうか? いやー無理だろ、と青年は打ちのめされたというのです。

 かつての師弟が、いまどきのソーシャルメディアでつながって、20年ぶりに対話したという偶発性の産物ではありますが、二人のキーワードや問題意識は見事なまでに重なっています。これからの日本を支えていく若者も、いま社会で戦っている人たちも、何か新しい気づきが得られるのではないか――本書の魅力を、津田さんは次のように解説しています。
 
〈学生時代に部屋に行ったら、なんか変な先輩ふたりが小難しいけどおもしろい話をしていた。たまたま入った飲み屋で出会ったおじさんたちの話に耳を傾けてみたら、思いがけず勉強になった――そんな経験をもつ人も多いのではないでしょうか。この本には明日からすぐに使えるような即効性の高いノウハウは書かれていません。その代わり答えの出ない問題を楽しそうに考え続けている「大人げない大人」たちの姿がそこにあります。本書はそういう会話を脇で聞くのをバーチャルに楽しむようなものなのかもしれません〉
 
 二人が揃って伝えようとしているのは、タイトルにも謳われた「越境」の2文字です。ボーダーを越える勇気をもとう、「ここではないどこか」に行って、他者との新しい出会いを楽しもう――この一事に尽きるだろうと思います。西さんが述べます。
 
〈受験生によく言うのですが、今の偏差値によって自分で自分の限界を設定するのは勿体ない。就活生に言うのは自己適正シートなどで自己分析して自分に合う仕事など決めようとしているのも勿体ない。つまり、自分で自分のボーダーを決めてその中でうまくやろうとするのは出発点からして勿体ないということです。
 受験勉強であれ仕事であれ、そもそもまだ本格的に始めてもいないことについては自分がどこまでやれるかわからないものです。先行き不安なまま進めばよい、できるかぎりのことをしてみればいいだろう、と私などは思うのですが、不安な要素をできるかぎり除きたいという人は多いようです〉
 
 ふたたび津田さんです。
 
 
〈自分の世界を広げる意味でも、想像力を養う意味でも、他者から発見してもらう意味でも、今自分が置かれている苦しい状況を打開する意味でも「越境」は重要なキーワードとなるはずです。越境することで自然と「わかること」が増え、それにより自分が違う自分に変わっていく――それこそが先の見えない現代日本を生き抜いていく唯一の方法なのだと僕は信じています〉
 
「越境」が具体的にどういう行動を意味するのかは、直接本書にあたっていただくのが一番だと思います。ただ、この言葉は、80年代半ばに私自身もしばしば用いた、懐かしい単語のひとつです。当時はジャパン・アズ・ナンバーワンと海外から称賛され、経済大国として日本が絶頂期を迎えた頃。欧米(とりわけ米国)との間では貿易摩擦がのっぴきならない問題となり、経常黒字をためこんだ日本の非関税障壁や文化的閉鎖性が焦眉の課題とされました。「アンフェアな日本よ、門戸を開け」という対日批判が日ごとに激しさを増しました。

“経済大国日本の奇跡”を分析・解明しようとする動きが盛んになる一方で、日本の国のありようは、戦後の米ソ二極構造の間隙をぬった“漁夫の利”、“火事場ドロボー”みたいではないか、といった否定的評価――いわゆる「日本問題(ジャパン・プロブレム)」の追及となって、容赦ない「日本叩き(ジャパン・バッシング)」が巻き起こったのです。
 

 いずれにせよ、モノもカネも人も情報もボーダーレスな世界に向かっている以上、日本だけが一国繁栄主義に閉じこもっているわけにはいかない、「国際化」しなくてはならない、という危機感が募りました。日本文化の特質や伝統を語ってエスノセントリズム(自文化中心主義)に陥るのではなく、ましてやショービニズム(愛国的排外主義)に訴えるのでもなく、自ら積極的に世界(他者)の中に分け入って、あるいは世界(他者)を内部に迎え入れることで、自足していた社会を外の風に当て、外からの刺激やシグナルを取り込むことで新たな可能性を広げよう、という「越境」の視点が生まれました。

 それは文字通り、国境を越える動きを意味するとともに、さまざまな意識のボーダーを乗り越えて、他者に触れ他者の目にさらされることによって、新たな自分を発見する契機のキーワードとなりました。それまでの閉ざされた心性、「鎖国の感情を排す」(石川好)越境こそが、羅針盤なき時代の希望のメタファーとして語られたのです。

 その後、バブルの崩壊があり、「失われた20年」の紆余曲折があり、いま改めてこれがキーワードとなっていることに、ある種の感慨を覚えます。今回は「外圧」ならぬ、インターネット時代の情報の「罠(わな)」が対する相手です。

 ネット社会の進展によって、誰もがたやすく溢れるほどの情報を入手できるようになりました。ところがその結果、自分の将来をデータ化して、その合理的な枠内で生き方を決める、一種の過剰適応が広がっています。右肩上がりの経済成長がもはや望めない(将来に大きな夢を描けない)閉塞状況であるがゆえに、リスクの少ない手堅い未来を確保しようという心理傾向が一般化しています。

 情報過剰時代の弊害とはいえ、そんな萎縮した姿を「勿体ない」と西さんは言うのです。
 
〈ボーダーを設定してその境界内で安心感を得ようとする姿勢は、ボーダー内部を窒息させてしまいます。生物の細胞は細胞膜に守られながらも細胞膜を通して外部の影響を受けることで内部環境を維持しているのですが、それは個人、さらには人間社会全般にもあてはまるでしょう。ボーダー外部を完全に遮断してその中に安住することは生命の原理に反することなのです。(略)
 そうはいっても人はボーダーレスに耐え切れません。細胞膜を取っ払ってしまっては生物が生命を維持できないのと同じことで、ボーダーをすべて取っ払ってしまうと生命体としての秩序を維持することができなくなってしまうからです。(略)
 ボーダーを堅固にすると内部は窒息するし外からの侵入に対して脆弱になる、かといってボーダーがなければ生命を失うことになる。そういう状況の中で取りうる戦略は、透過性のある緩やかなボーダーを設定してみることです〉
 
 こうして自己を活性化するための越境――その具体的な方策、準備、心構えなどが、二人の体験をまじえて語られます。何より彼らは、その生き方のプロフェッショナルです。それは何も二人が特別な存在だからではありません。たまたまシナリオのない人生の醍醐味をいち早く知り、「けもの道」を進むワクワク感を励みに成長してきたからに他なりません。

 予備校時代、西先生から結局何を教わったのか、と自問して、津田さんは思います。「英語について何か学んだ記憶はあまりなく、雑談ばっかり覚えている」――。1ヵ月ホームレス生活をした時の体験談、演劇をやっていた頃の思い出、1週間くらい盲人の体験をした話、音楽、絵画、文学、芸術、鳥や犬など動物の話。そして折々に聞いた印象的なフレーズ――。

「想像力を持って現実と向き合え」
「走りながら考えろ」
「わかることは変わること」

 趣味や読書、実体験に根ざした言葉をシャワーのように浴びながら、「あっ、こんな大人もアリなんだ」と開眼したのが、代ゼミ池袋校での1年間でした。

 先生もさるものです。「東京のしんどさ」を感じて軽井沢に転居し、そこから都内へ通いました。「自然の中でボーッとしている時間」が何としても必要だと思ったそうで、「森にいると呼吸が深くなる」というのは、思考のための自己鍛錬でした。ちょうど一流のスポーツ選手が、毎日決まったメニューの準備を欠かさず、入念に行っているように――。

 師弟を分かつ世代の違い、体験の違いからくるお互いの距離感も快く、現在の活動内容が異なっているところも魅力です。風通しよく、言葉と言葉が響きあっている心地よさ。

「津田も走る、私も勝手にポレポレ(スワヒリ語で「ゆっくり」の意。引用者註)走る、そしてさまざまな人がさまざまに走る、そのエネルギーが共振して、いつかどこかで出会えるといいね」という西さんのビジョンで締めくくられた本書は、いまを生きるあらゆる人へのエールです。人生の岐路で迷っている読者に、激励とリラックスの言葉を投げかけながら、二人が走り抜けていきます。

 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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