「はじめて読む聖書」特集がおかげさまで好評です。キリスト教徒が総人口の一%を超えたことのない日本でも、聖書は一年間に五十万冊以上も売れているそうです。日本人の多くは、聖書を聖典としてではなく、生き方を考える手がかりとして、あるいは広い意味での文学として読んできたのではないでしょうか。

 でも聖書は、はじめて読むにはなかなか手ごわい「本」でもあります。今回の特集では、その入口として、「わたしの好きな聖書のことば」というアンケートのページを設けました。お答えいただいたのは、作家、エッセイスト、哲学者、評論家、牧師、僧侶、科学者など、つぎの三十三人の方々です。

 いしいしんじ、磯崎憲一郎、井上章一、岡田温司、小塩節、角田光代、鹿島茂、鹿島田真希、加藤典洋、亀山郁夫、岸本佐知子、木田元、呉智英、河野多惠子、小坂忠、酒井順子、佐藤優、末木文美士、関川夏央、玉村豊男、中野京子、中村妙子、中村文則、紅山雪夫、堀江敏幸、南直哉、宮下志朗、武藤康史、茂木健一郎、森内俊雄、山崎努、山田太一、結城浩

 アンケートの回答の一部をここにご紹介しましょう。
 昨年、芥川賞を受賞した磯崎憲一郎さん。〈「イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた」(ヨハネによる福音書8章)……この一文を読んだとき私は、イエス・キリストが紛れもなく実在の人物であることを確信し、着物の上からでも分かる骨の浮き出たその痩せた背中がありありと目に浮かんだ。そもそもイエスは地面に何を書いていたのか? 文字か? 絵か? 落書きか? ここで私は聖書について語っているのではなく、恐らく小説の起源(中略)について語っているのである〉

 哲学者の木田元さん。〈「我山にむかいて目を挙ぐ」(詩篇121)……なぜか私はこのフレーズを口ずさむと、心が森と静まり、なにか遥かなものに語りかけられているように感じるのだ〉

 作家の河野多惠子さん。〈「一日の労苦は一日にて足れり」(マタイによる福音書6章)……三十歳前後の三年間ほど、私には非常に不如意な時代があった。眠れぬ一夜、ふと何者かにその言葉を囁かれた。私は急に気持が楽になった。何者かが自分を見守ってくれているようであった〉

 俳優の山崎努さん。〈「イエスは母に言われた、『婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません』」(ヨハネによる福音書2章)……ガラリヤのカナに婚礼があって、招かれたイエスはそこで母に会う。声をかけてきた母に返した言葉がこれである。……「婦人よ」「なんの係わりがありますか」は過激だ。僕は母親と折り合いが悪くひどい親不孝者だったから、このフレーズは快と不快の交じった特別なものとして響いた。母が亡くなった今も胸に残っていて複雑である。好きなことばというよりは忘れられないことば〉