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石合力『戦場記者――「危険地取材」サバイバル秘話』(朝日新書)

 生きて帰って、そして伝える

 本書の冒頭に出てくる「冒険ダン吉」という言葉は、私も何度か聞いたことがあります。やはり外務官僚からでした。戦前、南の島の王となった人気漫画の主人公は、いつしか愚かで無鉄砲な「蛮勇」の徒――「危険を顧みずに現場に飛び込むジャーナリスト」を指す“隠語”に姿を変えていました。武勇伝のヒーローではなく、「邦人保護」を職務とする外務官僚にとっての困り者、「余計な仕事を増やす迷惑な存在」だというわけです。

 ちょうど1年前、私たちの目には衝撃的な映像が焼き付けられました。過激派組織「イスラム国」(IS)が日本人2名を拘束、殺害した事件です。そのうちの1人、後藤健二さんはフリージャーナリストで、3度にわたる日本政府の警告にもかかわらず、テロリストが支配する危険地域の取材に入っていました。

 予告された殺害の刻限まで、あと20分に迫ろうとしていた日本時間1月30日午前0時40分。朝日新聞東京本社・国際報道部長である著者に、外務省幹部から電話がかかってきます。

「シリアにおたくのイスタンブール支局長が入っていますね。とても危険なんです。大臣の指示です。即刻出国してください」

 深夜に外務省幹部から直接電話があること、「大臣の指示」だと言及したこと、まるで「命令」であるかのような厳しい口調だったこと。異例づくめの電話でした。

「2人が誘拐されている。3人目を出したくはないんですよ。3人目の拘束者が出たら、どうするおつもりなんですか。3人目の邦人保護なんてできませんよ」

 官僚らしくない感情的な物言いは、その時点での切迫感をよみがえらせます。著者は以下の点を伝えて、「安全に最大限注意した上で、取材を続ける」と答えます。
 
・シリアの中でも政権側とIS側の支配地域では、取材する上での安全度は相当異なる。記者はIS支配地域に入っていないし、入るつもりもない。
・当該記者はシリア取材の経験が複数回あり、危険地取材の経験を積んでいる。
・取材については、現場記者の独断ではなく、事前に本社の諒解を受けている。防弾チョッキの持参など、安全確保には最善の努力をしている。
・現地での滞在は必要な範囲内にとどめ、取材が終わり次第、早急に退去する。
 
 ところが、その後他の新聞や週刊誌から、シリアで取材を続けたことを問題視する記事が出てきます。外務省幹部の「記者も当事者意識を持ってほしい。非常に危険で、いつ拘束されてもおかしくない」というコメントなどを引きながら(産経新聞、2月1日)、外務省当局の要請に従わず、現地入りしたことを「事件」のようにとらえた書きぶりです。取材の可否の判断基準が、まるで「政府」にあるかのような論調です。著者は強い違和感を覚えます。その一方で、読者からの疑問も寄せられます。危険地帯での取材に対して、新聞社はどのような安全対策を講じているのか、と。
 

 かつて「PRESS」のマークは一種の「聖域」と見なされました。医療関係者などと同様に、報道機関は中立性によって保護された別格の対象だったのです。それがいまや、事件や事故に巻き込まれる危険性は高まるばかり。逆に“見せしめ”の標的にさえなっています。国際NGO「国境なき記者団」によると、取材中のジャーナリストの死者数は、過去10年で年間54~88人。ISなどの過激派は、記者を殺害することがメッセージを世界に向けて発信する好機だととらえているのです。「牧歌的な時代」は完全に終わりを告げました。

 そういう時代状況のもと、取材記者の安全を確保し、いかに「国民の知る権利」に資する報道の使命を果たしていくか。「生きて帰って、伝える」という困難な仕事をどのようになし遂げるか。これは、報道する当事者だけの問題ではなく、ふだんその恩恵に浴している私たちの社会、受益者全体の問題です。

 政府や軍のプロパガンダ(宣伝戦)ではなく、危険地域の現場に入った誰かが、そこで見た「真実」を伝えない限り、実際に何が起こり、何が本当に問われているのか、われわれの“世界を見る目”は開かれません。本書が根本的に問いかけているのは、この時代になぜ危険地取材が必要なのか、そこへ記者がなぜ行かなければならないのか、というジャーナリズムの本質に他なりません。

 全体は2部に分かれ、PART1は中東を中心にした著者の取材エピソード集です。記者はどういう意識で紛争地報道に取り組んでいるか、という豊富な事例が紹介され、“複雑怪奇”な情勢を読み解く手がかりが与えられます。そしてPART2が「危険地取材はなぜ必要か」という考察です。

『戦場記者』というタイトルから、ハリウッド映画のような活劇を期待する読者は戸惑うかもしれません。あるいは林真理子さんの『戦争特派員(ウォーコレスポンデント)』(文春文庫)のように、どこかメランコリックな影を宿した戦場記者の心象風景に浸ってみたい読者もまた――。
 

 PART1に書かれているのは、むしろ紛争地で見た現地の人々のリアルな表情です。そしてその場面に立ち会うために、どのような取材を試みたか、という舞台裏が報告されます。派手な描写はありませんが、「現場を踏んでいる」からこその秘話の数々は、どれも意表をつく面白さです。

 最初のほうに登場するのが、バーレーンでの民主化要求デモを取材した時のこと。デモ隊の前後を当局の治安部隊におさえられ、著者は民家のガレージに逃げ込みます。ところが、シャッターの隙間から催涙弾のガスが少しずつ入ってきます。
 
〈目が痛い。普通のマスクはしていたが、目の周りが刺激で腫れ、涙があふれてきた。咳きこめば、治安部隊に見つかってしまいそうだ。そんなとき、一緒にいた女性ジャーナリストが私にマスクを外すように言った。彼女は、バッグからあるものを取り出し、スプレーのようなものをマスクに吹きかけた。
「これが一番効くのよ」
 そのマスクを付けると、鼻腔に何とも場違いな甘い香りが漂った。吹きかけたのは、あのマリリン・モンローが愛用していた香水「シャネルの5番」だったのだ〉
 
 
 あるいは、中東取材の際の頼みの綱だった「戦場運転手」の話。
 
〈経験豊富なアブドは、取材のアポ入れや通訳までできるスーパー助手の1人だった。そういう運転手が1人いるだけで、仕事の中身が全く違ってくる。
 彼らの車に乗るとき、私は後部座席ではなく、必ず助手席に座った。前方や後方に危険がないか、運転手だけでなく自分の目でも見る。お互いに会話しながら、居眠り運転を避ける。そして、撃たれるときは一緒にリスクを負う。そんな気持ちからだ。
 まさに一心同体。記者と彼らとの関係は「プロゴルファーが最も信頼するキャディー」の関係に近いかもしれない〉
 
 レバノンの首都ベイルートに駆けつけた著者は、いつも通り、真っ先に彼に連絡します。ところが、何度かけてもつながりません。仲間の運転手に尋ねると、「アブドは昨日、死んだ」――と。頭の中が真っ白になった著者の姿が、目に浮かびます。

 自分が一日早く入って、行動をともにしていれば、彼は死なずにすんだかもしれない。いや、前日に入っていれば、自分も彼と一緒に死んでいたかもしれない……。

 

 NATO軍の空爆が続く1999年4月のセルビア取材でのエピソード。ベオグラード市内で凄まじい轟音と振動を体験した著者は、しばらくしてカイロ支局に戻ります。ところが、
 
 
〈しばらくの間、大型トラックの走行音などが出すゴーッという低周波に敏感に反応するようになっていた。低周波を感じると、からだがぴくっと反応するのだ。空爆時の轟音をからだが覚えていたのだろう。一種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)になっていたのだと思う。炎上するビルを見て「さすがに最新兵器」などと感心していたが、からだの方が、よほど正直だった〉
 
 この章に登場して著者をサポートした山崎洋さんは、No.642で紹介したセルビア在住の詩人・翻訳家の山崎佳代子さんのご主人です。ご夫妻が体験した空爆の苛烈さを、著者のPTSDによって改めて教えられた気がします。

 このように、PART1は日本人の日常からかけ離れて見える世界の生々しい現実を、読み物仕立てで届けてくれます。切れ味のいい文章で、難解な中東情勢や紛争地のリアルな空気が鮮明に浮かび上がります。「真実は現場にこそ、ある」――ジャーナリストが危険を冒してでも、自分の足で現地に赴くわけが伝わります。

 こうした事例をふまえて、PART2「危険地取材はなぜ必要か」が論じられています。1年前の出来事をふまえ、「邦人保護」を求める政府、外務省と、「報道の自由」を旗印に「読者の知る権利」に応えようとするメディアの関係を、著者は次のように述べています。
 
〈全てのメディアが危険地取材を続けるべきだとは思わない。紛争地の取材には、リスクだけでなくコストもかかる。そのうえで記者の安全確保とニュースの価値判断を総合的に見極め、会社として記者を現地に出さないという判断もありうるだろう。ただ、その判断基準は外務省の「危険度」によるのではなく、メディアが主体的に持つべきものだ〉

〈「邦人保護」の義務を負う政府側が「自己責任」論を言い立て、それに一部メディアやネット空間の言論が同調するという日本の状況は極めて、いびつだ。「報道の自由」という原則を維持しながら、「記者の安全」とどう両立させていくか。それを、あくまでもメディア側の自主的な努力として検討していくべきだと考える〉
 
 危険地で「完全な安全」を確保することは不可能です。それでもリスクを最小限にするための情報収集や、具体的な対策、手段はあるはずです。そうした準備をほどこして、なおかつ現場にこだわる相応の理由があるならば、メディアは自らの責任と判断において、国民の目となり耳となって、取材に入るべきでしょう。

 

 著者は、イスラエルのベテラン・ジャーナリストにこう尋ねられたそうです。「記者が命をかけて取材する現場はあると思うか」と。一瞬、逡巡した著者に、その人自身はこう言い切ったそうです。「自分がその現場にいて報じることで、世界が変わるなら命をかける理由はあると思う」――。

 著者の考えは次の通りです。
 
〈組織メディアの責任者として、そういう現場に、記者の安全確保に目をつぶって部下を出すかと言われれば、ノーだ。一方で私がひとりのジャーナリストとして、その状況下にいたなら、取材の可能性をぎりぎりまで探るだろう。それは無鉄砲な取材を意味するものではない。現場にいて「報じる」ためには、記者自身の命が確保されていることが前提になる。命を失って報じることができなければ、世界は変わらないのだから……〉
 
「生きて帰って、そして伝える」――これまでの犠牲者の教訓と反省を活かさなければなりません。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
記事中写真・著者提供
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