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内藤篤『円山町瀬戸際日誌――名画座シネマヴェーラ渋谷の10年』(羽鳥書店)

 弁護士はいかにして名画座館主となりしか

 映画や音楽など、エンタテインメント専門の弁護士が、10年前、大胆な行動に打って出ました。各地の名画座が次々と閉館していく時流に抗(あらが)って、渋谷・円山町のラブホテル街に「シネマヴェーラ渋谷」という新たな名画座を立ち上げたのです。

 昨今はシネマコンプレックス(複合映画館)が主流となり、新作を上映する都心の映画館の再編が進んでいます。一方、ホームビデオの普及によって、過去の作品を手軽に家で見ることができるようになりました。正統派の映画ファンからすると、映画館の暗闇でスクリーンに集中しながら観る映画と、ホームビデオの視聴では、本質的にまったく異なる体験です。それが同列に論じられ、かつ代替されるとは、何ともさびしい限りです。

 ……等々、一種“義憤”にも似た個人的な危機感から、「ただただ自分としては、新たな名画座を作らねばならぬ、という訳の分からぬ思いに駆られ」、ついにはズブの素人が“映画の小屋を持つ”という「神をも恐れぬ所業」に手を染めることになるのです。
 

 2006年1月14日、円山町の複合ミニシアタービル「Q-AXビル」(現在はリニューアルして「キノハウス(映画の家)」)の4階に居を構えます。ひと昔前ならば「四十八歳の抵抗」(同名の映画は1956年、大映)と言われそうな年齢での、名画座オーナーの誕生です。

 それから、ちょうど10年の「山あり谷あり」の“日々奮戦”ぶりを綴ったのが本書です。タイトルに「瀬戸際」とあるごとく、順風満帆だったわけではありません。

 開業直後のマキノ雅弘監督「次郎長三国志」特集では、いきなり壊滅的な不入り(ある回の観客数6人!)に見舞われ、そこに居合わせた恩師の蓮實重彦氏が見るに見かね、「緊急アッピール」の檄文――「とるものもとりあえず、渋谷シネマヴェーラに駆けつけねばならぬ!!」――をネット上にばらまくなど、文字通り、瀬戸際からの出発を余儀なくされたのです。

 その後も勝ったり負けたり。「山」は高からず、「谷」はそこそこに低く、常勝のパターンが見つかるわけでもなく、毎回綱渡りが続いている状況は、いまも変わりはないようです。創業前に、先達から聞かされた「そう大きく儲かることもないけれど、激しく損をすることもないだろう」というひと言そのままに、2014年度決算でようやく2度目の法人税を納める「栄誉」を担った、と特筆するような現況です。
 

 毎回、特集プログラムの選定に全知全能を傾け、実現までの地道な作業にも労を惜しまず。それでも客入りの動向にはハラハラし通しで、「集客のアヤが見通せぬ」と、プロになりきれないジレンマの日々。

 経営的には、自立が精いっぱいの立ち位置ではありますが、その充実感は何とも楽しげに映ります。良き意味での「道楽」(お金にまさる喜び)がこの時代にも生き永らえている僥倖を感じないではいられません。
 
 
〈別段、名画座というような特殊なマーケットを普遍化する意図はないのだが、昨今のあまりに殺伐とした企業風土(外に対しては持続性のある成長とコンプライアンス経営をコミットし、内に対しては内部統制を至上命題とし、常時個人情報の流出に汲々として対処するというような)に対置するとき、こうしたスローフード的というのか、スローライフ的なあり方は、もしかしたら、独自の意味を持ち得るのかもしれない。名画座こそは、オルタナティヴな資本主義なのかもしれない(冗談です)〉
 
 こう嘯(うそぶ)きたくなる気持ちも分かります。

 労多くして、益少なし――流した汗に見合うほどのリターンっていったい何だろう、というのは、毎号の雑誌の特集に頭を悩ませて、売れるか売れないか、結果に一喜一憂を繰り返すわれわれ編集者に相通じるものがあるかもしれません。同病相憐れむ? いやいや、そんな後ろ向きの話ではありません。

 とはいえ、自信をもって投入した作品なのに、客入りが期待したほどではない。なぜだろう? まあ、いつも勝つというわけにはいかぬよなぁ……といったぼやきのトーン。あるいは、思いがけない集客に、なぜこんなに人が入るのか、と妙な戸惑いを感じるあたりにも、親近感を抱いてしまいます。
 
 
〈何が受けてるのかサッパリ分からない。……これは、名画座の館主としては根源的な恐怖である。世の中一般(あるいは、名画座に来る程度の映画好き一般というべきか)の映画の好みというものが、まるっきり分かっていないのかもしれない、ということだからだ〉
 
 等々、館主の心に映りゆく日々のさまざまな感慨を、ユーモラスに綴っているのが読みどころです。そうそう、以前は大して面白くなかった記憶の作品が、改めて特集上映で見直すと、「いったいそれはどんな記憶じゃと、オノレにツッコミを入れ」たくなる面白さ! そうした旧作との新たな出会いや発見を、何より楽しんでいるのが著者なのです。その弾んだ様子が直に伝わってくるのも喜びです。

 旧作を特集の形で上映し、基本は2本立ての日替わり編成。毎回の特集を考えて、3週間ほどのプログラムを編成し、映像を手配して予定を固め、作品の長さに合わせたその日その日の上映時間を確定し、チラシやインターネットで告知します。
 

 当然ながら嬉しい楽しいの話だけではありません。細々(こまごま)した折衝やトラブル処理など、舞台裏では実際いろいろなことが起こっています。それを少ない人力で、呼吸を整え、着実に進めているのは、これも雑誌編集部と似た感じがしなくもありません。

 違うのは、ある時期から家内制手工業の色合いを強めてきたことでしょう。いつもバタバタ作業になっていたチラシの作成に、著者夫人が“デザイナー”として関わり始めるあたりから。外部デザイナーだと、急場の変更要請に即応できないため、それを内製化しようとしたのです。
 
〈短期間、アドビの「イラストレーター」操作講座に通った妻は、即製のシネマヴェーラ渋谷専用デザイナーとなったわけである。こうして、チラシデザインの出来上がる過程でいろいろと注文をつけられるようにはなったが、予期せぬことも起こる。あまり細かい注文を出すとフテるのだ。機嫌を損なわぬように、恐る恐る注文を出さなければならない〉
 
 やがて夫人は支配人に。そして、予想以上の観客動員だったことなどを伝えると、
 
〈色々考えた末なんだから当然でしょ、とのお答え。因みに、最近は邦画系のプログラミングは支配人を務める妻が手掛けることが多く、今回の特集も、ほぼ彼女が組んだラインナップである。う~む、客が入るのはいいが、それが自分の手柄ではないとなると、何となく損したような気分なり〉
 
 など、妻の「ドヤ顔」に鼻白む事態も生まれます。とまれ、夫婦で力を合せ、けなげに奮闘するサマも、時代のオルタナティヴとしてうるわしく映ります。
 

 ちなみに、どういう特集が組まれてきたか、巻末には56ページに及ぶ詳細な番組一覧が付いています。実に多彩な手を繰り出していることが分かります。カテゴリーでいえば、圧倒的に多いのが監督別の企画、そして俳優、プロデューサー、脚本家を核にした特集。また東映時代劇、東宝アクション、東宝青春映画、日活ロマンポルノ、ATG作品など系列別の特集や、「フィルム・ノワール」、「ナチスと映画」、「子供たちの時間」といったテーマ切り、あるいは国別の括り方――。
 

「妄執、異形の人々」というカルト映画の大特集が定番化する一方で、年末年始の「映画史上の名作」も恒例化しています。かと思えば、「昭和文豪愛欲(エロネタ)大決戦!」や、「日本のオジサマ」と題した山村聰、佐分利信という男優特集など、一覧を眺めているだけで壮観です。

 映画のジャンルに貴賎なし、面白いものなら何でもかける――が、この名画座の特徴で、芸術系に偏った、気取った空間ではありません。

 2015年4月の「祝・芸能生活50周年 安藤昇伝説」特集も、渋谷という土地柄を考えれば、「ここならでは」の企画です。終戦後の渋谷を席巻した安藤組、といっても知らない人も多いので、昨年末の安藤昇氏死去の記事を一部紹介いたします(朝日新聞、2015年12月18日付)。
 
 
〈安藤昇さん(あんどう・のぼる=俳優、作家) 16日、肺炎で死去、89歳。東京都渋谷区を拠点とする愚連隊「安藤組」を組織し、組長を務めた経歴から、俳優として「血と掟(おきて)」など数十本の映画に出演。「やくざと抗争」などの著作もある〉
 
 著者夫妻がともにずっと「やろう」と言い続けた企画です。が、初日に劇場に来てみると、「道路をはさんでビルの前にある駐車場が、ただならぬ様子となっている。黒服に身をかためた、ひと目でそれと分かるスジモンが大勢たむろしている。その数、およそ20人」――。
 
〈……さしたる混乱もなく上映開始となったが、上映中に、どうも後ろの方の席が尋常じゃない。筆者は好みで、いつも前の方に座っているが、後部の席からひんぱんに人が出入りする気配がしている。ヤーサマたちは後ろの方に座っているので、どう考えても連中の仕業である。たぶん、映画とかを集中して観ていられないのだ。なんでそんな連中が映画館に来たのかと思うが、おそらく「上層部」とか「叔父貴分」とかの指示なんだろう。安藤のアニキの映画がかかるんだから、オマエら、ちゃんと見とけよ、とか何とかいう……〉
 
 その中で、どうも2人ほど映画に目覚めてしまったのがいるらしく、しばしば来るようになったとか。ただ、上映中、頻繁に出入りする行状は改まらず、ついにキレた著者夫人が場内アナウンスで注意した……。
 
 
 この名画座を立ち上げた際、著者は高らかに宣言しています。
 
〈筆者は「典型的な名画座のお客さん」だけを相手に映画館をやっていきたくないのだ。それでは袋小路だと思うから。未来がないと思うから。青臭いかもしれないが、少しずつでも、「典型的な名画座のお客さん」の外にいるお客さんを名画座に取り込まなければ、名画座に未来はないし、それは長い目でみれば映画館に未来がないのではないのか、と思っているわけだ〉
 
 ヤーサマを想定しているわけではないにせよ、一人でも新しい映画ファンを増やしたい、とりわけ若い人たちに映画館で映画を観る楽しさを実感してほしい――。それが大いなる夢なのです。

 開業10年。まだまだこの先が続くことを、われわれも期待して見守りたいと思います。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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