きょうは、聖書へとつながるさまざまな道案内にもなる、いくつかのエッセイをご紹介します。

山形孝夫さん「日本語訳聖書のはじまり」。宗教人類学を専門となさる山形孝夫さんは、岩波ジュニア新書の『聖書小事典』や日本エッセイスト・クラブ賞を受賞なさった『砂漠の修道院』など、広い世代の読者に、キリスト教文化を伝えてきた方です。今回は、日本最古の日本語訳聖書『ギュツラフ訳聖書』をめぐって書いてくださいました。「ハジマリニ カシコイモノゴザル」というヨハネによる福音書の冒頭の翻訳が、ギリシア語の原文の時制をよくよく見ていくとき、いかに理にかなったものであったか。そこからたちのぼってくる不思議ななにものかについて考えます。

科学史家の村上陽一郎さんには、物理学者にして司祭であった柳瀬睦男神父についてお書きいただきました。2008年に亡くなった柳瀬睦男神父は、若き日にプリンストン高等研究所でオッペンハイマーに師事し、将来を嘱望された物理学者でありながら、イエズス会の司祭としてのつとめを果たすべく上智大学にもどられ、のちに学長も務められた方です。

柳瀬師が、物理学の学徒としてのキャリアを始めておられたのに、学問としては神学と哲学に、そして職務としては研究者から司祭へと転進された大きなきっかけは、広島・長崎の悲劇と、自分が専攻する物理学との間の関りであったことは、ご自分でも折りに触れて語られていた。

学生時代から半世紀にわたる交流のあった村上陽一郎さんが、この稀有な科学者・聖職者のポートレートを伝えてくださいます。

書評家の豊崎由美さんは、旧約聖書を書評してくださいました。「主はムチャブリ。それが、一介の書評人にすぎないトヨザキが『旧約聖書』を“物語”としてざっと通読し、抱いた感想です」と始まるこのエッセイで、豊崎さんは、「創世記」「ヨブ記」「出エジプト記」「レビ記」などに描かれたすさまじい神について、読みどころをピンポイントで紹介してくれます。

作家、梨木香歩さんの「人が世になしうること」。昨年暮れにエジプトのカイロ南方にあるアシュート近郊のムハラク修道院を訪ねた梨木さんが、その旅に携えていった『砂漠の師父の言葉』をふたたび深く読み進んでいきます。いずれもお見逃しなく。