手作業の刺繍で知られる仏ブランド、
その制作の一部を難民女性が担った
トートバッグを世界で限定販売

 

 文学作品の初版カバーを刺繍で再現したハンドメイドのクラッチバッグで知られるフランスのブランド「オランピア ル タン」。ハリウッドの有名女優らに愛用され、日本でもデパートやセレクトショップで高い人気を誇るこのブランドとユニクロが初めてコラボレーションし、難民の自立を支援するプロジェクトが始動する。ユニクロのTシャツブランド「UT」の2016年春夏コレクションでは「オランピア ル タン」とのコラボレーションTシャツを販売。その収益の一部をUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を通じて難民の自立支援に役立てる。加えて、難民自身が制作に関わったトートバッグを販売する。

 ユニクロを運営するファーストリテイリングは、2011年にUNHCRとグローバルパートナーシップを結び、世界中の難民・避難民に1600万点を超える衣料を届けるなど様々な形で難民支援を行ってきた。そんな同社にとっても、難民生活を送る人々が手ずから商品の一部を刺繍し、技術を学びながら手間賃を得ると同時に、バッグの収益をUNHCRの難民自立支援プロジェクトにあてるというのは、かつてない試みだ。

難民女性たちが刺繍したブランドロゴが目を引くトートバッグ。牛乳パックをイメージしたデザインがベースになっている。撮影:菅野健児

 日本やフランスなどで限定2000個販売されるトートバッグには、「オランピア ル タン」のブランドロゴをマレーシアで生活する難民女性らが手で刺繍したワッペンがついている(右の写真)。ミルクのデザインは2013年のコレクションで小さなバッグに採用した人気のものがベース。
「オランピア ル タン」のハンドメイドバッグは、通常ひとつのデザインにつき世界で16個(デザイナー自身の誕生日にちなむ)か77個(1977年生まれから)という限られた数しか発売されないプレミアムアイテム。今回はそのデザインがカジュアルなトートバッグとなり、しかも難民支援に役立つという魅力的なプロジェクトとなった。

 イギリス、フランス、ベトナムにルーツを持ち、ユダヤの血をひくデザイナー、オランピア・ル・タン自身にとって、シリアなどの紛争地をあとにしてヨーロッパに逃れてくる難民の姿はけっして他人事ではない。

「祖父母は第二次世界大戦のときにはすでにポーランドを離れていたけれど、各国がユダヤ移民を受け入れていなければ、私たち家族は今ここにいなかったかもしれない」―難民問題を考えるとき、オランピアにはそんな思いがある。

 だからこそ、今回のコラボレーションを持ちかけられたとき、「すごくワクワクして、素晴らしい発案だと思った」という。「デザイナーとしての私個人にできることは限られているけれど、ユニクロのような大きなブランドと一緒にやることで、大規模な仕事の一翼を担うことができて私自身、誇らしく思います」と朗らかに笑った。

初日の80個から400個へ

 初めての試みだけに、バッグの制作は手探りの連続だった。マレーシアでのワッペン制作を取り仕切ったファーストリテイリングCSR部の岡田恵治さんが語る。

「まず品質管理に心を砕きました。集まってくれた女性に、通訳を介して作業手順を丁寧に説明しました。参加した難民女性の多くは手工芸の伝統がある地域の出身で、手芸の経験がある人はいましたが、プロとして仕事をしてきたわけではありません。そのため、作業台の上に余計なものを置かないとか、遅刻をしないとか、まずは職場のルールをきちんと理解してもらうことから始めました。刺繍は繊細で、糸をひっぱりすぎると縫い目が小さくなるし、緩いと目が粗くなってしまう。バラつきなく商品としての合格点に達したものを作ってもらえるよう、検査を重ねながら慎重に進めていきました」
 

 

 30度を超える気温のなか、人が集まってくれるか心配もあったが、約30名の難民の人たちは毎日通って、根気強く作業してくれたという。

「作業するうちに現地NGOの担当者が要領をわかって上手に指導してくれて、初日は説明のあと半日の作業で、30人で80個しか作れなかったのが、その後は1日平均400個も作れるようになりました。2000個のワッペンを作るのに全部で10日くらいかかるだろうと予想していたのですが、結局、1週間足らずで作業を完了することができました」と、岡田さん。
 

もの作りの喜びを
 

できあがったワッペンを手に微笑む難民女性。

  現場での作業を支えたのが、マレーシアのNGOソーイスト・ネスト(縫い手の巣)。マレーシア人のノーア・ハニザ・ラムリさんが昨年7月に立ち上げた。世界各地で古くから行われてきた刺繍やビーズ細工などの手工芸の技術を磨くことで、困難な状況にある人々が暮らしを向上させられるよう、その支援を目的に作ったという。UNHCR現地事務所の推挙を受けてユニクロと協働したソーイスト・ネストにとって、初めての国際的なプロジェクトだった。

 ワッペン作りにはどんな人が参加したのか、ラムリさんが教えてくれた。

「アフガニスタンから逃れてきた姉妹、ラティファとマソウマ(いずれも仮名)は、クアラルンプールにたどり着く前はイランで暮らしていました。

 既婚者のラティファには娘が二人います。マソウマはシングルマザーとして一男一女を育てています。ラティファはミシンの使い方を心得ていて、子どもたちの服を縫うのが好きです。でも、知らない人のために縫い物をするのは今回が初めてでした。かぎ針編みが好きなマソウマは、この先、編み物で家族を支える収入を得たいと考えています。

おしゃべりを楽しみながら刺繍をする難民女性たちと、彼女たちが作ったワッペン。

 今回のプロジェクトに参加することで、彼女たちは刺繍の腕をあげるだけでなく、久しぶりに同郷の人たちと集まって、もの作りの喜びを分かち合うこともできました」

 インタビューに応じてくれたサラさんもアフガニスタンから逃れてきた。はにかみながらも、「ここで学んだ技術は、きっと私の未来にチャンスを与えてくれると思います」と語った。
 

自活の道を切り拓くため
 

 それにしても、難民といえば中東やアフリカの人々が真っ先に浮かび、マレーシアと難民はにわかに結びつきにくい。マレーシアをめぐる状況はいったいどのようなものか、UNHCRクアラルンプール事務所の広報官ヤンテ・イスマイルさんが説明してくれた。

「UNHCRが把握しているマレーシア国内の難民の数はおよそ16万人です。その大半がミャンマー出身者ですが、スリランカやパキスタン、ソマリア、シリア、イラクから逃れてきた人もいます。

 マレーシアは1951年に成立した難民の地位に関する条約の加盟国ではないため、難民の地位や権利を定めた制度がありません。そのため、彼らはマレーシアでは未登録の移民として扱われ、合法的な地位を得ることができず、常に脆弱な立場に置かれているのです。マレーシアに滞在する難民の人たちは町中にそれぞれ居住地を求めて暮らしています。ですから行動の自由はありますが、正規に教育を受ける機会はなく、就業の機会も極めて限られます。

 

 そうしたなかで、今回のユニクロのプロジェクトのような機会があると、難民たちは技術を身につけ、それをきっかけに新たな収入の道を探すことができるようになります。

 参加者の中には、時間を守って出勤したり、顧客の要求に沿った品質の製品を作ることなど、良い労働規範をユニクロから学んだと話す人もいました」

 様々な制約を受けながら自活の道を模索せざるを得ない難民にとって、ワッペンの刺繍で得られる手間賃はけっして小さなものではなかった。ソーイスト・ネストもUNHCRも今回のプロジェクトには確かな手応えを感じたようだ。

価値をわかってほしい
 

 オランピア・ル・タン自身も、今回のプロジェクトへの参加が大きなヒントになったと語る。刺繍やアップリケなどを多用したハンドメイドのバッグをトレードマークとする彼女にとって、手芸の担い手の確保はビジネス上の課題でもある。

 

「残念なことに、フランスでは手芸の伝統が失われつつあります。150時間もかけてドレスにレースをつけるような根気のいる仕事を喜んでやってくれるフランス人はなかなか見当たりませんからね。だから私は世界に目を向けて、インドの刺繍やボリビアのニッティングなど、手工芸の伝統が残る地域の人々と仕事を重ねてきました。インドの刺繍の担い手は男性です。信じられないくらいすばらしい作品を作るのです。時間はかかるけれど、手芸は本当に美しい。こうした技を活かさないのは本当にもったいないと思います。

 ただ、難民の人たちと一緒に作り上げるという発想は私にはありませんでした。今回、ユニクロと一緒にやってみて本当にすばらしいことだと思いました。とりわけ、難民女性を助けるというのが、同じ女性としてうれしいと思いました。機会があれば、ぜひまたやってみたいですね」

 中東やアフリカからヨーロッパへの難民の流入が止まらないなか、フランスに暮らすオランピアにとって、難民問題は遠くの課題ではなく、まさにいまそこにある危機であり、心を痛めない日はない。

 「世界がより安全で平和な場所であればいいと心から思うけれど、デザイナーとしての私に何ができるのか……。今は私にできることをするしかない。少なくとも美しいドレスを作って誰かを幸せにすることができるなら、それを続けます。それぞれ、自分の持ち場でできることをするしかないのだと思います」

 こうした思いをのせて制作された2000個のトートバッグ。日本国内では東京と大阪の3店舗とオンラインストアでのみ販売される。トートバッグプロジェクトを担当した岡田さんは、「商品としての魅力はもちろん、難民支援につながる商品であることの価値をわかる方々に手にしていただきたい」と期待を語った。