評論家の加藤典洋さんが、ことしの春から来年の春まで在外研究生活を送られています。春夏の半年はコペンハーゲン、秋冬の半年はカリフォルニア州サンタバーバラでの研究休暇といううらやましい話を耳にして、滞在中の暮らしのようすと、加藤さんがそこで感じ、お考えになったことが、ある種のライブのようにして伝わってくる原稿をぜひお願いしたいと思い、前編集長の松家とともに、半ば強引に引き受けていただいたのが新連載「デンマーク便り」です。

三月三十日から現在にいたるまで、加藤さんからは二週間にいちどのペースで、コペンハーゲン暮らしとヨーロッパ各地への旅をつづった、読みごたえのある日記が届いています。ぜんぶをごらんに入れることは誌面の都合で難しいため、「考える人」には一部を抜粋して夏号、秋号では「デンマーク便り」、2011年冬号、春号では「サンタバーバラ便り」として掲載します。

夏号に掲載の日記から、以下に、初日の分だけご紹介しましょう。日記の全貌は、いずれ単行本のかたちでごらんいただけると思いますので、そちらもお楽しみに。

 三月三十日(火曜)
はじめて見るコペンハーゲンは、荒涼とした感じ。
Aは疲れたといって、ホテルのベッドで寝ている。薄暗がりの中で寝顔を見ると、彼女の若い頃のはなやいだ面影が残っている。
窓の下すぐには、海から続いた運河が広がっている。風に水面が手づかみにされる。運河の水面は風に吹かれるシイツのよう。皺クチャ。そこを平べったい船が重いエンジン音を残して通り過ぎていく。午後七時が不思議な時刻になった。明るいのか暗いのか。夜なのか、昼なのか。――全くわからない。
誰一人知らない、まったく解さない言葉の国にいる。デンマークに半年の間、住むために来た。それなのに、この国の言葉のことに思いをいたさなかったわけなのは、どうしたことだろう。

十代のはじめ、生活のなかに入ってきたばかりのテレビでバイキングの大男達が、斧のようなものを片手にオーデーン! と叫んでいたのは、あれは、この国の言葉だったか。これから、何度にもわたり、この言葉に叱責され、面罵され、足蹴にされ、復讐されつづけることだろう。その予感がある。いつものことだが。
地図を見ると、わずかに、そこに、わが初恋の哲学者、ゼエレン・キルケゴールの名を冠した――建物なのか、広場なのか――地名がある。レギーネ・オルセン、彼女もまた考えてみるなら、この都市、コペンハーゲンの人だったのだろうか。