今や、文芸誌、言論誌、週刊誌などで、その名を見ないことはない、まさに旬の評論家・坪内祐三氏がおくる、連載「考える人」。この連載は、氏が案内人となり、「考える人」の言葉、態度、人生を紹介する、というものです。しかし、一言で「考える人」といっても、日本では古代から、あまたの人間が、思考と創作を繰り返し、後世の我々にその痕跡を残してきました。その数たるや……、考えるだけで気が遠くなります。

 そこで、坪内氏は連載開始にあたり、二つの制約を自らに課しました。
(1)「考える人」は、文筆家に限る。
(2)「考える人」は、坪内祐三氏が物心ついたときに『現役』だった人に限る。
(1)は、やはり「文章」にこだわるということ。(2)は、例えば小林秀雄を取り上げた連載第一回の、こういった一節によく現れています。

「私自身が読書家としての物心がつく頃、すなわち一九七〇年代後半でもまだ『考えるヒント』は現役でした。(中略)受験生の必読の書とも言われていました。代々木ゼミナールの書店などでも『考えるヒント』の文庫本は、新刊でもないのに、良い位置に平積みされていました」。

 この坪内氏のリアルで生温かい記憶が、この連載の肝です。この「温度」こそが、通り一遍の「人物論」とこの連載との間に一線を画しています。

 小林秀雄に始まり、田中小実昌、中野重治ときて、最新号の春号で、坪内氏は、武田百合子さんを取り上げています。武田百合子さんは、「戦後派」を代表する小説家・武田泰淳氏の妻で、泰淳氏亡き後、富士山麓にある山荘での暮らしをまとめた『富士日記』(昭和五十二年)を刊行しました。デビュー作であるにも関わらず、その瑞々しい感性に彩られたエッセイ集に、誰もが驚き、その才を愛でました。

 もちろん坪内氏も愛読者の一人で、時どき「適当な一冊を手に取って、十頁か二十頁ぐらい読んだりするのが好き」だそうです。しかし、武田百合子論をものそうとした坪内氏は、途方に暮れてしまいます。批評的にその文章に口を挟むのではなく、「武田百合子の文章だけで、この四百字二十枚分の『考える人』を完成させたい」とまで言っています。こういった対象の人物とその文章に対峙した瞬間の、リアルな坪内氏の感性が連載の魅力でもあるのですが、ここからが氏の本領発揮です。

「武田百合子を特徴づけているのはその黒く大きな眼」という突破点を探り当てた坪内氏はそこから、事物の背後にある生と死の力を幻視し、それを美しくユーモラスに文章化する武田百合子さんの才能を見抜きます。一体、武田百合子さんのどんな文章から、坪内氏はその「才能」を見抜いたのでしょうか? ぜひ、『考える人』春号で確認してみてください。

 坪内氏の優れた案内により、思わず「考える人」を「追体験」してみたくなること請け合いの連載「考える人」。さて、これからどんな「考える人」が登場するのでしょうか。