目標に向かって一直線に突き進むことを「極める」と言い、人はその姿勢に共感する。だが本当に「極め」たら、そこで進むべき道は絶え、中空に放り出されておしまいである。「極めたい」と逸る気持ちをあえて抑えて、「極めない」でいること。それこそが日本文化、芸術の真髄なのではないのかと、ある時から私は考えるようになった。

 では、「極めない」生き方とはどういうものか。彼方に見える目標に向かって真っ直ぐに精進していくのではなく、あえて回り道をする。むろん、全速力で走る。そして、ぐるっと回りながら目標に近づいてきたところで、「極める」のではなく、そのまま極限の脇をすり抜けてゆく。すると、断崖絶壁から足を踏み外すこともなく、走り続けて元の場所へと向かい始める。ところが、これは直線運動ではなく円運動だから、元いた場所をもスルーして、「極めない」営みは永久に続くことになる。

 ただ、それではいつまでたっても意を達することのできない“堂々巡り”になるではないかと、言われるかもしれない。しかし、回り道をしてまで何かをつかもうとする人間には、己を進歩させたいという、内在的な欲求があるはずだ。その欲求を、円の径をほんの少しだけ「詰める」努力に転化したらどうだろう。径が小さくなったぶん、円運動に費やすエネルギーは余る。その余ったエネルギーを、今度は高さに変換するのである。二周目より三周目、三周目より四周目……どんどん径は縮まり高さが増して、二次元の円から、三次元の螺旋が立ち上がっていく。努力する限り、螺旋は運動を続け、「極める」ことなく、永久に自らの水準を高めていくことができる。

「螺旋形」は自然界にもある。例えば「巻貝のゼロ」というのがある。巻貝は、頭のところがほんの僅か開いていて、「ものの始まり」を暗示しているが、「終わり」がどこであるかは不明である。「始まり」を「ここだ」と指差すのは困難であって、てっぺんに目を凝らしても、無限に渦を巻いているばかりである。そこに具現化されているのは、「いつの間にか始まり、いつの間にか終わる」世界。それも螺旋の不思議な性質である。

 宮沢賢治の童話は、「結論がない」という点で、まさに螺旋の物語だといえるだろう。例えば、強欲な地主オツベルが白象を騙してこき使ったあげく復讐される『オツベルと象』は、オツベルを普賢菩薩、白象を修行者の化身とみるならば、表面上のストーリーとは正反対に、厳しい修行に耐えられなかった白象こそ責められてしかるべきだ、という教訓を読み取ることも可能だ。だがしかし、賢治がそこで表現しようとしたのは、「善悪」の物語ではない。相反する要素を同時に組み込むことで、いかに生きるべきかを、読む者に鋭く問うているのである。螺旋に誘い込まれた読者は、永久運動に身を任せながら、表と裏を行きつ戻りつ、やがてその捉えどころのない世界の魅力から離れられなくなってしまう。

 賢治の思索の根底にあったのは、法華経である。今は、今を認識した瞬間に過去になる。過去と未来の狭間にあるはずの今は、実はまったく存在していない“刹那”なのだ。その今を真剣に生きる。私流に言えば、未来を追いかけながら、螺旋の径を詰めていく。法華経の真理は、そこにあると思う。

 聖徳太子によって広められた法華経は、鎌倉新仏教で重要な役割を果たした後、いったん地下に潜る。再び姿を現したのは、江戸の世だ。ただし、江戸時代には宗教の部分を捨て去り、文化の世界に滑り込んだ。その結果、「あれはいけない」「こうすべきだ」といったさまざまな制約や約束事から人々を解放し、「ああしてみたい」「こうしようか」の自由な発想が生まれてきた。そこに、ものごとを近視眼的に見ると同時に、逆に突き放して眺める―両極を許容しつつ、あくまでも「極めない」文化―「接近と回避」を繰り返しながら高みを目指すという、世界に例を見ない螺旋文化が花開いた、と私は考えている。

 象徴的な芸術家を一人挙げておこう。尾形光琳は、その人生からして“螺旋の人”だ。裕福な呉服商の家に生まれたものの、遊興三昧の末相続した財産を使い果たし、無一文になった。しかし、そこから失うもののない強みをエネルギーに転化して、次々に名作を手掛けていく。

 その光琳の作品を見ると、ある特徴に気がつく。なんと画に螺旋が隠れているのである。例えば「燕子花図」。花の位置をつないでいくと、見事な螺旋形になる。屏風の並べ方を変えてみたら、茎が浸る水の部分に人間のDNAの構造と同じ「二重螺旋」が現れてくる。

「紅白梅図」にも「風神雷神図」にも、螺旋は浮かび上がる。光琳だけではない。俵屋宗達、伊藤若冲といった、同時代にあまたライバルがいる中で後世に名を残した画家たちの作品には、しっかりとそれが刻み込まれている。

 彼らの画の前で、例外なく人は感動する。では、感動とは何だろう。それは、生きるエネルギーを呼び覚まされた時に湧き上がる、心の震えである。つまり、光琳や若冲らの作品には、人にエネルギーを惹起させる原理が含まれていることになる。螺旋こそ、その正体ではないかと、私は思うのだ。

 もともと人間は、螺旋から「発生」する。すべての細胞の中にそれが備わり、それによって私たちは生かされている。光琳の画の前に立つと、その私たちのもっとも根源的な部分がいっせいに沸き立ち、エネルギーに満たされるのではないか。裏を返せば、希代の画家たちは、二重螺旋のDNAという人間の本質的な部分に、一枚の画をさりげなく、しかしこのうえなく的確に、重ね合わせていたのではないだろうか。むろん、作為的にそうしたのでは、歴史に残る作品になどならない。本能が目覚めるのをじっと待ち、自らのDNAと筆とを一体化することができた刹那に、自然に画の中に螺旋が現われてくるのではないだろうか。

 私にも、時々神が降りてくる、と思われることがある。画家として、こんなに楽しい瞬間はない。だがしかし、普通にしていては、それに出会えないことも分かっている。そもそも江戸文化が文化たり得たのは、“何でもあり”の円運動の中に修行というものを閉じ込めて、常に高さを志向していったからにほかならないのである。

 だから私も、常に自分に負荷をかけている。普通であれば十年かかるような仕事を一年でやってみようなどという、無茶をあえて自分に課す。だがそれが、神とのより濃密な出会いをもたらす唯一の方法だと諒解しているので、それ自体は辛くも苦しくもない。

 鉛筆で、ゆっくり線を引く。ゆっくりゆっくりと、内なるものの命ずるままに全身全霊を傾ける。すると画面から鉛筆が離れた時、そこに「速くて勢いのある線」が現れている。人生もそうありたいと、私は思っている。

(「考える人」2012年冬号掲載)