そういえば翻訳をしたことがない。

 外国語を使って生きてきた。主要言語はロシア語。あちこちで教えたり、教科書を書いたり、テレビやラジオの講座で講師を務めたこともある。若い頃は通訳として日本と旧ソ連を飛び回っていた。

 英語も大学でしばらく教えていた。教養英語に加えて、英文専攻で英語学を担当したこともある。さらにはいろんな外国語についてエッセイを書いている。

 これほど外国語漬けの日々なのに、翻訳だけは縁がない。

 学費欲しさにテレビ番組の内部資料や新聞記事を訳したことはある。だがこの程度の翻訳だったら、ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフだって友だちから持ちかけられている。学生バイトの定番といっていい。

 ドストエフスキーといえば、数年前から海外の古典文学の新訳を次々と発表する文庫が登場し、意外なヒットをとばしている。ある日この出版社の編集者から一度お会いしたいと連絡をもらった。おお、ついにお鉢が回ってきたか!

 それにしても、何を訳すのだろうか。

 大学院時代は中世ロシア語に取り組んでいた。言語が専門だったとはいえ、古典語の研究は具体的な作品を分析するところから始まる。歴史書や宗教書に加え文学作品もあれこれ読んできた。

 中世ロシア文学はマイナーである。他の西洋中世文学では、『ベーオウルフ』とか『トリスタンとイゾルデ』あたりは、それなりに知られている。しかし中世ロシア文学はもっとも著名な『イーゴリ遠征物語』でさえ、岩波文庫に収録されているにもかかわらず、かなりの読書家でも読んだ人は稀である。

 だが知られていないからこそ、紹介する価値があるとも考えられる。基本的には退屈な宗教説話が多い中世ロシア文学だが、『長司祭アヴァクーム自伝』や『シェミャーカの裁判の物語』などはストーリーそのものが面白い。わたしが気に入っているのは商人アファナーシイ・ニキーチンによる『三つの海のかなたへの旅』という十五世紀末の旅行記。これは確か邦訳がなかったはず。こういうものを掘り起こしてアンソロジーを編めば、結構いけるんじゃないか。てな感じで、一人で盛り上がってしまった。

 だから後日、その編集者がまったく別の分野の担当で、依頼内容も完全に違うものだと分かったとき、ショックのあまり結局お断りしてしまったのは、こういう事情なので許してほしい。

 ここで気づいた。どうやらわたしは心の奥底で翻訳をやってみたいのだ。ところが依頼が来ないのである。

 言語が専攻だから仕方ないのか。

 かつてわたしが習った諸先生は、言語学者である一方で、チェコ語やセルビア語から文芸作品を訳していた。最近は分野が細分化され、そういうことができないのか。積極的に売り込まなければダメなのか。それとも単に実力の差か。

 あるいは留学経験がないためか。

 わたしは留学をしたことがない。一カ月の現地短期研修に何回か参加した程度である。しかもいろんな国に行くものだから、専門家として信用されにくいのかもしれない。依頼されないワケである。

 依頼はされないが、訳したい作品がないわけではない。できれば日本であまり知られていない国の文学を紹介してみたいと、実はひそかに狙っている。

 たとえばベラルーシ文学。

 ベラルーシはロシアの西隣に位置する非常に地味な国で、観光スポットもロクにないため、日本から訪れる人はほとんどいない。だがわたしは大学院生時代からこの国の言語文化に注目していた。中世ロシア語は時代が下るとロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語に分かれていく。この三言語はお互いに兄弟といっていい。中でもベラルーシ語は日本で取り組む人が非常にすくない言語である。

 ある夏この国の首都ミンスクで一カ月のベラルーシ語研修を受け、その際に文学講義も聴講した。おかげでベラルーシの三大詩人がヤンカ・クパラ、ヤクプ・コーラス、マクシム・バフダノヴィッチの三人であるという知識を得た。この辺りがベラルーシ文学の王道である。

 そこで彼らの作品を読んでみた。するとまもなく、これがとてつもなく難しいことに気がつく。風景描写の多いベラルーシの詩。その美しさを伝えるには、東京生まれのわたしの日本語では無理だ。そもそも詩は苦手である。

 だったら散文はどうか。

 その文学講義によれば、現代文学ではウクライナが歴史に向かうのに対し、ベラルーシのテーマは戦争だという。

 ああ、ミステリーとコメディーばかり読んでいるわたしには、またしても歯が立たないではないか。

 いや、落ち着け。そういう表向きの情報に騙されるな。どこの文学だって、探せばいろんな作品がある。

 そうだ、思い出した。わたしには大好きなベラルーシ小説があるのだ。

 ウラジーミル・カラトケーヴィチ(ロシア語表記ではコロトケーヴィチ)の『スタフ王の野蛮な狩り』ДЗΙКАЕ ・ ПАЛЯВАННЕ・ КАРАЛЯ ・ СТАХА(ヅィーカエ・パリャヴァンニェ・カラリャー・スターハ)はソヴィエト時代に映画化され(ただしロシア語)、日本でも一部の映画館やテレビの深夜放送で紹介されたことがある。原作は中世の伝説に基づく奇怪な殺人事件の謎に主人公の民俗学者が迫るという、まるで『八つ墓村』のようなミステリー小説である。

 中世、ベラルーシ、ミステリー。

 古い時代の辺境における人間ドラマ。これを解き明かせるのは言語だけ。

 あらゆる面でわたしの得意分野ではないか!

 しかも手に汗握る面白さ。ミンスクの学生寮でこのロシア語版を読んでいたら、あまりのスリルに顔がこわばり、部屋を訪ねてきたベラルーシ人学生から心配された。だが『スタフ王』を読んでいると告げたら、相手はすぐに納得した。ベラルーシのインテリなら誰でも知っている著名な作品である。いける。間違いなく訳す価値がある。

 翻訳が依頼されるのを悠長に待っていてはいけない。当てはなくとも、すこしずつ訳しながら日々研鑽を積む。訳すからにはベラルーシ語原作からがいい。こうして辞書を片手に奮闘が始まる。

 ベラルーシ語の辞書は日本語との対訳はおろか、英語すらロクにない。あるのはほとんどがロシア語である。しかも知らないベラルーシ単語を引いてみれば、そこに現れるのはほぼ同じ綴りによるロシア単語。この二つの言語は非常に似ていて、しかも同じキリル文字を使っている。疲れてくると、目の前の単語がどちらの言語なのかさえ分からなくなってくる。

 ベラルーシ語=日本語辞典がほしい。でもない。だったら自分で作ろうか。

 自分のためだけではない。これだけ似ている言語なのだから、よい辞書さえあれば、ロシア語を学んだ人がベラルーシ語を読み解くのに役立つに違いない。ではどうすれば使いやすい辞書になるか。そもそもどうやって語彙を選べばよいか。頻度数のデータは幸い手元にあるが、これだけに頼ってはダメで、いろいろ調整が必要だ。言語が専門であるためか、ついつい張り切ってしまう。

 その一方で『スタフ王』の翻訳作業はちっとも進まない。

 ということで、わたしにとって翻訳はいつまで経っても遠い存在なのである。

(「考える人」2013年秋号掲載)