12人の、「考える人」たちとともに、「ほんとうに大切なこと」を考えようという春号特集の頭を飾ってくださったのは哲学者の鷲田清一さん。〝濁流のような世界のただなかでどう生の舵を切ってゆくかを模索するような〟今を生きるわたしたちの現状を、次のように鮮やかに切り取ってくださいました。

 先が見えないと、ひとは言う。視界が遮られているかのような思いが、 人びとのなかでつのりつつある。そうも言えそうだが、でもほんとうに先が見えないのか。未来はそれほど不確定なのか。この時代の塞ぎの理由はじつは逆ではないのか。
 未来が不確定なのではなくて、ある未来が確実に来ることがわかっていながら、それにどう対処したものか、どこから手をつけたらいいのか、見当がつかないことが、そうした塞ぎの理由ではないのか。

 そうしたなかで必要なことは、「わたしたち一人ひとりが、できるだけ長く、答えが出ない、出せない状態のなかにいつづけられる肺活量をもつこと」「問えば問うほど問題が増えてくるかにみえるなかで、その複雑性の増大に耐えうる知的体力をもつこと」だと鷲田さんは論じます。

 これに呼応するかのように、「わからないぐらいがちょうどいい」と題するエッセイで、最果タヒさんは、「共有したい」という感情への違和感をつづりながら、「何言ってるのかわかんないよ」と言いたくなるような言葉ほど、その人が「その人だけの人生を生きてきたこと」を物語る大切でいとおしい言葉なのだといいます。「100%の理解なんていらない」という詩人の強いメッセージを受け止めてください。

 その意味で、御年91歳の「人間国宝」志村ふくみさんもまた、「わかった」と歩みを止めることなく、原点に還って、また新しいことを始めようという前のめりな姿勢を存分に語ってくださいました。染織家にとって、質より量の現代はとても難しい時代です。志村さんはそんな中でも「切り抜ける道を真剣に考えています」と語ります。

 この他、メディア・アクティビストの津田大介さん、「ハフィントンポスト」創設者のアリアナ・ハフィントンさん、世界の紛争地で平和構築にあたってきた東京外大の伊勢﨑賢治教授へのインタビューでも胸に突き刺さる言葉の数々を聞くことができました。

「自分がやるべきことは、ソーシャルメディアという今のメディアの中で影響力がある主戦場でやりつつ、消えていく情報の中でいかに有用なものをアーカイブ化していくかということです。(中略)そういうフロー→ストックという変換をするには、メディアを扱う身体性が求められる。多分僕はそれが得意なので、移ろいやすくて流れては消えていく中で、それを意味のあるものに形式化していくことを今後はきちんとやっていきたい」(津田さん)

「デジタルエデンの園のヘビ(テクノロジーへの過剰接続)に対処するためには、ヘビを消してしまう――完全に技術やデバイスを手放す――必要はない。それはあまりに非現実的です。ヘビを手懐けるには、自分の優先順位をはっきりさせ、テクノロジーは制御できるものであると認識すること。技術に私たちを制御させてはならないのです」(ハフィントンさん)

「今、ヘイトはグローバル化している。仏シャルリ-・エブド事件のように。生き残るために、殺し合わないために、我々は自由を制限せざるを得ない時代に来ている。そうしないと、それがグローバルテロリズムの概念的な怒りの源泉になっていく。残念ながら、表現の自由を謳歌するには、地球はもう狭過ぎるのです」(伊勢﨑さん)

 考えつづけるための知的体力と肺活量をつけるため、「考える人」春号は力になりたいと思います。