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 創刊15年目に向けて
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「考える人」の誌面を新しくしました。編集スタッフもデザイナーも、顔ぶれは従来と変わりません。年4回という刊行形態も、ロゴも判型も同じです。編集方針にも変更はありません。では、いったい何が、どう変わったの? というわけですが、その説明に入る前に、いったん時計の針を巻き戻し、この雑誌が誕生した2002年7月にタイム・スリップしたいと思います。

 創刊編集長は、現在、作家・編集者として活躍している松家仁之(まさし)さん。雑誌が産声を上げた頃、私は遠目にそれを眺めながら、別の会社で別の雑誌の編集長をしていました。松家さんは、“plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)”という、19世紀イギリスの詩人ワーズワースの有名な詩句を創刊の理念に掲げます。

 モノも情報も溢れている現代社会で暮らすうちに、私たちはいつしか自分たちの思考の拠り所を見失い、「自分の船をどのように漕ぎ出せばいいのか、途方に暮れることも少なくありません」と松家さんは語ります。その上で、「私たちは今ふたたび、ワーズワースの言葉を頼りにして、自分の頭で考える力を問い、シンプルな暮らしを考えるべき時間と場所へたどり着いたのかもしれません」と述べ、「創刊にあたって」を次の言葉で締めくくっています。

〈たまにはテレビを消して、身の回りも整理して、一人の「わたし」に戻り、自分の言葉と生活を取り戻したい。溢れるモノや情報をいったんせき止めて、ひと息つきたい。思考する頭に新鮮な空気を送り込みたい。そんなあなたのために用意する、小ぶりの静かな部屋に季刊誌「考える人」はなりたい、と考えています〉

 私は、そのバトンを2010年7月に受け継ぎました。そして、いまもこの言葉を大切にしています。拠り所になった“plain living, high thinking”という言葉は、たまたま私も小さい頃からなじみの深いものでした。「暮らしはつましく、思いは高く」と教えられました。

 古くは内村鑑三の「低く生き、高く思う」から、「質素なる生活、高遠なる思索」(田部重治選訳『ワーズワース詩集』、岩波文庫)など、さまざまな訳があてられてきましたが、敗戦後間もなく発刊された「アテネ文庫」(弘文堂)の「刊行のことば」に使われたことでも有名です。

〈昔、アテネは方一里にみたない小国であった。しかもその中にプラトン、アリストテレスの哲学を生み、フィジアス、プラクシテレスの芸術を、またソフォクレス、ユウリピデスの悲劇を生んで、人類文化永遠の礎石を置いた。
 明日の日本もまた、たとい小さく且つ貧しくとも、高き芸術と深き学問とをもって世界に誇る国たらしめねばならぬ。「暮しは低く思いは高く」のワーズワースの詩句のごとく、最低の生活の中にも最高の精神が宿されていなければならぬ〉

 おそらく、このフレーズは多くの日本人の共感を誘い、いまの若い人たちの心の奥底にも響く言葉だろうと思います。ただ、「考える人」の「創刊にあたって」が書かれた14年前と、いまの時代とでは大きく変わった部分も見逃せません。誰しもがすぐに気づくように、「たまにはテレビを消して」は、いまでは明らかに「スマートフォンの画面から目を離して」になるでしょう。スマホが日常生活の必需品となり、それにすっかり心を奪われている現在は、「自分の言葉と生活を取り戻し」、「自分の頭で考える力」を養う――といっても、その必要性を感じることすら稀(まれ)になっているのが実情です。

「自分の頭で考える」ことの充実感、その喜びを知らなければ、「小ぶりの静かな部屋」が守るべき拠り所として視界に入ることもありません。その価値を実感できるはずもありません。「部屋」はいつも人を招き入れる準備を整え、訪れる人を待っているにもかかわらず、そこへ至る道筋が示されない限り、知らない人が辿りつくことはほぼ不可能です。

 そこで、創刊から15年目を迎えようとするいま、「考える人」は新たな一歩を踏み出すことに決めました。編集理念はそのままに、基本的な編集方針も変更しませんが、メニューに少し変化をつけて、料理の味付け、盛り付けにひと工夫を凝らしたいと考えます。

 最新号の特集は、「12人の、『考える人』たち。」というコース・メニューです。この時代の“考える人”とは誰だろう――シンプルな問いかけを、そのまま誌面化した試みです。12人という数に特別な意味はありません。老若男女、ジャンルも多岐にわたる方々ですが、それぞれの持ち場で、頭と心と体をフル回転させ、独自のスタイルで「考える」ことを持続してきた人たちに会いに出かけた結果です。今後の「考える人」がどういう人たちとともに歩んでいこうとしているのか、その一端を示したつもりです。

 雑誌のシンボル・マークが坂崎千春さんの「椅子」のイラストであることも変わりませんが、それは、椅子に坐ってひと息つき、自分を取り戻す安らぎのシンボルであるにとどまらず、時にはそこから立ち上がり、“考える人”に会いに出かける行動の起点でもあることを改めて確認したいと思います。


 さらに私たちが意識的に心がけたいのは、「小ぶりの静かな部屋」の価値を広く体感してもらうために、自ら積極的に外へ出て行こうという姿勢です。新たな読者と出会うために、そして彼らとのコミュニケーションをより活発に深めていくために――。

 その意味で、4月4日に開設したのが「Webでも考える人」のサイトです。まだほんのささやかな窓、小さな入口に過ぎませんが、これを少しずつ大きく育てていきたいと思います。オープンにあたり、次の文章を掲げた通りです。


〈Webでも考える人とは?

 2016年4月4日に誕生した、季刊誌「考える人」(新潮社)のウェブ版です。
 活字の「考える人」が、年に4回発行される、本格派レストランのディナー・コースだとすれば、
「Webでも考える人」は、まずはお店の雰囲気になじんでいただくための、
 ウィークデイのランチ・コース。
 味に変わりはありませんが、カジュアルな別メニューが用意されています。
 気軽に立ち寄って、賞味していただきたいと思います。
 Web版から入って本格派の活字のほうへ、
 あるいは、すでに雑誌を愛読しておられる方は、
 気ままな散歩がてら、
 ちょっとWeb版を覗いて下さるのも歓迎です。
「考える人」編集部がプロデュースする
 2種類の「知を楽しむ」空間を、
 気分に応じて行き来しながら、いろいろな個性の人たちと出会い、
 考えるヒント、生きる活力を得ていただければ幸いです〉

 さらにライブのトーク・イベントなども定期的に行っていこうと思います。私たちが見つけた“考える人”と出会い、思考の成果はもちろんのこと、その人の表情や息づかい、熱量をよりリアルに体感していただく場になってほしいと願うからです。1日1コンテンツを更新する、ほぼ日替わりの「Webでも考える人」と、月1ペースのイベントと、従来通りの季刊誌と、3つの流れの総体として「考える人」の空間を楽しんでいただければと思います。

 編集部がプロデュースする「考える人」というコミュニティ――読者、筆者、編集部がいろいろな回路でつながっていく広場を運営するのが、創刊15年目のチャレンジです。

 そして、この機会に思い切って値下げをしました。雑誌の定価を30%以上引き下げました。雑誌をコミュニティ・ビジネスとみなす私にとって、できるだけ多くの人がそこに参加するための、入場料は安いに越したことはありません。その昔(1976年)、つかこうへい芝居が新宿・紀伊國屋ホールに登場した際に、「一般700円」だった衝撃と感激を思い出します(当時の封切り映画の料金は1000円でした)。同じ思いで、ギリギリの努力をしたつもりです。

 併せて、雑誌のスリム化も図りました。内容が充実しているのはいいけれど、「厚くて読み切れない」「重くて持ち帰るのがタイヘン」といった声をよく聞きました。これも30%くらいの減ページです。

 ただ、これらは「コミュニティ構築」という雑誌本来の目的の、いわば変数に過ぎません。本来の目的をどう果たしていくことができるのか、すべてはコミュニティの賑わいひとつにかかっています。雑誌は紙に印刷された物質「だけ」ではありません。読者、筆者がゆるやかな目的や、意識、趣向を共有する広場性こそが雑誌なのだと考えます。

 振り返れば、出版物は時代とともに、さまざまな付加価値をプラスしながら歩んできました。まだまだこの先にやれそうなこと――読者に喜んでもらえることがいろいろ控えていると信じています。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)