散歩が好きだ。
 仕事の合間にときどき散歩するのではなく、散歩の間にときどき仕事したい。そのぐらい好きだ。
 仕事が嫌いなだけではないか、という意見もあろうが、仕事どころか生活そのものも散歩の合間でいいぐらいである。
 なので常に散歩の機会をうかがっている私なのだが、最近どうも調子が出ない。あるとき、どこかへ散歩に出かけようと考えて、行先を思いつかなかったのである。行先なんてどこでもいいのに、思いつかなかった。
 ……飽きた。
 そう思ったのだった。
 よくよく自分の胸に尋ねてみると、どうやらずいぶん前から心の奥にくすぶっていた感情らしい。それが我慢の限界を越えて溢れ出てきたのである。
 散歩に飽きた?
 好きだと言ったばかりなのに、おかしな話じゃないか。
 いや、相変わらず散歩には行きたいのである。だがどうもこのままではワクワクできそうにない。つまり散歩の内容が物足りないのだ。
 たまに雑誌なんかを見ると、最近の散歩は、路地を歩いて奇妙な看板を発見したり、マニアックな喫茶店を訪ねたり、ちょっと変わったグルメを探し当てたり、古い建物を見てしみじみ味わうというような「しみじみ」方面に重きが置かれていて、自分も散歩とはそういうものだと思うようになっていた。
 だが、そんな小さな満足でごまかすような散歩にはもう飽き飽きなのだ。
 昭和の香りが漂う店とか、おかしな顔の飛び出し坊やとか、剥げて妙な文字の並びになってる標識とか、そういうものじゃなくて、出会いがしらに、えええっ! と声をあげてひっくり返るぐらい、そのぐらいびっくりするものを見に行くことはできないのか。
 どうせ出かけるならもっとドーンと散歩しようじゃないか、ドーンと。

 

 そう考えたとき、思うのは東京の限界についてである。
 ひょっとするとこれは、東京に飽きたということではないだろうか。
 私が東京にやってきたのは今から30年近く前のことだ。就職したらたまたま東京勤務を命じられて上京したのだった。
 東京で一旗あげようというような野心はまったくなく、むしろそんなスカした街には行きたくないぐらいの気持ちだったが、かといってどうしてもイヤというほどでもなく、つまりはただ状況に流され、押し出される心太(ところてん)のように、自動的に移り住んだのである。
 最初に住んだのは調布駅近くにあった会社の寮で、引っ越して早々屋上にあがってみたところ、どこまでも見渡す限り街が広がって、その先に当然あるべき山が見えないことに驚いた。
 それまで私は山の見えない街に住んだことなどなかった。どこにいても山はあって当たり前のものだった。
 おそらく条件のいい日なら、調布の寮の屋上からも西の方角に高尾山だの丹沢の山々が見えたのだろう。だが、その日の薄ら曇った空に山はなかった。
 山のない街。
 それが私にとっての東京の第一印象である。そして、そのときの落胆の気持ちは、今も心の底に残っている。
 山がなければ、どこまで行ってもこっち側である。平坦だからどこまでも自由に歩いて行けそうなものの、あっち側を想像できないのは息苦しい。息苦しいぞ、東京。
 地図で見れば、それがつまり関東平野ということなのであった。これほど起伏の乏しい地面は、あの広大な北海道にもない。
 つまり東京で散歩しようとすると、平野ばかりなのでどうしても街歩きが中心になるのだ。結果、グルメやショッピングを除けば、古い建物とか変な看板とか児童公園の遊具とか、他県では全然珍しくないレベルの坂道とか、そんなものを見るよりほかなくなってしまうのである。
 ショボいぞ、東京。
 長く東京に住んだせいで、そういうショボいものの味わいが楽しめるようになったと言えばそうなのだが、それは東京による洗脳だったとも言える。
 高低差は乏しくても、人情があるじゃないか、と言う人があるかもしれない。
 んー、人情……。
 そんなのはどこの街にだってある。
 旅や散歩で大切なのは、人情ではない。スペクタクルだ。
 今こそスペクタクルな散歩が求められている。誰にということはないが、求められている。
 東京もしくはその近郊に、もっとふつうの意味でびっくりするもの、すごいもの、見応えのあるものはないのか。
 探してみると、東京近郊にも驚きのスポットはないわけではないようだった。探せばちゃんとあるのだ。私は世間一般の風潮に流され、変な看板と古ぼけた建物とみみっちい坂道でお茶を濁していた。
 なんという不覚。
 なんという機会損失。
 今こそ納得のいく真の散歩に出かけようではないか。
 そうして私は、スペクタクルさんぽを始めることにしたのである。
 スペクタクルさんぽを行うにあたっては、不気味な公園遊具とか謎の喫茶店とか、そういうひねった味わいで、つい満足してしまわないよう肝に銘じたい。

 

 というわけでさっそく話は本題に移るが、最初に行ってみたいと思ったのは地底湖である。
 地底湖!
 もう字面だけでスペクタクルな予感がする。
 しかし東京近郊、このぺったんこな関東平野に、地底湖なんてあるのだろうか。
 実はネットで見たのであった。東京近郊で地底湖ツアーが行われているのを。
 いったいどこにそんなものがあるかというと、栃木県の宇都宮市郊外、大谷石採掘場の跡地である。
 ネットで見た地底湖ツアーのホームページには、暗闇の湖に浮かぶゴムボートや、天井に四角い穴が開いた巨大な竪坑(たてこう)の写真が掲載されていて、SF映画の一場面でも観ているようだった。
 これだこれだ、こういうのだ。これぞ私が求めていた散歩だ。散歩というより冒険とか探検といったほうが似合いそうだが、冒険や探検も散歩の一種と言えば言える。さっそく行ってみることにしよう。
 そうして、ある春の平日、編集のシラカワ氏、カメラマンのスガノ氏とともに宇都宮に向かったのである。つづく