高低差に乏しい関東平野も、宇都宮あたりまで来ると、街の彼方に山が迫ってきてホッとする。東京から宇都宮にたどりつくまでの車窓風景の平板さは、かつて私が調布の寮の屋上で感じた息苦しさを思い起こさせ、私は関東地方でとりわけこの路線が苦手だ。
 しかし宇都宮まで来れば、はるかに男体山の白い姿も見えて安心である。男体山に行く予定はとくにないけれども、そこに山があるというだけで世界が面白そうに思える。
 駅前に出ると、いかにもアウトドアガイドといったワイルドな感じの男性が待っていた。ツアーガイドのマッハ氏である。どう見ても日本人であり、マッハというのはアクション映画のタイトルからつけたニックネームではないかと私は鋭く察したが、そんなことよりこんな屈強なガイドがつくということは、われわれは地底で何かと戦わされるのかもしれなかった。スペクタクルさんぽである以上、ある程度の危険は覚悟しなければならないのである。

われわれを導いてくれた屈強ガイド・マッハ氏。
 

 地底湖ツアーは、正式には「OHYA UNDERGROUND~ 大谷地底探検と里山ハイキング~」といって、地底湖だけでなく、ハイキングがついている。 ハイキングも嫌いじゃないが、そこにスペクタクルはあるのか、と不安に思いつつ現地へ向かったところ、いきなり想定外の世界が待っていた。町じゅうにヘンテコな形の岩山がそそりたっていたのだ。

 こんな形の岩とか、

 

 こんなのとか、

 

 こういうのとか。

 

 何これ、パズル?
 そして町の住民は、そういうヘンテコな岩山の間に、その削った石で家建てて住んでいるのだった。なかには岩山をそのまま四角く家の形に削って倉庫にしているところもある。
 なんだこの町、地面を切ったり貼ったり自由自在である。マインクラフトかよ。
 大谷景観公園というスポットも通り過ぎたが、そそりたつ奇岩に大きな穴が開いていてなんだか面白そうであった。編集のシラカワ氏もテンションがあがっている。 
 マッハ氏の説明によると、大谷石は火山灰が積み重なってできたもので、軽くて、加工しやすいのが特徴だそうだ。主に建築の化粧材として多く使われる。そしてこの町は地面の下がすぐ大谷石なので、そこらじゅう切り崩され、穴だらけになっているのだ。
 とにかくもう町じゅうでかくれんぼできそうというか、どこかに黄金の都エルドラドへの抜け道が隠されていてもおかしくないというか、地底湖に行くまでもなく、町そのものがスペクタクルであった。
 すでに十分面白かったが、やがて車は田んぼの広がる一画にある石材屋さんの前で停まり、われわれはここでさらにすごいものを見たのである。 うながされるままに車を降りると、屋根の下に置かれている巨大なカッターが目に入り、これはつまり大谷石の加工の現場を見学せよというのだな、と勝手に解釈して、工作機械のパンクな見た目をしみじみ眺めた。

 

 おお、粉じんにまみれたオレンジ色のスイッチよ!
 そしてそのスイッチを入れればガタゴト動き出すのであろう愛玩動物的なベルトコンベアよ!

 

 とか、そういうふうな心構えで見学し、それはそれで十分な味わいがあった。機械には詳しくないが、その形は見ているだけで面白い。
 がしかし、そんなものは重要でもなんでもなかったのである。
 工場の片側に金網に囲まれたテラスのようなものがあり、なにげなくそのほうへ歩いていくと、テラスの先が穴になっているのがわかった。どんな穴なのかな、と軽い気持ちでテラスから下を覗いた瞬間、われわれは思わずのけぞった。

 

 深っ!
 それは巨大な……巨大すぎる穴であった。穴といえばこのぐらいの深さかなと思う常識的な深さをはるかに超えて、奈落の底へと続いていた。
 まるで高層ビルの屋上から見下ろしているかのよう。地表に立っているのに足がすくむほどである。テラスだと思ったものは、バンジージャンプの台みたいな感じでその穴の上にせり出していたのだった。
 おおおお、これぞスペクタクル。
 素晴らしい!
 地底湖に行く前からこんな驚きが用意されていたとは。
 まさにスペクタクルさんぽとはこのことであった。
 気持ちいいのは、穴がきっちりと四角いことだった。四角く、広さはたぶん50メートルプールよりも広い。底のほうに横穴が開いているのが見えたが、その穴もきっちり四角かった。どこをとっても直線的で、高層ビルから見下ろしているように感じるのはたぶんそのせいだ。
 さらにその穴の壁にジグザグに階段が取り付けられ、下まで降りられるようになっていたり、壁面が雨水に濡れ、赤錆色や緑色のコケのようなものでグラデーションになっているのは、全体として香港を表現しているらしい。表現していないのかもしれないが、結果として香港感があった。きっと底にある横穴の奥には、めくるめく中華風電飾ピカピカ世界が広がっているにちがいない。そんな妄想で頭がくらくらする。
 目を地表に転じると、そこには日本全国どこにでもありそうな田園風景が広がっていて、それがまた珍妙だった。そこにはこんな巨大穴が存在していそうな気配は全然ないからである。田園風景の下に突然香港。その落差が味わい深い。関東平野にこんな変な場所があったとは。
 さらに、そうやって、ひととおり穴を見物してから石材屋内部に目を移すと、さっき見たオレンジ色のスイッチやベルトコンベアなどの工作機械が、まるで極秘の機能を持ったSF世界のマシンのようで、スイッチひとつで重大なことが起こりそうなそんな気配を醸し出しているのだった。あたり一帯まるごとゴゴゴゴゴと宇宙へ飛んでいきそうである。同じ景色でも穴のせいでどんどんスペクタクル感が増していく。
 で、この後、てっきりこの穴の下に地底湖があってこれからジグザグ階段を降りていくのかと思ったら、それはなかった。ラスボスは簡単には姿を現わさないということだ。つづく)(イラスト・すべて筆者、撮影・すべて菅野健児)