続いて、興奮したわれわれが連れて行かれたのは、里山ハイキングである。
 里山ハイキング……。
 語感からは、全然スペクタクルな匂いがしてこないが、まあついていった。
 林の中にトロッコの軌道が残る小さなトンネルと、その横に廃屋となった小屋が残っており、いい感じに枯れていた。小屋の内部にはヘルメットや当時使われていたのであろうノートが散乱し、その上に蔦が這っていた。

「すべてに注意」という看板があちこちに掲げてあった。
 

 大谷石は、江戸の中頃から本格的に採掘が始まり、大正から昭和中期にかけては相当景気がよかったらしい。しかし昨今は安価な建材に押され、現在営業している採掘業者はひとケタに減ってしまった。この廃屋もその名残りだ。
 トンネルを覗いてみたが内部は暗くてよく見えなかった。マッハ氏によれば巨大な空間に通じているとのこと。
 廃屋そばの道をさらに林に分け入ると、石を採った巨大で四角い穴が穿たれているのが見えた。そしてそのまま林を抜けた先には大きな屋敷と大谷石で造られた蔵があった。この蔵は最高級の大谷石で造られているそうで、明治期のものだそうだが、今もピカピカしていてそんなに古く見えない。なるほど最高級は違うのだということが素人にもわかる。

採石場では、石が非常に直線的に切り取られていたことがよくわかる。
 

 最高級の大谷石の特徴は、ミソと呼ばれる穴が少ないことだそうだ。大谷石は火山灰が積み重なってできたものなので、中には枯葉だの生きものだのが一緒に埋もれて紛れ込んでおり、その部分が年月を経て腐ったり抜け落ちたりしてミソになるという。

この穴が「ミソ」。穴が小さいほど丈夫で高級であるとされる。この写真の「ミソ」は大きめ。
 

 マッハ氏は、その穴だらけであるところに温かみというか素朴な味わいがあるのだというようなことを言って大谷石を宣伝した。
 私は沖縄によくあるサンゴでできた石垣を思い出した。あのガラガラした素朴な風合いが、大谷石にもある。マッハ氏の説明を聞いているうちにだんだん大谷石が好きになってきたが、何事もそればかり見ているうちに好きになるのは旅先ではよくあることなので、うっかり極上大谷石壁掛け3点セットみたいなものを買ってしまわないよう注意が必要である。
 里山をひと回りした後は、いよいよツアーは本題に入って地底湖へ向かう。
 地底湖は、入口がゲートで閉じられていた。勝手に入ることはできないのだ。このツアーも、地主を説得し許可をとってようやく実現したのだそうである。
 誰だか知らないが、よくぞ説得してくれた。でなければ、地底湖の存在など、一般人が知ることはなく、私がこうして散歩にやってくることもなかっただろう。
 後に聞いたところ、今までにリピーター含め延べ2000人が訪れたそうだ。2000人といえばまだまだ少ない。これからの散歩スポットと言っていいだろう。
 フェンスでできたゲートの鍵を開けて中に入ると、正面には大きな岩山がそびえており、大きくくりぬかれていた。この町ではありとあらゆる岩はくりぬかれている。くりぬかれていないものは岩とは呼べないぐらいだ。
 ここでヘルメットを被り、ライフジャケットを着て、大きな開口部から中に入った。岩山の内部はかなり広く、バスやトラックでも軽く通れそうだ。天井がかなり高い。穴というより、大きな建物の中にいるようだった。こんなにくりぬいて天井が落ちてこないのか心配になるが、もちろん事前に安全性を確認し、そういう危険な場所は立ち入りを制限しているそうだ。

スケールの大きさに圧倒されたスペクタクルさんぽ隊。しかしまだ序の口であった。
 

 スロープを下っていくとすぐに暗くなり、それと同時にだんだん冷えてきた。内部の気温は4度ぐらいだという。
 ぼんやりとした暗闇にポツポツと明かりが灯っているのが見えると思ったら、そこが地底湖だった。もっと地底の奥深くにあるのかと思ったら、わりとすぐ到着。

 

 明かりは湖面すれすれに設置され、地底湖の姿をぼんやり浮かび上がらせていた。
 大聖堂のような荘厳な雰囲気にワクワクした。
 んんん、ついに来た。自宅から日帰りでこんな場所に立てるとは信じられない気持ちだ。スペクタクル過ぎるじゃないか。
 湖は採石した跡の穴に水が溜まってできたもので、壁も天井も直線的であり、プールといったほうが近いかもしれない。ただ、四角い単純なプールではなく、奥のほうは枝分かれしているようだ。
 そして水辺にあらかじめ用意されてあったゴムボートに全員で乗り込むと、マッハ氏が静かに漕ぎだした。
 水面には粉塵がうっすらと膜を張っていて、透明度はゼロ。たいていこういう水中には、巨大アナコンダ的生物が潜んでいて、闖入者はひとりずつ姿を消されていくものと相場が決まっているが、生きものの気配はなく何の音もしなかった。

水面いっぱいに粉塵が広がっているので、ボートが通ると航跡がはっきりわかる。
 

 奥へ進むにつれ天井が低くなってきたのは、穴が斜めに掘られているせいです、とマッハ氏が教えてくれる。ということはつまりそれだけ水深のほうは深くなっているのだろう。そのへんからボートは交差している水路のほうへ曲がって、探検気分はさらに増していった。
 曲がった水路の突き当りにちょうど人が通れるぐらいの穴があり、ボートがそこに着くと、マッハ氏はわれわれに上陸を促した。
 おお、まだ進むのか。
 上陸すると、そこにはまた別の空間があり、巨大な竪坑があって、その穴から太陽の光が降り注いでいた。
 われわれのいる位置から空は見えなかったが、たぶん先ほどの石材屋で覗き込んだ香港穴も中はこんなふうになっているのだろう。外気が暖かくなる夏には、この竪坑部分に雲ができるとマッハ氏が教えてくれた。

 

 地中の雲!
 そんなものができるのか。なんだかことわざにでも使えそうである。
 [地中の雲]:あり得ない場所に雲ができること。転じて……んんん、何か教訓をくっつけてうまいこと言おうと思ったが、思いつかなかった。
 竪坑と別の方向には戦時中、軍需工場として使われた跡などもあり、ものすごい規模の空間がこの地下に張り巡らされていることが、だんだんわかってきた。
 後に聞いたところでは、この町にはこういう採掘場跡が他に250か所あるそうである。
 250か所!
 ほとんど地下都市だ。
 そう思って天井の穴を眺めると、地上はもう核戦争で滅びてしまったような気がしてきた。

 

 放射能を避けて地下に住むようになった人類は、過酷な環境で苦しい暮らしを強いられていた。しかし、もう人間が住むことはできないと言われる地上では支配者階級が豪勢な暮らしを謳歌していた。地下の住民は真実を知らされないまま、支配者階級に搾取されていたのだ。真実を知ったわれわれスペクタクルさんぽ隊は、支配者階級の専制を覆すため、地下世界から決死の脱出を試みた!
 おおお、なんというスペクタクル。
 いつのまにかわれわれは、とてつもなく重大な局面にさしかかっていたようだ。
 というかべつにあれこれ妄想しなくても、こんな巨大な地下世界が250か所あるというだけで十分すごい話である。ここ以外にももっとでかい地底湖とか超巨大空間とか、謎の迷路状通路とか、ひょっとして地底人とか未確認生物とかそういうものが今後発見されないとも限らない。そうなってくるともう地底湖がどうとかいうレベルの話ではない。パラレルワールドである。
 その無限のポテンシャルに注目している人はもちろんいて、実は今回の地底湖ツアーも、たくさんある採石場跡地を活用していこうという地元有志によるプロジェクトの一環なのだそうである。こんなにでかい地下世界があるのなら、何かに使おうと思うのは当然だろう。
 そういえば、ツアー会社にもらった資料には、アンダーグラウンドリゾート事業などという言葉も書いてあった。
 たしかにリゾートのひとつやふたつ、つくれそうである。今はまだ撮影や商品展示会にスペースをレンタルするとか、独特な景観のなかでディナーを提供するといったメニューが中心のようだが、ゆくゆくは、ぜひトロッコ型のジェットコースターを走らせてほしいものだ。暗闇の中をトロッコで縦横に走り回れたらさぞかし爽快だろう。
 それ以外にも地下温泉とか、地下ホテルとか、雨が降らないからテニスコートなんかもつくれるかもしれない。スケートリンクや、ボウリング場、クライミングウォール、バンジージャンプ、あるいは地下ゴルフ場なんてどうなのか。壁や天井の反射も利用して立体的に攻めるのだ。
 そして一番つくってほしいのはやはり香港のような地底都市である。地上はのどかな里山風景なのに、地下に潜れば香港があるという。それが一番スペクタクルな気がする。
 まあ、べつにスペクタクルを追求する必要はないけれども、私個人の好みを述べるならばそういうことであった。
 ともあれ地底湖ツアーは、スペクタクルどころか壮大な広がりを見せて終了した。今までその平坦さをバカにしていた関東平野に、こんな地下世界が広がっていたとは、いっぱい食わされた思いだ。
 東京近郊にもワクワクする場所はまだ残っていた。
 散歩も捨てたものではないということなのであった。

「OHYA UNDERGROUND~大谷地底探検と里山ハイキング~」へのお問い合わせは下記までどうぞ。

 

(イラスト・すべて筆者、撮影・すべて菅野健児)

 

【このツアーへのお問い合わせ先】
LLPチイキカチ計画
事務局 株式会社ファーマーズ・フォレスト内
えにしトラベル
〒321-2118 栃木県宇都宮市新里町丙254
TEL 028-689-8782(直通)028-665-8800(代表)

※今回の原稿には、取材のために特別にご案内いただいた箇所が含まれています。
ツアー内容については、その都度変更する場合がありますのでご了承下さい。

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