前回の内容紹介にあった南條竹則さんの『ドリトル先生の英国』に、ロフティングが物語を書いたのは「博物学」が盛んだった時代、とありました。すぐに連想したのが、山本貴光さん。山本さんには2005年夏号の「『心と脳』をおさらいする」特集以来、幾度となくテーマを理解し深めるためのブックガイドをお願いしてきましたが、しばしばキーワードのように出てきたことばが「博物学」だったからです。

 ドリトル先生がとても好き、という山本さんに、物語をささえる世界観を紹介しながら新しい読み方ができないものか、と相談すると、さっそく細いロットリングで博物学を中心とした曼荼羅ふうの図表を描き出しました。新しい主題について考えをまとめるときの癖だそうですが、あまりに見事かつわかりやすいので掲載させていただきました(最新号83ページ)。

 エッセイでは、ロフティングが執筆を開始したのは1920年代なのに物語の舞台になったのは19世紀半ばなのはなぜかという謎から説き起こし、この時代が科学技術の革新と博物学の隆盛とによってヨーロッパの人々の好奇心をどれほど掻きたてたかを紹介します。旅行と異文化への積極的な接触、外国語を理解する能力が冒険のカギとなること、動物たちの権利、サーカスの挿話までが、じつは大きな世界観のなかで描かれていたことがありありと見えてきます。
 山本さんのエッセイの締めくくりは、くしくも福岡伸一さんと同じ、「センス・オブ・ワンダー」。じつは、ドリトル先生を好きなひとは誰もが、先生の「未知の世界に驚く」子どものような才能に魅了されてしまうのかもしれません。
 大人になって、「世界に驚く」心がちょっとくたびれたかな、と思われる方に、ぜひご一読をおすすめしたいエッセイです。