1998年にこの世を去られた須賀敦子さんの作品は、今も版を重ねて読みつがれ、また一昨年の没後10年を期して須賀さんをめぐる雑誌の特集や書籍が多数刊行されました。
『考える人』2009年冬号(発売は2008年12月)の特集「書かれなかった須賀敦子の本」もそのひとつでした。須賀さんのご家族や親しく接した編集者、その作品を愛する作家など多くの方々がとっておきのエピソードを語り、作品を読み込んで、須賀さんの人と仕事の知られざる新たな一面を伝えてくれました。
 ここに当然参加していそうでいなかったのが、作家の松山巖さんでした。生前もっとも親しく、隔てなくつきあった友人として、『須賀敦子全集』で詳細な年譜もつくられました。「書かれなかった須賀敦子の本」の直前、『芸術新潮』2008年10月号の特集「須賀敦子が愛したもの」に、そのときお書きになりたいことは十二分に書き尽くされたからかもしれません。それでも、残念なような、ものたりない思いを感じた読者は少なくなかったのではないでしょうか。

 そんな期待にようやくお応えし、2010年秋号から松山巖さんの新連載「須賀敦子の方へ」がスタートしました。
 この連載で松山さんは、まず須賀敦子さんの読書体験を糸口にしてその作品世界を探っていくことにしました。森鴎外の『澀江抽斎』を彼女がいつ、どのように読み、何を想い何に惹かれたか。20代前半に記されている鴎外への言及と、30年以上経って書かれた『ミラノ 霧の風景』でのナタリア・ギンズブルグに対する批評が重なることを、あざやかに描き出し、須賀さんという作家の内で動いていったものに思いを馳せます。

 松山さんは酒を酌み交わし、親しく語り合った須賀さんをどんなときも「態度、立ち居振舞は変わらなかった。緊張するときもあったはずだが、心の奥底に深い重心を湛えているようで、笑みを絶やさなかった」「私は会えば彼女から包まれるような安堵感を味わった」と追憶しています。そして、語り尽くせなかったことを惜しみ、須賀さんが生まれ育った街、歩いた場所、見たもの読んだもの、失ったものや愛したこと、信仰への道筋をたどりなおしはじめました。
 須賀さんが遺した文学や作家について、読書についてのエッセイをはじめとする作品群、夫君ペッピーノや友人への手紙、おりおりの発言などを紹介しながら、彼女の豊穣な世界を読み解く味わい深い連載が始まりました。どうぞご期待ください。