紀行文学についてお話をうかがうなら、池澤夏樹さんをおいてほかにいらっしゃらないでしょう。作家になるはるか前から、池澤さんは旅する人でした。世界各地を旅し、ギリシャに暮らし、沖縄に暮らし、フランスに暮らし、そして現在は、故郷でもある北海道で暮らしていらっしゃいます。

紀行の魅力とはなんなのか、そして池澤さんの愛読する紀行、いまぜひとも読んでおきたい旅の本はなにか、湯川豊さんを聞き手に、一冊ずつじっくりとお話をうかがいました。以下にそのほんの一例、ヘロドトスの『歴史』がどんなに面白い旅行記であるか、という冒頭のお話をご紹介しましょう。

池澤 ……ヘロドトスの書いた本は紀行が土台なんです。話としてはペルシア帝国の小アジアへの進出、ペルシア戦争、最終的なギリシア側の勝利という時の流れがあるわけですが、それをヘロドトスは古代世界を広く歩きまわって得た見聞と絡めて書いているんです。
 行った先々で会った人びと、風物について、聞いて見て調べて、もらさずに書きしるした。ここはどういう土地なのか、この人たちは何をやっているのか、好奇心が休みなく働いていて、見たもの聞いたことが愉快な文体で書かれているんです。
 例えばエジプトでは、ミイラのつくり方に松竹梅と三段階ある、とかね。……それから各地の王族などのゴシップがたくさん語られていて、これが面白い。……つまり古代のゴシップ集。それが地理的におそろしく広いんですね。……
湯川 ヘロドトスは前五世紀の人ですね。書かれたものとしてはギリシア最古といっていい書物が、紀行文学だった。そのことは紀行文学とは何かを考えるときのヒントになるんじゃないかと思いました。

以下、ブルース・チャトウィン、ダーウィンとウォーレス、レヴィ=ストロース、ミシェル・レリス、ル・クレジオ、鶴見良行、星野道夫、宮本常一……と、古今東西の書き手たちが自在に語られてゆきます。ブックリスト付のロングインタビュー、どうぞお楽しみください。