銅版画・オバタクミ

  活動拠点に選んだタワーマンションの十六階に住むことが決まったとき、さみしくなるなと思った。親元を離れるからではない。自然の音が聞けなくなりそうだったからだ。
 私にとって、音で聞ける景色がなくなるということは、家から楽しめる外の景色が消えるのと同じである。窓のない密室のような音環境に耐えられるだろうか。何よりもそれが心配だった。
 四歳のとき、私は目の手術によって視力をなくした。目で見える景色(シーン)が眼前から消えた。この状態を、私は「シーンレス」という和製英語で呼んでいる。視力等級でいうと全盲を意味する。
 成長とともに、音など視覚以外の情報を元にした私なりの「シーン」が育った。自然の音を風景として聞くことは、この「シーン」の重要な部分を占めている。多数の鳥の声の種類をおぼえておくと、野山を訪ねたとき、鳥の声の種類や鳴き方を頼りに、新緑や紅葉、枯野の雰囲気といった風景を脳裏に想像できるようになった。シーンレスが全員このような方法で風景を想像しているわけではない。私の場合、早くから音楽を学んだことと、音を聞くのが好きだったことが良かったようだ。
 私の「シーン」の原風景ともいえる親元の家は、東京都内だが武蔵野の端っこで、庭とベランダのある木造家屋だった。近所にはキャベツ畑が広がっていた。朝には雀が賑やかに鳴いて日の出を知らせてくれた。夏には蟬、秋にはコオロギと、虫の声もよく聞こえた。それらの音が、私にとっての景色だった。
 新拠点は同じ区内だが、駅の目と鼻の先である。マンションの周りはコンクリートの道と大通り。小鳥もいなくはないが、部屋の密閉性が高く、声はほとんど入ってこない。これは厳しいぞ、と困った気持ちになった。
 ところが、新生活に慣れて静かに音を聞く余裕が出てくると、そんな心配は無用だったことが分かってきた。
 転居から一月ほど経った五月の夜、ベッドで眠りにつこうとしていると、いままでに聞いたことのない風の音が、窓の外を流れていることに気が付いた。
地上で聞くと、強い南風にはゴーという低音が混ざる気がする。冬の北風にはピューという高音が入る。こうした音は、家並みを潜ってくる耳元の風のはるか向こうから聞こえてくる。東や西からの風では、このように特徴のある音はあまり聞こえない気がする。これらは私の主観で、なぜ音が違うかは分からない。
 一方、ビルの三十階にある職場では、窓に当たる空気の音は、風というより気流を思わせる。地上では長くても一、二秒しか吹かない風が、ここでは数秒間持続する。台風の前後などは特に、ゴー、ヒョーという音がひっきりなしに窓をかすめて動いている。高さにするとおよそ地上百メートルほどか。この高度の気流が聞こえていることになる。
 自宅のある十六階は、地上およそ五十六メートル。そこで吹く風は、フッという小さい前奏の後、ゴゴッと強く吹き、徐々に弱まってから止む。時期から考えて、入梅の南風、季語で言う黒南風ではなかったかと思う。地上であれば、ゴーッとまっすぐに吹くか、渦を巻くようにゴゴ、ゴフッと吹き回るだろうと思われる風だ。風の持続時間が、地上より微妙に長い気がする。高度があるので風自体もより強いのだろう。けれど、職場で聞くような気流の音ではない。地上の風と空の気流の、ちょうど中間辺りの音なのだ。
 さえぎるもののない空中で、風は空の広さのままに吹き踊っていた。風の音は、窓から窓へと移ろい、部屋を円くなでていく。その動きを辿ると、地上五十六メートルの空の広さが聞こえてきた。吹いては止み、また吹くという不規則なリズムに抱かれて、まるでゆりかごで揺られているかのようだった。大地と空を自在に行き来する風の音は、地球が深呼吸している音に思えた。
 注意して聞くと、風はさらに多くを伝えてくれた。風向きによって、電車の走行音が鮮やかに聞き取れる。新型車両が快調に飛ばしていくと、きょうも順調に出かけられそうだと気持ちが弾む。雨気を含んだ風の音は濡れたように重たく、身構えをさせてくれる。寒冷前線の風の音はまっしぐらに向かってきて、雨雲の動きを音で聞いているかのようだ。風の音に乗って、大地と空の営みが同時に伝わってくる。外の景色が見えない私にとって、風の音は、部屋の外に確実に空と大地が存在していることを知らせてくれる自然のメッセージだった。一人で部屋にいてもこの世から取り残されてしまってはいないことを、風は確かめさせてくれるのだ。
 こうして私は、鳥の声を探すのと同じく、風の音にもアンテナを張るようになったのだった。

(「考える人」2014年秋号掲載)