世の中には、虫を採って集めることを趣味とする者たちが思いのほかたくさんいて、彼らを虫マニアとか虫屋などと呼んだり、あるいは自ら名乗ったりしている。かくいう私もそんな虫マニアの一員である。だいたい、いい年しながら嬉々として虫を集めているような者が、そのように呼ばれるケースが多いようだ。しかし、日本人ならば誰でも幼い頃、夏休みに虫捕り網片手に野や山へと繰り出したことくらいはあると思う。成長していくに従い、他の事に興味が移ったり、もしくは何らかの理由によって突然虫を生理的に受け付けなくなったりして、一人二人と「昆虫少年・少女」を卒業していく。そんな中、そうした数々の篩(ふるい)から落とされることなくしがみついていた者だけが、さらに虫の世界へとより深く、より救いようもないレベルにはまり込んでいくのである。

赤色の脚が艶っぽい美しさを演出する、その名もアカアシクワガタ。
美しいことでことさらにマニアの多い「ゼフィルス」と呼ばれるシジミチョウの一群のひとつ ジョウザンミドリシジミ。

 虫にはまり出した頃は、誰もがカブト・クワガタやチョウなど、大きい上に見栄えもよく、色彩の派手なものばかりを一生懸命集めようとするものである。現に私も、子供時代の単なる虫捕り遊びから、趣味としての昆虫採集へと「脱皮」した直後くらいは、ほとんどチョウばかり集めていた気がする。しかし、だんだん時間が経つにつれて、それらでは満足がいかなくなってくる。なぜなら「メジャー」な虫の仲間というのは、だいたいどこの虫マニアもみな熱烈に集めているため、周りの人と同じことをし続ける作業にだんだん飽きてくるのだ。そもそも、虫マニアには周りの一般人とは違うことに無上の喜びを感じる者が多い。また、それらの虫は、日本国内で集められる種数が比較的限られる。例えば日本国内ではカブトムシの仲間など5種ぽっちしかいない。クワガタもせいぜい50種前後。チョウは250‐300種の間くらいといったところか(毎年、台風で吹き飛ばされるなどして外国産のチョウが日本に飛来したりしなかったりするため、何種であると断定的に言うことができない)。虫になど興味のない人ならば、300種なんてずいぶんたくさんいるじゃないかと思われるかもしれないが、虫でこのくらいの種数だと、シャカリキこいて2、3年くらい日本をすっ飛んで回れば9割方はコンプリートできてしまうような数である。もちろん、それらの中には「天然記念物」やら「種の保存法」やらで保護されていて、勝手に捕まえると自分が警察に捕まるようなものもいるため、全種コンプリートというのは実質不可能である。そのため、その分類群全体の内の9割を集めたら、もう日本国内では集めるものがなくなってしまうのだ。人によっては、財力に物を言わせて、外国産のカブト・クワガタやチョウを標本商から買い漁ったり、あるいは自ら海外へと遠征し、それらを集めるという方向へ走る。しかし、大抵の虫マニアはそんな経済的な余裕はないため、別の方向へ進むことになる。すなわち、日本にいながら誰も集めたがらないような、地味でマイナーな分類群の虫を集め出すのである。

 たとえばカメムシ。世間ではカメムシと言ったら、ただ臭くて不愉快な虫というイメージしかない。農作物を管理している立場の人ならば、それらを枯らす憎き害虫というイメージを持っているかもしれない。しかし、実際のところカメムシの仲間全体の内で、人間との軋轢を生んでいる種など微々たるもので、大抵の種は人間の目につかないようなところでひっそり生きている。そして、樹皮の下や草原の茂みの奥など、人間がわざわざ見ようとも思わない環境に生息する種を中心に、今でも新種がたくさん見つかる。しかも深山幽谷のようなところだけではなく、近所の公園のような場所でさえ、である。だから形態の珍奇なものも少なくないカメムシの魅力に取り憑かれる虫マニアが、ここ数年、少しずつだが増えてきている。もちろん彼らは専門の研究者ばかりではない。あくまでも高踏なる趣味としてである。

古い民家の物置小屋などに住むカメムシ目カメムシ亜目サシガメ科のゴミアシナガサシガメ。日本産カメムシの中でも珍奇な形態で、かつ極めて珍しい種。数年に一度しか見つからない。

 ガも同じだ。ガはチョウに似てはいるものの、日本では長らく人気のない分類群だった。しかし、近年ではガの美しさと愛らしさに目覚め、これらを積極的に集める若手の虫マニアがカメムシ同様、いやそれ以上に急増している。中には虫マニアの縄張り外でも、美術的な側面からガに着目し、これを題材とした絵画、彫刻、陶芸などを作るような人々さえ現れ始めてきた。
 私が思うに、ガの魅力は第一に多様性のすさまじさだと思う。日本だけでもチョウの10倍以上の種数(4000種以上)は余裕でいるし、さらには毎年新種がポンポン見つかっており、最終的に何種この国にガが生息しているのか、まだ判然としない状況にもある。つまりは、長きにわたってお付き合いできる対象なわけである(逆に、いくら集めても終わりが見えないことに嫌気を感じる人は敬遠する分類群でもある)。と同時にガには、さらに虫マニアたちを魅了する要素がある。それが「一筋縄ではいかない」感である。

 あくまでも日本に限った話だが、チョウの場合どんな種であろうと、だいたいその発生時期に生息地まで出向き、日中適当に駆けずり回れば採れるのが普通である。ところが、ガはそうはいかない。ガのほとんどはチョウと違って夜行性のため夜探さないといけないのだが、暗闇の中駆けずり回っても、小さなガを集めるのはなかなか困難であるし、危ない。あまりにアブナいので、ガを集めたい人は夜中に灯りをたく。山間部の見晴らしの良い丘の上まで、発電機と白い布を担いで持っていく。そして、白い布に煌々と灯りを照らす。この灯りというのもいろんな種類があり、昔はアセチレンランプなどというものを使ったようだが、今では水銀灯や紫外線を放つブラックライトが主流のようだ。これにより、周囲にいたたくさんのガがまっしぐらに白布に集まってきて止まる。これをひたすら回収していく、というのがガ採集のスタンダードなやり方である。最近では携帯できるリチウムバッテリーが普及し、重たい発電機を運ばなくてもいいようになってきた。なんだ、向こうから採集対象が集まってくるならばチョウより採集が楽じゃないか、と思うなかれ。ガの中には、灯りに寄ってこない種がたくさんいるのだ。言ってみるならば、灯りをたけばすぐ飛んでくるような種のガは、誰でも採れる「駄物」ばかり。その他さまざまな小道具と、人類の叡智を結集しないと、珍しい種は採れない。

灯火採集(ペルーにて)。

 

 外見がハチそっくりな、スカシバというガの仲間がいる。日中活動する仲間のため、夜間灯りをたいたのでは採れない(来ることもあるが、偶然である)。この仲間は、繁殖のためにメスが特殊なフェロモンを放出し、オスを呼び寄せる。そのため、この仲間のガを採集するには化学的に合成したフェロモン剤というクスリを使う。いくつかの薬剤を絶妙な分量で調合して小さな紙切れにしみこませ、風通しの良い場所に吊り下げると、ガを呼び寄せることができるのだ。ただし、スカシバのフェロモンの成分は種により若干異なるようで、ある種のスカシバには通用する成分組成のフェロモン剤が、別の種には効かないケースもある。いろんな成分組成を調合して試さねばならないのだ。また、このやり方ではオスの個体しか集められないという致命的な欠点もある。メスを採りたければ、野外で幼虫を探してきて家で飼育し、羽化させるという面倒な作業にまで手を染めなければならない。スカシバの仲間は、生きた植物の幹や茎の内部に空洞を作ってそこに納まり、植物の組織を内側から食っている。だから、その幼虫の食草を野外で探し、茎の一部が不自然に膨らんでいる部分を刈り取って持ち帰るのである。ただし、食草が判明していない種もいるため、それらの採集は本当に偶然に頼るほかない。

ヒメアトスカシバ
 

 フェロモンではなく、餌を使う方法もある。それが一番効力を発揮するのは、晩秋から早春にかけて活動するキリガ類に対してだ。キリガ類は、翅(はね)を広げた大きさがせいぜい3~4センチメートルくらいの大きさで、日本にはわかっているだけでも103種ほどいる。最近ではこのキリガ類だけを集めた豪華な図鑑も出版され、一部のマニアの間では爆発的?に売れていると聞く。

 キリガの仲間は全体的によく似通った生活史を持っており、秋口に羽化した成虫はそのままほとんど活動せずに、落ち葉の下や樹皮の隙間などで越冬する。翌年の早春から活動を始め、交尾・産卵を行ったあと成虫は速やかに死ぬ。種々の樹木の幹に産み付けられた卵はやがて孵化し、幼虫は新緑の柔らかい葉を餌にみるみる成長していく。そして、盛夏の前に木から降りて地中で蛹となり、秋の羽化を待つ、といった感じである。

 早春の日没後、キリガは配偶相手を求めて闇夜の森を活発に飛び回る。その途中、腐り落ちた柿の実や、樹幹からわずかにしみ出た樹液をすすって、幾ばくかのエネルギーを補給する。腐った果物も樹液も、アルコール発酵したものであるため、彼らはアルコール臭を放つものにはとりあえず向かっていく習性がある。しばしば、山あいの集落にある地蔵様や墓に供えられている焼酎ワンカップに飛び込んで事切れているキリガを見かけるほどだ。この習性を利用しない手はない。

 私が信州に住んでいた頃、毎年3月上旬くらいに必ずやっていたのが、キリガ「召喚の儀」である。晴れた日の日暮れ前、あらかじめ買い込んでおいた安物の焼酎とカルピスを持って、なじみの裏山へ向かう。林内で手ごろな大木を見つけたら、その幹に勢いよく焼酎をぶっかける。その後、上から適量のカルピスをかけておき、一旦帰る。そして夜の8時過ぎくらいになったら、再びそこへ行く。すると大木の前に立った私の目の前には、にわかには信じられないような光景が広がっているのだ。まだコートを羽織らないと凍えるような寒さの中、焼酎とカルピスがぶっかけられた樹幹を覆い尽くすかのように、何十匹ものガが群がっているのだ。いったい、日中どこにこれだけの数のガが隠れていたのか、と思うほどの数の多さ。キリガは全般的に、明かりに誘引される性質が強くないため、灯火採集ではあまり数多くの個体を確認できない。しかし、同じ場所で酒を使うと、信じがたいほどの個体数を誘引することができるのである。

 キリガの仲間は、どれも煌びやかではないものの、しっかりと観察すると、渋い美しさをたたえていることが分かる。まるで侘び茶の住人のようでもある。全身オレンジ色で、翅にぼやけた斑紋のあるホシオビキリガに、茶色と白のさざ波模様が美しいマツキリガ。ミッキーマウス状の白い三ツ星を背負ったミツボシキリガ、薄い青緑の地に黒点を散らしたさまが大理石を思わす、上品なウスアオキリガもくる。ひときわ大きくて、翅に模様らしい模様のないイチゴキリガは、ド普通種ながら酒でおびき寄せる以外の方法で姿を見るのが困難な種である。

ホシオビキリガ
ミツボシキリガ
ウスアオキリガ
イチゴキリガ

 虫をおびき寄せるために虫マニアがしばしば用いる、こうした酒と砂糖水の混合物を「糖蜜」と呼ぶ。酒100%だと、飛来したガは短時間でまたよそへ飛んで行ってしまうため、少しでも長く引き止めるために糖分を混ぜなければならないのだ。

 糖蜜の材料は、各人がいろいろ工夫しており、中には門外不出の秘密の成分を混ぜる者もいる。私も、ここには決して書けないが某薬品を糖蜜に混ぜたところ、単に酒と糖分を混ぜただけの時とは比べ物にならないほどの成果を挙げている。とはいえ、もっとも基本かつ重要なことは酒と糖分の配合の比率だ。キリガしか来ない寒冷期だったらまだいいが、少し暖かくなるとアリの群れが先に糖蜜を嗅ぎ付け、群がってくる。アリに占拠されてしまうと、他の虫がほとんど来なくなってしまうため、糖分の割合を減らす必要がある。しかし、減らしすぎるとアリは来なくなるが、目的のガなども来なくなってしまう。自分が目的としている種の虫にとって一番の酒と糖分の配分割合を、試行錯誤の末に見出していく。それが、糖蜜採集の醍醐味である。

集まったキリガの群れ。
 

 厳寒の森の酒場に飛来したキリガ達は、どれも乱痴気騒ぎなど起こさない。もの静かに口吻を伸ばし、酒をすする様は、渋い模様の翅と相俟って、カウンターバーに寄り掛るロマンスグレーの紳士を思わせる。ここは高貴な者たちだけが集うことを許される、秘密の夜の社交場だ。私も彼らに礼を失することのなきよう、密かに持参したワンカップを開けて、彼らと一緒にちびちび飲む。景気はどうだい?と心で語りかける。裏山の宴は、静寂の中。(撮影・すべて著者)