東京で、目の覚めるような青い色のバッグを買った。群青色というか、瑠璃色というか。
 その朝、約束に遅れそうで気が気でなく、近道しようと駅前の百貨店内を突っ切ることにした。人混みをかき分けながら歩いていると、前方の売り場に青い点がチラチラと見える。早足でその前を通り過ぎながら、それがバッグだと横目で押さえた。開いた穴から、別天地の空がこぼれ見えているような、印象的な青だった。
 立ち止まらず百貨店を通り抜けて、数十メートル。思い直して、回れ右。
 これ下さい。
 その場でバッグの中身を入れ替えて、待ち合わせ先へ再び向かった。空を飛べるかも、と思うほどその青色は気持ちを高めた。
 日本にいる間じゅう持ち歩き、近くにいる人たちは必ずバッグをじいっと眺め、たとえば買い物をして支払いしようとすると、
 「なんて明るい青色でしょう」
 初対面のレジ係から、ため息混じりに褒められたりした。
 
 日本を発ちパリ経由でニースへ向かう。
 パリ空港。テロへの警戒下で同じフランス内での移動とはいえ、荷物や身体検査はますます厳重になっている。激減した旅行者を、増員された保安検査員たちが透視カメラ越しに、探知機を通し、身体に触れて調べている。
 荷物検査が終わり、ベルトコンベアーに載って出てきたバッグを手元に引き寄せようとしていた私を、探知機前に立っていた女性の検査員が、
 <触れないで。ちょっと待って>
 というふうに手で制止し、ベルトコンベアーを挟んで反対側に立っていた女性の同僚に目配せした。同僚も、急いでこちらに向かってくる。何を注意されるのか、と不安で立ち尽くしていると、
 「ちょっと触ってもいいですか?」
 検査員二人は厳しい眼差しと口元のまま、青く輝くバッグの表面にそうっと触れ、 
 「これ、<クライン・ブルー>ですね……。きれいだわ」
 一瞬、普通の女性の顔つきに戻って、私にだけ聞こえるような低い声で言った。

©UNO Associates INC.
 

 空港を出ると、青一色の世界が広がっている。
 空、海、ニース。
 パリ空港の検査員が、青い色を呼ぶときに出たクラインは、ニース生まれの現代アーティストだった。イヴ・クライン。浜辺に寝転んで空を見ながら、自分だけの青を作ろうと決める。三十代半ばにして夭逝してしまったが、短い時間に<インターナショナル・クライン・ブルー>という青い色を創り上げた。
 
 海岸沿いを歩くと、青が追いかけてくる。
 ゴミ箱、電灯、ベンチ、貸自転車、建物の雨戸、ビーチパラソル……。
 空や海からこぼれ落ちた青が、町の風景を染めている。

©UNO Associates INC.
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 二年前からニース市内では、路面電車の路線延長のために大掛かりな工事が続いている。深く掘り、地下水を汲み上げ、コンクリートを流し込む。高くそびえる数本のタンクは赤く塗装され、青い壁が工事現場を仕切る。
 青、白、赤。
 フランスの三原色が土埃とともに町を縦横に貫き、ニースが新しく生まれ変わることを誇示しているように映る。

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 昨秋のテロ以降、海と空の青をもってしても、町は晴れ晴れとしない。
 まだ人出もまばらな砂浜に寝転んで、広い空を見る。
 あらゆるものからの束縛を逃れて無限に向かって解き放たれていく喜びを、この町の空の色に託したクラインの気持ちを考える。
 ところが今、町なかに流れる国旗の青、白、には作為が感じられ、どこかから手綱を引かれるような印象がある。

 南仏の海の青を辿っていくと、その彼方に色味の違う青を湛えて海が広がっている。トルコブルー。ギリシャブルー。
 各地各様の青を思いながら、いつの間にか自分も浜の青の一部になっている。

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