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垣内俊哉『バリアバリュー――障害を価値に変える』(新潮社)

 何がバリアの正体か

 「骨形成不全症」というのは、生まれつき骨が脆(もろ)くて折れやすい病気。2万人に1人の割合で発症する遺伝性の難病で、「魔法をかけられて生まれてきた」と著者は表現しています。
 
<今日まで骨折は20回くらい、手術も十数回と、人生の5分の1は病院で過ごしてきた計算になります。幼稚園から小学校低学年の頃までは、何とか歩けていたのですが、小学校4年生の頃から車いすに頼らざるをえなくなりました。
 今、車いすに乗っている私の目線の高さは106センチです>
 
 車いすは、一度体験してみればよく分かりますが、視界が一変し、低い目線だからこそ見えるもの、気づくことがたくさんあります。また、町中にある段差、建物の階段がいかに障害となるか、混雑した往来を行く際の肩身の狭さがどんなプレッシャーか、が多少なりとも実感できます。

 幼稚園時代に「あるきたい いつかみんなと はしりたい」と詩に書いた著者が、小学校生活を送るにしたがい、次第に「自分は『普通』ではないんだ」「みんなに『かわいそう』と見られている存在なんだ」「自分は障害者なんだ」と強く自覚し、「心の中にそれまで存在しなかったバリア」を意識します。
 
<「とし君は、かわいそう」「とし君と、遊んであげる」。
 このような私を特別扱いする視線に対して、その「配慮」に対する感謝の気持ちは5%ぐらい。残りの95%は誰に向けることもできない怒りでした。
 この「95%の怒り」がどこに向かうか。今思えば、この時、人生の一つの分かれ道を迎えていたように思います。
 幸いなことに、この怒りのエネルギーは、周囲を恨んで自分の殻に閉じこもろうとする方向ではなく、友だちに媚びたりする方向でもなく、「それなら、どうすればみんなに一緒にいたいと思ってもらえるんだろう?」と解決策を考える方向に向かいました>
 
 まさに、その延長線上に今日の著者があります。みんなと同じように「歩けるようになりたい」と思い詰め、障害を克服しようと必死で努力した時期もありました。しかしながら、それが叶わぬ夢と知り、死の衝動にも駆られます。が、「そんな自分を好きになるには、どうしたらいいのだろう?」と最後に頭を切り換えます。絶望の淵から反転し、新たな挑戦の目標を探し始めます。「歩けなくても、できることがある」「歩けないからこそ、できることがある」――本書で著者が伝えようとするのは、ハンディと見られる障害を、自らの強み、プラスの「価値」として活かせはしないか、という発想の転換です。
 
<ずっと車いすに乗ってきたからこそ、社会に隠れている不便さや不自由さに気づけるのではないか。高さ106センチの世界で生きているからこそ、他の人とは違う視点で物事を見られるのではないか。それを活かせば、他にはないビジネスを創造できるかもしれない>
 あらゆる障害(バリア)は、価値(バリュー)に変えられる――まさに「バリアバリュー」の思考法です。障害をマイナス要因ではなく、価値を生み出す潜在能力として捉え直すポジティブ・シンキングのすすめです。

 ユニバーサルデザインという言葉があります。障害の有無、年齢や性別、国籍にかかわらず、誰もが使える施設や製品や情報のデザイン。このユニバーサルデザインの領域で、日本を世界一の先進国にしたい、それが自分の夢だと語ります。

 大学生3年生だった6年前、ビジネスプランコンテストで得た300万円をもとに、友人とベンチャー企業を立ち上げます。ユニバーサルデザインの視点に立つコンサルティングの会社です。社名の「ミライロ」は、「未来の色」と「未来の路」に由来します。誰でも自由に自らの色を描いていける未来、誰もが自由に歩める未来の路を創り出したい、という願いからです。

 本書は、難病との壮絶な闘いから起業にいたったその軌跡と、「バリアバリュー」の新たな視点で、広大なブルーオーシャン(未開拓市場)に漕ぎ出そうとする企業家のビジョンと二つの要素を備えています。

 ただ、私のような読者にとって、もっとも新鮮で刺激的なのは、“高さ106センチの目線”に捉えられた私たちの「心」のバリア――障害者に対する固定観念や誤った思い込み――が次々と覆されていく部分です。何がバリアの正体なのか、を直視させられるところです。
 
<実は、日本のユニバーサルデザインは世界的に見てもトップクラスです。
 ……たとえば日本の駅のエレベーターの設置率は78%ですが、アメリカの駅は48%。日本にいる時のほうが移動に不便を感じません。
 ……日本の道路はアスファルトで舗装されているので、車いすに乗っていたり、杖をついたりしていても、凸凹にひっかかって転ぶ危険性は低くなっています。
 点字ブロックを50年も前に世界で初めて開発し、敷設したのも日本です。今でも世界中でもっとも点字ブロックが普及しています。……
 ここまでバリアフリーが進んでいる国はなかなかありません。日本のユニバーサルデザインは、胸を張って誇れるものだと思います>
 

 
 ところがその一方で、日本が遅れを取っているのは、「意識」におけるバリアの存在です。設備面でのバリアフリー化は進んでいるけれども、「高齢者や障害者への適切な向き合い方がわからない人」が多いのです。無関心か、見て見ぬフリの無視か、あるいは過剰なまでのお節介か。相手のことをよく見て考えて、適切な配慮を示すセンスが、なぜか欠如しているのです。

 バリアは、いわゆる障害者に限った話ではありません。杖や歩行器を使っている高齢者、ベビーカーを押している夫婦、あるいは妊婦、左利きの人、LGBT(性的マイノリティ)、外国人など、外出したり何かの施設を利用する際に、不安や不自由(バリア)を感じている人たちはたくさんいます。いま何不自由なく暮らしている私たちも、いつなんどき病気や事故で車いす生活になるかもしれません。高齢に向かう道は、もちろん確実に歩んでいます。

 本書でも紹介されていますが、オーストラリア出身のコメディアン兼ジャーナリストだったステラ・ヤングさん(一昨年、32歳で亡くなりましたが)のTEDトークを聞いたことがあります。彼女も、著者と同じ病気でした。

 「私は皆さんの感動の対象ではありません、どうぞよろしく」という挑発的なタイトルのプレゼンテーションで、聴衆の笑いを誘いながら彼女は述べました。これまで社会が共有してきた認識――障害はマイナスだ、だから障害とともに生きることはそれ自体素晴らしい達成なのだ、という理解はウソである、と。

 両手のない少女がペンを口にくわえて絵を描いている写真。義足で走る子どもの写真。そうした「頑張る」人たちのイメージが世の中には流布しています。往々にしてそれらは「あんな大変な人もいるのだ」「自分たちより、もっとひどい人がいるんだ」といった文脈で使われ、見る人を感動させ、勇気づけ、彼らのやる気を引き出します。それを彼女は「感動ポルノ」と呼ぶのです。障害者を健常者の利便のためにモノ扱いし、消費の対象にしていないか、と問題提起するのです。

 笑いにまぶしながら、彼女が相対化したかったのは、障害者を見る社会のまなざしです。それがいかに自分たちにとって、身体や病気の問題以上に、重い「障害」になっているかという現実です。

 もちろん、障害者としての生活には困難が伴います。克服しなければならない課題は山ほどあります。彼女自身、他の障害者の姿を見れば、感銘を受けると語ります。障害者はお互いに、それぞれの精神力と忍耐力を学び合っているのです。

 問題なのは、社会の側に隠されている差別の感情、排除の言説です。障害をネガティブな記号とみなし、それを健常者の秩序を守り、強化するための好都合な道具として消費しようとするメカニズムです。

 「私は、障害が例外としてではなく、ふつうのこととして扱われる世界で生きていきたい」と、彼女はプレゼンを締めくくっています。流行りの言葉で言えば、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂。排除される人をつくらない社会のあり方)に向けた呼びかけと言えるでしょう。

 設立当初から、「お互いが認め合う企業文化」を目標にしてきた著者は、人の隠れた価値を見出し、それを磨くコミュニケーションを重視しています。社員は多様な人たちの集まりです。バリアバリューに賛同して入社してきた新入社員第1号は、当時大学1年生の女性です。その3年後に、なんと彼女の母親も入社してきます。大病を患い、ある時から車いすの生活ですが、ダウン症の息子さんを育てながら、いまや社の重要な戦力です。また、戸籍上は女性ですが、「心も見た目も男性として」生きている社員など、まさにバリアバリューを会社が体現しています。

 とはいえ、人が秘めている可能性を見出し、それに価値を認め、応援していくのは、そうたやすいことではありません。「より大きなバリューを生み出すように上手にホメるには、どうすればいいのでしょうか?」と、著者自身も問いかけます。
 
<私の答えは、「人をよく観察する」ことです。
 ホメるのがうまい人というのは、結局は、相手のことをよく見ている人、ということだと思います>
 
 多様性を認める社会、お互いの違いを認め合う企業文化とは、たしかにそれに尽きるのかもしれません。数回前に取り上げた「我武者羅應援團(がむしゃらおうえんだん)」(No.674)もそうでしたが、応援する前提は、応援される側にいかに寄り添い、相手を理解するかにかかっています。

 相互理解と相互支援。バリアバリューの提唱者が、自ら試行錯誤しているところに、希望の感じられる1冊です。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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