人はなぜ社寺彫刻を見ないのか

 これまで散歩してきた地底湖エメラルドブルーの渓谷は、いわゆる絶景だった。
 なので私は絶景好きと思われているかもしれないが、そうではない。まあ絶景でもいいんだけども、私が求めているのはスペクタクルであり、スペクタクルというのは、見せる、見た目がすごい、という意味であって、それは絶景だけの話じゃないのだ。
 今回は彫刻を見にいこうと思うのである。
 神社仏閣の欄間や軒下などにある社寺彫刻。
 何それ、地味~、とか言ってはいけない。
 一見地味なようで、よく見ると思いのほかスペクタクル。それが社寺彫刻だ。
 思えば神社仏閣はみな行くけれど、軒下にひっそりとたたずむ彫刻をじっくり見る人は少ない。
 暗くて見えなかったりするし、高すぎてよく見えないこともあるし、うまく見ることができてもスペクタクルじゃない彫刻もある。理由はいろいろ考えられるが、何よりあれを見るものだという意識がそもそもない。
 思い出してみてほしい。
 お寺のお堂の賽銭箱の上、あのガランガランと鳴らす大きな鈴を取り囲むようにして、龍だの花だの天女だのの彫刻があるのだが、あれをじっくり鑑賞してみようと思ったことがあるだろうか。
 柱の上のほうに象や獅子みたいな動物の顔が出っ張ってたりするけれども、あれを見て、お、ナイス象! とか思ったことがこれまでに一度でもあっただろうか。
 なかったと思う。
 ほとんどの人はないだろう。私もだ。
 社殿やお堂の前に立つとき、人はいろんな思いで頭がいっぱいで、彫刻など眼中にないのだ。そんなに深刻じゃない人でも、意識はそれなりに奥に向かって集中しており、頭の上が面白いことになっている事実に気づかない。
 一方で、同じ彫刻でも仏像などは、手を合わせる対象そのものだから、視野の中心にあって、小さくても暗かったりしても見る。仏像に興味がなくても、その姿がどんなふうか一応見る。べつに決まりがあるわけではないが無意識にそうなのだ。
 これは、男女が道ですれちがうとき、ただの通りすがりであって恋愛対象になる可能性はなくても、どんな顔かちらっと見てみるみたいな「見てみる」ようなもので、見て得することはべつにないものの、そうはいっても一応見てみないことには無意識レベルでおさまらないのである。
 他方、社寺彫刻は、めいっぱい着飾って気を引こうとしているにもかかわらず、見てもらえない。なぜあいつには自然と人が注目するのに、私はいつもスルーされるのか。おのれ仏像爆発しろ、と思ってるかどうか知らないけども、同じ彫刻なのにこの差はなんとしたことであろうか。
 私もはじめは仏像や神像にだけ目がいっていた。装飾のほうは存在は知っていても、まるで眼中になかった。どうでもよかったのだ。
 学校でたとえれば、隅っこでぼそぼそしゃべってる地味なグループみたいなイメージ。そのなかに自分の恋愛対象がいるとは考えてみたこともない。
 それが、あるときを境に気になりはじめたのである。
 きっかけは、あるフランス人作家の本だった。その本に、日光東照宮の彫刻にクラゲがいると書いてあったのだ。クラゲなんかいたっけな、とふしぎに思い見にいったところ、なんと彫刻全体が滅法面白かった。
 そのときの顛末は別のところで書いたので繰り返さないが、以来社寺彫刻が気になるようになったのだった。本当に大事な人は実はすぐそばにいた、みたいな感動があったのである。
 喜びとともにあちこち調べてみると、日本全国にものすごい社寺彫刻が埋もれていることがわかってきた。当たり前だが、どれもが全部素晴らしいわけではない。仏像と同じで、ナイスな社寺彫刻はあるところにしかない。なので見るべきものを見にいかなければ感動は味わえないわけだが、例をあげると、たとえば新潟の西福寺、埼玉の妻沼山歓喜院聖天堂など、これまでは地元の人以外注目していなかった、そういう彫刻が、観光資源として続々と日の目を見はじめている。
 社寺彫刻を見にいく旅。
 ……新しいのではないか。
 なぜみんなもっと注目しないのか。
 というわけで、私が率先して見にいくことにしたい。
 千葉県にすごい彫り師の作品が残っているのだ。
 彫り師の名は、波の伊八。
 厳密には初代「波の伊八」、武志伊八郎信由である(伊八は五代までいる)。
 伊八郎信由は、宝暦2年(1752年)安房国長狭郡下打墨村(現在の鴨川市)に生まれ、彫物大工として安房・上総を中心に多くの装飾彫刻を残した。
 なにしろ波の伊八というぐらいだから、波を彫ればすごかったらしい。
 関西の彫工たちに「関東に行ったら波を彫るな」と言わしめたその彫刻の腕前は、実際に馬で海に入って波を横から観察することで会得したと伝えられる。
 馬ごと海に! 
 おおお、スペクタクルの予感がするではないか。

日本最優秀の龍

 今回は4人での散歩である。いつものメンバーに編集のニシ氏を加えて、JRの茂原駅からスタートした。
 ニシ氏が唐突に合流した理由は不明だ。大きな麦わら帽をかぶって水玉模様の服で現れたところを見ると、われわれの散歩は編集部内でバカンスのようなものとして認知されているのかもしれなかった。
 ためしに他の人の連載を読んでみると、みなもっと格調高いことを書いていて、私の連載だけが浮いているように感じられる。
 まあ、連載が7本あれば、そのうち1本は日曜日みたいな記事がある。そういうものだ。そしてこの連載こそがそれである。ニシ氏の麦わら帽はそのことを暗に示していた。読者もゆめゆめこの連載に格調高い内容を求めてはならない。
 さて、伊八の彫刻は房総半島のあちこちに散在しているため、今回もスガノ氏の車に乗ってまわることにした。初代伊八の作品が残る寺社は、小さい作品を含めると数十もあってとてもすべてはまわりきれない。それでここぞという数か所に絞った。
 最初に目指すのは、茂原駅から少し内陸に入った称念寺だ。
 編集のシラカワ氏が電話で問い合わせてみると、称念寺は写真撮影禁止で堂内にも入れないとのことだった。彫刻はその堂内にあって、ガラス越しにしか見られないらしい。先方は「どんなに偉い人が来ても取材は一切お断り」「観光客に来てもらっても困るから、人寄せのような記事は書かないでほしい」と言っているとのこと。
 そんな場所に行ってどうする、だったら他を当たれ、と読者は思うだろうが、称念寺だけはそういうわけにいかなかった。
 本堂内部正面の欄間にある「龍三体の図欄間三間一面」がものすごいのである。今回の伊八めぐりのメインテーマはこの龍と言ってもいいぐらいだ。
 ガラス越しでも見られるならばそれでいいことにして出かけてみると、寺そのものには境内の囲いもなく自由に入ることができた。朱塗りの立派な山門をくぐり、本堂にたどりつくと、これも朱に塗られ、まわりにこみいった彫刻が彫られている。
 そうそう、本堂の軒下は、こみいってなくちゃはじまらない。
 だが、今はそんなのは放っておいて、ガラスに手を当てて中を覗いてみると、
 おおおお!
 いたいた、スペクタクルな龍が。
 龍は中央欄間に取りついていた。というか、彫ってあるのだが、まさに取りついていると言いたいような生々しさだ。
 真ん中に、赤い稲妻を散らしながら巨大な青龍が波に乗ってこちらを見据え、右に赤龍、左には白龍。それらの体がうねりのたくって、青龍の体などは欄間をはみ出し、梁をのりこえ、天井にぶつかってとぐろを巻いている。あまりにはみ出しているため、いったいどこまでが欄間で梁で柱なのか、よくわからないぐらいだ。はみ出しすぎではないか。
 欄間彫刻というのは、たいてい一枚板を立体的に見えるよう工夫して彫るが、そういう小手先の技を捨て、立体も立体、天井の下に本物の大蛇が蠢(うごめ)いているようである。
 看板の説明書きを読むと、明治の巨匠小倉惣次郎が「日本最優秀の龍」と推賞したとあった。
 なんと、あの巨匠小倉惣次郎が!
 って全然知らない人だけれども、日本最優秀というのは決しておおげさじゃない。描かれた龍、彫られた龍すべてひっくるめて、日本最優秀なのかもしれない。
 町の有形文化財の指定を受けているとあったが、その程度の指定でいいのかという思いだ。ウサイン・ボルトに町内運動会のメダルをあげているような話ではないのか。もっとどーんと大盤振る舞いでもいいんじゃないか。
「すごいですよ、これ。お金取って見せてもいいぐらいでしょう」
「生きてるみたいですね」
「京都にあったら千円は取ってるな」
 本来ならば、当然ここは写真でその迫力を伝えたいが、撮影できなくて実に残念だ。
 せめて絵葉書でも売っててくれれば買うのだが、絵葉書どころか売店も納経所もなかった。うううう、写真集があってもいいぐらいなのに……。
「じゃあ、宮田さんのイラストで」
 って、こらこらシラカワ氏、気軽にいうな。
 この迫力をイラストで再現できるわけがないのである。プロの画家でもこの躍動感を写しとることは不可能だ。ましてイラストレーターでさえないこの私が。
 ということで描いてみました。

龍三体


 んんん、われながらなんと真に迫る絵であろうか。
 驚異の大迫力を感じてもらえたら幸いである。
 ともあれ、これほどの大傑作がこんな房総半島の田舎にポツンとあることに驚く。日光東照宮の国宝「眠り猫」なんて目じゃないのである。
 のっけからのスペクタクルに、やはり社寺彫刻がただものではないことがわかった。可能ならもっと近くで見たかったが、波の伊八作品は他にもあるので、今後に期待することにしよう。
 そういえば、龍に気をとられて、本尊が何だったか見るのを忘れていた。それはつまり、ふつうなら仏像に圧倒的差をつけられてスルーされる欄間彫刻が、ここでは仏像を食ったということである。

ゴッホは伊八の影響を受けていた?

 次いでわれわれが向かったのは、いすみ市の行元寺(ぎょうがんじ)だ。
 ここは伊八の欄間彫刻「波に宝珠」で有名である。
「波に宝珠」ってことは、波の伊八の波が見られるということだ。
 波の伊八の波!
 これを見ないわけにはいかない。
 先の称念寺は観光客は来なくていいとのことだったが、行元寺は逆に大きな駐車場を設け、そこらじゅうに看板を出して宣伝に努めていた。寺によってずいぶん対応が違うものだ。
 伊八だけでなく、高松又八だの五楽院等随といった知る人ぞ知る……んだろうけど私は知らない名前が書かれた派手な看板が参道にどかどか並んでいた。こんなに看板いらないだろ、雰囲気ぶち壊しではないか。商店街じゃないんだから。

参道にどかどか並ぶ看板。


 そもそも高松又八とか五楽院等随っていったい誰なのか。それも看板に書いてありそうだったけど、めんどうなので読まずに先へ進んだ。
 立派な山門をくぐり境内に入ると、平日は予約なしでは見学できないと表示が出ていたが、ちょうどおばさんが出ていて案内を乞うと中に入れてくれた。ありがたい。
 本堂の欄間彫刻がなかなか立派だ。彫ったのは高松又八。ああ、これがかの有名な……ってさっき看板で見ただけだけど、この人も名工であるらしい。派手な彩色が美しかったが、波の伊八に気がはやってよく見なかった。伊八の波は、本堂ではなく書院のほうにあるようだ。
 廊下を通って書院へ通してもらうと、小さな部屋に5枚の欄間彫刻があり、そのひとつが「波に宝珠」だった。
 これが伊八の波か。
 って、しばらく見ていたが、なんだかピンとこない。
 ピンとこないけど、こういうものは神妙な顔つきでふむふむ頷きながら見るのが通例だから、神妙に見た。ふむふむ。
 まるで葛飾北斎の『富嶽三十六景』のひとつ「神奈川沖浪裏」のような、どっぱーんとした波が彫られ、丸い宝珠が浮いていた。例によって写真撮影禁止だったので絵で描いてみると、こんな感じである。

波と宝珠


 ………ま、とにかく波が彫られているわけだが、称念寺ですごい龍を見てきたせいか、あんまり感動がない。こんなことを言っていいのかどうかわからないが、波なんてどこでもこうなんじゃないの? 
 考えてみると私は伊八以外の波がどんなふうだったか、よく覚えていないのだった。そんなに細かいところまで丁寧に見たことがなかった。
 行元寺のパンフレットには、北斎の「神奈川沖浪裏」は、北斎がこの欄間に出会ってできたと記されている。そして北斎の浮世絵をゴッホが見習い、さらにギュスターブ・クールベら西洋画の巨匠たちへとその技が伝播していったのだと。伊八からの北斎、北斎からのゴッホ、そしてクールベ。
 つまりこのタイプの波を世界で最初に描いた(彫った)のが伊八である、伊八グッジョブ、と、そう言いたいらしい。
 ゴッホ、波なんて描いてたっけ。少なくとも私の記憶にはないが、もしこの通りだとすると、どこでも見られると思ったのは、みんながこの波をマネしたからということになろうか。
 つまりこれこそが「元祖、波」なのだ。なるほど。
 ここで改めて依頼品を見てみよう。
 波は中央から左に向かって大きく盛り上がり、上部はぐるっと覆いかぶさるように弧を描いて今にも砕けんばかりである。北斎のように波頭がチリヂリに砕け散ってはいないが、その構図はまさにあの「神奈川沖浪裏」そっくりと言っていい。
 そして中央に浮かぶ丸い珠。これは、ええと、大きさから判断して、二人乗りの深海艇が浮上してきたか、もしくはわざと海に落下させた宇宙船の帰還カプセルのようなものだろうか。
 んんん、やっぱりどうもピンとこない。この宝珠が感動を殺いでいる気がする。波に比べて彫るの簡単そうだし、スペクタクルを感じないのだ。
 伊八の代表作ということで見にきたが、そういう事前情報なしにこれを見たら記憶に残らなかったかもしれない。ただこれが元祖であるなら、軽んじることはできないだろう。最初の一歩というのは、1を10にするよりも大変なことだからだ。


 礼を言って本堂を出ると、正面の休憩所みたいな場所に、「このボタンを押すと波の伊八の音楽が聞けます」と書いてあって、どんな幻想的な音楽かと思ってすかさず押してみた。

 飛龍の目玉が きらりと光り
 動かんばかりに迫りくる
 波を彫らせりゃ 日本一
 神社仏閣 諸国を巡り
 数多の名作(しごと)を世に遺す
 波の伊八が 今熱い

 ……演歌だった。
 こんな調子の歌詞が3番まで壁に書いてあった。波の伊八が今熱い、と最後は広告のコピーみたいになっている。
 ボタンを押した手前、最後まで聴くべきかとも思ったが、そういえば飛龍の目玉あたりで重大な用事を思い出したので、足早に駐車場に戻ったのであった。

お出かけの際は、ここで「波の伊八」の音楽をお楽しみください。
つづく)(撮影・菅野健児)
 

※こちらで紹介した社寺彫刻は、一般に見られるものですが、所有者や周りに充分ご配慮のうえ、ご覧ください。