すぐれた社寺彫刻は3Dである

 飯縄寺(いづなでら)は太東崎にほど近い天台宗の古刹。本堂に初代伊八の最高傑作とも称される欄間彫刻「天狗と牛若丸」がある。最高傑作と聞けば見ないわけにいかない。
 飯縄寺はあらかじめシラカワ氏よりご住職に取材を打診してあり、写真も撮影の許可をいただいている。訪ねると、村田住職と奥様がいっしょになって案内してくださった。
 寺は海沿いの里にあって、境内に入ると意外に緑が深く、それでいてぽっかりと明るく、どこかの南国に来たような雰囲気である。
 まずは「天狗と牛若丸」を拝観すべく本堂に向かうと、遠くから見ただけで、正面軒下にわしゃわしゃと彫刻が施されているのが目に入った。いい感じにこみいっている。やはり軒下はこうであるべきだ。近づくとそれは龍であった。さらにその奥には赤と青の天狗面が懸けられ、その形相がすさまじい。本題に入る前から豪勢で、気がはやる。

わしゃわしゃした彫刻と天狗面。


 階段をあがって中に入ると、目指す「天狗と牛若丸」が正面頭上にどーんと姿を現した。

天狗と牛若丸


 おおお……。
 思わず声が出るほど、すごい迫力。
 インターネットでも画像がアップされているのでどんなものかは見て知っていたが、実物とネット画像では盛りあがり方が全然ちがう。
 天狗も松も牛若丸も、左右に踊る龍も、もりもりに盛りあがっていた。
 称念寺の龍三体もそうだったが、その盛りあがり具合たるや、一枚板から彫りだされたとはとても思えないほどだ。
 社寺彫刻、とりわけ欄間や、お堂の横壁にあたる胴羽目と呼ばれる部位の彫刻は、二次元の板を彫っていかに三次元的に見せるかが勝負であり、すぐれた作品はそれが板の厚みを越えて盛りあがってるように感じられる。実際にはそんなわけはないのだが、そう見える。言ってみれば3Dである。
「天狗と牛若丸」は、めちゃめちゃ3Dであった。

目玉にはギヤマン(ガラス)が使われており、目が合うと結構怖い。


 そして村田住職がおっしゃるには、左右の龍が波に乗っているが、その波をよく見ると、左の波は穏やかだが、右の波は荒々しい、伊八が波を描き分けているということであった。

波と龍(左)
波と龍(右)
 

 言われてみれば、なるほどちがう。左もそれなりに荒々しいが、それはサーフィンできそうなぐらいの波であり、右は大シケである。それは大きくうねり、のたくって、空中でねじれ、らせん状に立ちあがったりしてありえない姿になっていた。だがそんなことは問題にならない。すごい躍動感。
 んんん、これが伊八の波か……。
 行元寺では微妙に思えた伊八の波だったが、やっぱりすごいのかもしれない。そんな気がしてきた。大胆で、かつ精緻なのである。
 ご住職によれば、伊八の彫りかたの特徴として、木目を最大限に活かすという点があるそうだ。精緻に見えるのも、木目をうまく活かし、シンプルに彫ったものでも幻想的に見える工夫がされているからだという。
 たしかに、天狗や牛若丸の腕や膝や衣装を見ても、木目がきれいに活きている。そのせいで実物以上に立体的に見えるのだろう。

よく見ると、木目に沿って波が彫られており、細かなうねりを木目をうまく利用して表現している。


 しばらく見とれたあと、ご住職夫妻がお茶をふるまってくださった。そのときに、やはり北斎は伊八の波を参考にしたはずだという話を聞く。三省堂の英語の教科書にも載っているのだとか。事実北斎はこの地を旅しており、伊八の波を見た可能性がかなり高いらしい。
 伊八→北斎→ゴッホ説は、まんざら妄想でもなかったのだ。
 そして伊八が実際に馬で海に入って波を観察したのは、まさにこの近くの太東岬でのことだったらしい。
 波の伊八、侮りがたし。
 いいものを見た。
 このあと寺に伝わるマリア観音なども見せていただき、最後は、昨今の世相の話になって、ご住職に「最近若い人の自殺が増えている。そういう人たちが未来に希望を持てるようなことを書いてください」と言われたのだった。突然の責任重大な期待にうろたえたが、そういうことなので、若者はこのバカンス的な連載を読んで自殺を思いとどまるように。

伊八の特徴は、細やかさ

 
 お世話になった飯縄寺を退出し、ちょうど昼も回ったところだったので、昼ごはんにしようということになった。聞けば、このあたりには伊八にちなんだご当地グルメがいろいろあるようだ。伊八丼、伊八定食、伊八御膳などなど、どれも地元で取れた魚をベースにした料理で、伊八はすでに地元では大ブレーク中なのだった。そんななか私が食べたのはおふくろの味定食。
 こらこら、そこは伊八食えよ、という声もあろうが、個人的に食いたいものを食ったのである。
 バカンス・ニシ氏はここで帰り、残る3人で鴨川の大山寺へ向かう。
 大山寺の不動堂に、伊八が龍を彫っている。
 お堂は山の中腹にあり、森閑とした境内からは青々とした里の景色が見晴らせた。
「千葉にいるとは思えない。四国かどこかのようだ」
 とスガノ氏が言った。そのぐらい山深い眺めだった。
 この大山寺も、称念寺と同じように無住である。他のお寺によって管理されており、案内をお願いすると、そちらのご住職がわれわれのためにわざわざ来てくださった。
 伊八の龍は向拝(こうはい)付近に飛龍と地龍の2体あり、地龍が大きい。正面軒下の水引虹梁と呼ばれる梁にあって、これまでになく目玉がぐりぐりしている。胴体もどっしりと太く、これまでに見たものと比べて、マスコット感があふれていた。つまり簡単に言うとかわいい。そう見ると、伊八らしくないようだが、飛龍のひげが細くうねりながら伸びる鋭さは伊八ならではと思う。

大山寺の飛龍と地龍


 お堂内部にも伊八の作と考えられている龍の彫り物があり、こちらのほうはさすがの精緻なつくりであった。
 同じお堂でもいろんな彫り師が関わっている場合があり、そういうところではそれぞれの違いを見ることができる。もちろん、パッと見た感じではよくわからない。どれもよくできた彫刻だなと思うだけだ。

お堂の内部を特別に見せて頂いた。すべてが伊八の作品ではないが、こちらももりもりと立派な彫刻がたくさん彫られている。


 ただこれまで見てきた印象で言わせてもらうと、伊八の彫ったものは線が細かい。たとえばここの飛龍のひげなど、あまり細くすると折れてしまいそうな部分も、がんがん削って細くしている。よくぞ途中でポキッと折れなかったものだと思う。

こちらも伊八の手によるものと言われている。


 波が評価されるのも、波の先端を丸めないで枝分かれさせていく細かさにあるのではあるまいか。ふりかえってみると、あまりピンとこなかった行元寺の波も、細い線で構成されていた。あれはやはり画期的であったのだ。
 ほんの4つの寺を回っただけだが、波の伊八は期待通りスペクタクルだった。もともと社寺彫刻そのものが、よくよく見れば、仏像などと同じように見応えがあるものであり、そのなかでも技術が卓越した彫り師の彫刻となれば、それは面白くて当たり前なのである。
 今まであまり注目されてこなかったのは、ただそれを見るものとしてみんなが認知しておらず、作品としても日光東照宮の「眠り猫」ぐらいしか知られていなかったからにちがいない。私は「眠り猫」が国宝なら、伊八の「龍三体の図欄間三間一面」も「天狗と牛若丸」も国宝以上なんじゃないかと思う。

 最後に私は、伊八とは違う、この房総半島で名をはせたもうひとりの彫り師の名を挙げておこうと思う。
 その名は後藤義光。
 次は後藤義光の彫刻を見にいくことにする。つづく)(撮影・菅野健児)

※こちらで紹介した寺社彫刻は、一部を除き一般に見られるものですが、所有者や周りに充分ご配慮のうえ、ご覧ください。