いっぱんに紀行文学のジャンルに入れられることのないヘロドトスの『歴史』ですが、この特集では3人の方が挙げていました。ひとりはジャーナリストで『皇帝ハイレ・セラシエ』『黒檀』などの作品のあるリシャルト・カプシチンスキ。池澤夏樹さんもロング・インタビューで、『歴史』の旅行記としての面白さから語りはじめてくださいました。そして、総括的なブックガイドを書いてくださった山本貴光さんの最初のリストのなかにも、ヘロドトス著『歴史』が入っていました。
 山本さんは、ブックガイドを書くとき(あるいはそれ以外の執筆の場合も)、念頭に「旅」のようなイメージが浮かぶと言います。地理や空間の旅だけでなく、歴史や時間の広がりをも含む旅。ひとつの出来事、ひとつの作品、ひとりの人物、ひとつの道具、ひとつの感情など、それこそどんな対象でもかまわないけれど、あるものに向けて旅をするようにたどっていくのだ、と。
 そんなときに必要なのが、ものごとを大まかに眺めさせてくれる地図なのだそうです。地図を描いてみて「あ、いまここにいるのかな」とわかったり、どちらに進むかという指針を立てたり、「君はそこにいるんだね、私はここだよ」と互いの位置や違いも確認しながら会話することもできるようになると言うのです。
 ヘロドトスの『歴史』は、世界を歩き回り、書かれたものを解読し、その見聞を記すことで、紀元前5世紀のギリシア人に世界と自分自身について考えさせた本なのです、と山本さんは教えてくださいました。でも特集で他の方も言及されている上に、今回のブックガイドでリストアップされた本は50冊を超えたため、泣く泣く外していただきました(かわりといっては何ですが、カプシチンスキの「ヘロドトスと気づきの技法」を山本さんに翻訳していただきました。面白く、必読の講演です)。
 古代世界の旅、巡礼・宗教の旅、貿易・冒険の旅、学問・留学の旅、江戸の旅、芸術の旅、空想の旅、想定外の旅――人類のいとなみは「旅」そのものであり、それを描いたものが「文学」になった、ということが深く胸に落ちるブックガイドです。ここに挙がった60余冊は、5000年におよぶ「旅」にまつわる書物から厳選したものばかり、どうぞ本誌でじっくりご覧ください。