キクガシラコウモリ。福岡県の鍾乳洞にて。

 長らく住んでいた信州からはるばる九州に移り住んで、もうすでに2年あまりが過ぎた。こちらで日々を過ごす中、私には新しい趣味と生き甲斐が出来た。地下性生物の探索である。
 九州には、熊本県や大分県あたりを中心として大小無数の洞窟(主として石灰岩洞窟)がある。そんな洞窟の中では、暗闇に生きることに特化した多種多様な生物たちが息づいているのだ。こういう珍奇な地下性生物を探して見つけ出すのが、面白くてたまらなくなってしまったのである。
 洞窟の生き物と言えば、大抵の人間はコウモリくらいしか思い浮かべないかもしれない。もちろん、コウモリもコウモリでとても面白い生物なのだが、彼らはあくまでも八百万の地下性生物が織りなす大樹の一葉に過ぎない。昆虫、クモ、ヤスデ、甲殻類その他もろもろ、米粒ほどもないような小さな生物たちこそが、この暗黒世界の真の主役である。
 それら有象無象の中でも抜きん出て面白いのが、チビゴミムシの仲間であろう。大きな種でも1cmを越すのは稀な、小型の甲虫の一群だ。日本には約400種前後が分布するが、それらのうち過半数の種が洞窟や地下深くに生息する。これらは共通して、体色が薄くて赤っぽい、翅が退化して飛べない、そして複眼が退化して視力を持たないという形態的特徴を持つため、「メクラチビゴミムシ」と呼ばれている。彼らは眼がない代わりに、長い触角と数本の細長い体毛を持っており、これで周りの物体の存在を感知しながら暗闇を疾走する。とても物が見えていないとは思えないほどの、素晴らしいスピードだ。私が生まれて初めてこの仲間の虫を見つけたのは二十歳前後の頃、場所は静岡県のとある洞窟の中だった。暗闇の中、湿った場所に落ちていた石の下にいたそれは、地表にいるどんな種の昆虫とも異なる雰囲気を醸していた。深紅のつやめく体、長い脚、無駄を最大限削り取ったその姿に、私は魅了された。あれから10年間の空白期間を経て、メクラチビゴミムシの総本山たる九州にやってきて、あの時の情念がよみがえってしまったのだ。

 メクラチビゴミムシの名は、しばしばインターネット上の掲示板等で酷い名の生物として、半ば茶化して紹介される事が多い。それに対して、「研究者は何考えて命名したんだ」とか、「命名者はこの虫に恨みでもあったのか」などのコメントが連なる、という流れがパターンとなっている。念のため強調しておくと、生物の和名というのは、その分類群を象徴する基準の種にまず名前を付け、その近縁種に関しては基準の種と比べてどんな特徴の違いがあるか(体の大小、色、ツノやキバの有無ほか)で個々の種の名前が決定されている。したがって「メクラチビゴミムシ」についていえば、たまたまゴミムシという甲虫の分類群の中で、小型種からなるチビゴミムシというサブ分類群があり、さらにその内訳に眼のないメクラチビゴミムシという仲間がいるというだけの話に過ぎない。間違っても命名者が、「よし、何か今すげームカついてる気分だから、この虫の名はメクラチビゴミムシにでもしてやる」などと、いきなり思い付きで付けたのではないことは、世間の側がもっと認知すべきである。
 ちなみに、メクラチビゴミムシの和名ばかりが世間では取りざたされるが、学名(属名) のカッコよさに関して何故誰も触れないのか、まったく謎である。トレキアマ(ナガチビゴミムシ属Trechiama)、リューガドウス(イシカワメクラチビゴミムシ属Ryugadous)、ヒミセウス(キウチメクラチビゴミムシ属Himiseus)、マスゾーア(ヒダカチビゴミムシ属Masuzoa)、タラッソドゥヴァリウス(イソチビゴミムシ属Thalassoduvalius)など、中世のドラキュラ退治の物語に出てくる戦士の名だと言えば、知らない人は皆納得しそうに思える。オロブレムス(キタメクラチビゴミムシ属Oroblemus)など、RPGのゲームに登場する幻獣の名とでも言えば、誰もが納得しそうではないか。「中二病」の心を揺さぶる虫達である。
 ともあれ、昨今ネットの検索エンジンでメクラチビゴミムシなどと入れようものなら、上述のようなくだらない上にふざけたサイトしか引っかかってこず、この虫の学術的な面白さの真髄が一切理解出来ない。研究者ではない一般の人々に身近な生物の魅力を伝えるのが、この連載の最たる目的である。なので、ここではメクラチビゴミムシの真面目で面白い話だけを語る。

イズシメクラチビゴミムシ


 日本だけで400種前後いるチビゴミムシ達だが、これらのうち眼がない(あるいは痕跡しかない)メクラチビゴミムシ類に関しては恐らく300種以上は確実にいて、全種が日本にしかいない。しかも、それぞれの種は日本国内の中でも非常に限られたごく狭いエリアにしか分布せず、なおかつ原則として、複数種が同所的に共存していない。「1地域、1メクラチビゴミムシ」の法則があるのだ。これはメクラチビゴミムシに限らず、あらゆる分類群の微小地下性生物に見られる傾向である。
 ちなみにメクラチビゴミムシは洞窟にしか住んでいないと思われがちだが、そうではない。実際には洞窟のみならず周囲の地下の空隙にも住んでいる。なぜなら、体長数mmの虫にすれば、人が入れる大きさの洞窟もわずか幅数mmの砂利同士の隙間も同じこと。彼らは、洞窟を拠点に住んでいるのではなく、地下水脈にそった地下の隙間に挟まって生きているに過ぎないのである。
 また、そんな生活環境に住んでいることからメクラチビゴミムシは、とにかく乾燥に弱い。体が乾いてしまうと、簡単に干からびて死んでしまうため、自分が今生息している地下水脈の周囲から遠く離れることができない。おそらく、遠い昔には日本の地下水脈はもっと単純な流れで、この流れに沿って今日よりずっと少ない種数のメクラチビゴミムシが広域に住んでいたのだと思う。それが、その後の地殻変動に伴い、地下水脈が重ねて分断され、メクラチビゴミムシともども孤立化していった。彼らはやがて細切れに分断された各々の水脈周辺で、よその仲間達と一切交流を持たずに代替わりを続け、ついにはそれぞれの地域で独自の種へと分かれて行った(もちろん、分断のされ方によっては水脈そのものが枯れ、滅びていった種もいるだろう)。つまり、理論上では日本国内に数多存在する地下の水系の数だけ、メクラチビゴミムシの種数があることになり、現在、認知されている300種をはるかに凌ぐ、種の多様性を見せてくれる潜在力がこの国にはあるのだ。実際、毎年のように日本各地で新種のメクラチビゴミムシが、有志達の手によってわらわら発見されている。夢のある分類群なのである。

 移動能力を持たないことが分かり切ったメクラチビゴミムシという分類群は、日本の国土の地史的な成り立ちを知る上でも多くの情報を我々にもたらす、歴史の生き証人である。例えば、イズシメクラチビゴミムシという種が愛媛県に分布する。この種の直近の親戚筋と考えられる種は、愛媛県はおろか四国全体のどこにもおらず、しいて言えば近縁な種が瀬戸内海を挟んだ対岸の本州、中国地方にいる。メクラチビゴミムシが海を泳いで渡ったはずがないので、大昔に四国北部と中国地方が地続きだった事を示す名残と言えるだろう。また、ウスケメクラチビゴミムシという(他意がないとはいえ、メクラチビゴミの上に、さらに薄毛とは!)種が大分県の東海岸沿いにいるが、これに極めてよく似た近縁種が、豊後水道を挟んだ対岸たる愛媛県の海岸沿いにいる。そのため、かつて九州の北東部と四国の西部が地続きだったということが明瞭に理解できる。地下性生物は、生ける歴史書と呼んでも過言ではなかろう。

ウスケメクラチビゴミムシ


 さて、日本のメクラチビゴミムシは新種だらけだ、といったものの、じゃあそんなに日本中どこでもかしこでも新種だらけならば、明日から国民総新種発見者になれるかと言ったら、それは考えが甘い。メクラチビゴミムシは、とにかく捕まえる作業が過酷なのだ。
 洞窟に住む種ならば、洞窟に入って石をひたすらめくれば大抵採れる(それにしたって、落盤やら滑落やら遭難やら、相応の危険を伴うが)。しかし、洞窟で採れる種の多様性は、既に昔の昆虫学者が徹底的に調べ尽くしており、実はもう新種は限りなく出ない状況にある。そのため、洞窟のない地域で地下を掘り、砂礫の隙間にいる種を狙うことになる。こういう場所にいる種は、まだ調査が十分進んでいないため、新種発見の確率は格段に高いのだが、それに辿り着くまでの一連の作業はもはや虫採りの範疇を超えている。
 地形図を頼りに、まず山間部の谷筋を脇目も振らずに登りつめる。そして、山沢の源流部ギリギリまで行き、水が無くなるくらいの場所まで辿り着いたら、そこを掘る。ためらいもせず、50cmくらいを一気に掘ると、やがて地下水面にぶつかる。そしたら、今度はその地下水面を追うように水平方向に掘って行く。すると、土砂を除ける過程で運が良ければメクラチビゴミムシをはじめ種々の地下性生物が出てくるのだ。この採集において、掘るポイント選びは極めて重要で、ダメな場所をいくら掘っても出ない。ダメそうならば、早々に見切りをつけて別の場所を当たるべきなのだが、慣れないうちはその踏ん切りを付けるタイミングを測り難く、「あと少し掘ったら出るんじゃないか」と思い、掘り続ける無間穴掘り地獄に陥りやすい。また、この採集方法は俗に土木作業と呼ぶのだが、これはいいというポイントに当たったら、休憩なしで2時間くらいは一気に掘らないといけない。なぜなら途中で休んでしまうと、掘る際の振動や掘ったせいで生じる空気流通の異変に驚いた虫が、どんどん地下の奥へと逃げてしまい、捕獲がなお困難になっていくからだ。それ故、土木作業の後は全身泥だらけかつ激しい筋肉痛に見舞われるが、その結果たった1匹でも地下の空隙から深紅の甲虫が出てきたら、もう嬉しさもひとしおだ。
 一方で、新種発見の可能性はほぼないとはいえ、洞窟でメクラチビゴミムシを探すのもまた違った面白さがある。ダンジョンをさまよい、宝探しをする感じに近い。真っ暗な中をヘッドライト一つで突き進み、地面に落ちている石を一つ一つ調べていく。狭い上に湿度の高い洞内で、ずっと腰をかがめて下ばかり見ているのは、なかなかきつい。しかし、この作業を辛抱強く続けていくと、十数個に一つくらいの割合で、手に取った石の裏側に小動物が取りついているのを見つけられるだろう。暗闇での生活に適応し、体の色素が抜けて真っ白いワラジムシやクモがその筆頭だ。時々、大きなハサミをたずさえサソリのような姿をした、カニムシという生物も出てくる。そんな中、動かした石の下から小さな赤い生物がパッと走り出したら、すぐさまテンションが跳ね上がる。洞窟内で、石を動かした瞬間そこから走り出す小動物といったら、メクラチビゴミムシくらいしかいないからだ。また、メクラチビゴミムシの中でも特に地下生活に特殊化した大型種の場合、石の下のみならず洞窟の壁面を這い回っていることもある。真っ白い鍾乳石の上にたたずむ赤い甲虫の姿は、まるで陶磁器の上に垂らした一滴の血液だ。

ラカンツノカニムシ。ひょろ長いハサミを前方に突き出して、獲物を探りつつ歩く。四国の特定の洞窟に固有。
クメジマイボブトグモ。沖縄県の固有種で、好洞窟性種。これまで発見された個体はわずか。詳しい生態は不明。
マシラグモ一種。多数の近似種がおり、洞窟毎におおむね住み分ける。鍾乳石の隙間にシート状の網を張る。


 石灰岩洞に火山岩洞など、洞窟と一口に言ってもピンキリだが、地下性生物を探すならば断然コウモリが生息する場所のほうがいい。コウモリの住む洞窟の地面には、大量のグアノ(排泄物の堆積)があり、それが小さな生物にとって貴重な栄養源となっているからだ。多くの地下性生物は外界を出歩かないが、コウモリは夜間洞窟から外へ飛び出し、沢山の餌を食べて再び明け方には洞窟に戻る。そして、洞窟内で排泄する。コウモリは、有機物の少ない地下世界に外界から有機物をもたらすという、重要な役目を担っている。コウモリが住む洞窟を見つけると、いったいどんな地下性生物に出会えるのかワクワクする。ただし、コウモリは神経質で怖がりな動物なので、繁殖期や越冬期などはみだりに洞窟に入るのは控えたいものである。(撮影・すべて著者)

※一般向けの雑誌や書物、展示等では、しばしば差別的との理由から、メクラチビゴミムシが「メクラ」と「チビ」を抜いた名で紹介される事例が散見されます。しかし、如何なるものであれ、生物の標準和名というのはそれ自体が立派な一つの固有名詞です。個人の裁量で、勝手に都合悪いと判断した単語を抜き差ししてよい性質のものではないという、著者の研究者としての信念に則り、本稿ではそのままの名を表記しています。(著者)