村上春樹さんのロングインタビューを特集した「考える人」2010年夏号が、〈100誌の編集長+100名の書店員が選ぶ!〉第1回「雑誌大賞」グランプリを受賞しました。創刊編集長の松家仁之によるこのインタビューは、『1Q84 BOOK3』刊行の翌月、新緑の箱根で2泊3日にわたっておこなわれました。400字詰め原稿用紙に換算すると340枚(単行本一冊分の分量です)にのぼる長大なインタビュー。その巻頭におかれたことばと「編集部の手帖」を再録します。

村上春樹氏の小説世界は、目に見える現実だけでなく、その奥底に横たわる目には見えない現実をありありと浮かび上がらせる。それは、私たちのこころとからだに直に触れてくるような、あるいは、私たちの深い暗がりに光を投げかけるような、個人的で普遍的な物語だ。一九七九年のデビューから三十年。折々に変貌を遂げながら、物語の間口と奥行きを広げてきたこの作家は、自分自身のなかにどこまでも深く潜ってゆくことで、現代に生きる私たちのための物語を、ひとつ、またひとつと掘りだしてきた。顧みると、『ねじまき鳥クロニクル』から『海辺のカフカ』、『1Q84』へといたる道のりには、とりわけ確かな一本の線が見てとれる。同時にこの過程で、作家のなかに少なからぬ変化がもたらされたこともまた窺える。物語は、どこからどのようにして生まれてくるのか。人はなぜ、物語を必要とするのか。日常を少し離れた新緑の山にこもって、じっくりとお話をうかがった。二泊三日にわたるロングインタビューの全貌をお届けする大特集――。

松家仁之(本誌)・聞き手
interview by Matsuie Masashi
 

編集部の手帖―ハッセルブラッドと午後の雷―

 村上春樹さんへのインタビューは、五月十一日の火曜日から十三日の木曜日まで、三日間にわたって行われました。
 もしこれがテレビ番組のインタビューだとしたら、それなりの人数のスタッフが必要になってくるはずです。しかし雑誌というのは呆れるほど人手が要らず、ひとりでも取材は可能です。私が持参した機材はオリンパスのICレコーダー一台と、故障したときの補助にソニーのMDレコーダーを一台。それだけでした。
 最終日に撮影にやってきたカメラマンの菅野健児氏も、アシスタントなしのひとり。今回はふだん撮影に使っているデジタル一眼レフも予備で用意しましたが、メインの撮影はモノクロで、カメラはハッセルブラッド、ライティングなしの自然光、と相談してありました。なぜデジタルではなくモノクロフィルムで、しかもハッセルブラッドなのかといえば、今回の村上さんの撮影にはそれがふさわしいのではと何となく思ったからです。

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