久しぶりに戻ったミラノの家の郵便受けに、エアメイルが一通あった。手書きの宛名に、くすんだ青色のインク。ロベルトからの手紙だ。家に入るのを待ちきれずに、エレベーターの中で開封する。
 
 ロベルトとは、ミラノのバールで知り合った。その店には、時間を持て余すとき、人と待ち合わせるときに、あるいは休憩がてらに、昼食を作るのが面倒な日、作っても一人で食べるのは寂しい、というときに行く。狭い店で、壁に寄せて三つ四つ小卓が並んでいる。
 平日の昼下がりに行くことが多い私は、一番奥の席で朝刊や前日の古新聞に目を通す。コーヒーを注文する日もあれば、外で買ってきた切り売りピッツァを持ち込みビールを頼むこともある。朝刊と古新聞を読むうちに、ゆらりふらり、今日と昨日の間を浮遊する気分になってくる。
 酔ったのか、と思い始める昼でも夕方でもない時間帯に、いつもロベルトはやってきた。学校からの帰りがけだろうか。来るときまって、「冷たいガス入りミネラルウォーターお願いします」と注文し、カウンターの端に積んである新聞を取ってテーブルに着くと、持参したフォカッチャを頬張りながらスポーツ記事を読みふけるのだった。スツールは座り心地が悪く、他に長居する客はいない。何度か顔を合わせるうちに、ときどき話すようになった。 
 「アメリカへ行くことになりました」
 家庭にいろいろな事情があったらしい。単身、引っ越すという。
 嬉しいのと悲しいの半々の面持ちをしている。しっかりしているようで、まだ高校生なのだ。少し思案して、新しい旅立ちの祝いに、日本製の万年筆を贈った。
 自分の名前が刻字された万年筆を手に取り、満面の笑みだった。

© UNO Associates Inc.


 ロベルトが手紙を書くのは、特別なことがあったときである。
 <論文試験を万年筆で清書して、高得点だった!>
 <これが僕のガールフレンドです(同封された写真の裏書き)>
 今日の手紙は、どういう知らせだろうか。
 <日本のインクは素晴らしい! 何色か見繕ってもらえませんか>
 スマホやタブレットでのやりとりが主で、文字を読み書きするのは学業ぐらいかと思っていたら、どうも違うらしい。
 近所にある、古い筆記用具専門店へ行った。ドゥオーモにほど近い、一等地にあるその店は、客一人分しか通路幅がなく、両側に壁が迫り、その壁には床から天井までガラスケースが設(しつら)えてある。奥には、老いた店主が時計店の技師のような拡大レンズの一眼メガネを掛けて座っている。うつむいて熱心に作業している指先には、万年筆のニブ(ペン先)があった。
 「お客さんといっしょに日本へ行きたいですねえ」
 そう言って、店主は脇のケースを指差した。そこには、モンブランでもパーカーでもペリカンでもない、日本のメーカーの製品が整然と並べてあった。
 「代理店が決まっていましてね、好きに仕入れられないんですよ」
 店主が「もっと欲しい」と言ったのは、日本製のインクだった。

 しばらく前、故あって船上生活をしていたことがあった。定住場所を持たず、潮と風に流されるままで、行く先も戻る先も知れない毎日だった。自由なのか、終焉なのか。先行きが見えず、暗澹たる様子に見えたのかもしれない。ある日、年長の友人から包みが届いた。付けペンとインク壺が数個。すべて青インクだったが、<サルデーニャの海><カリブ海><太平洋><紅海><北海>とガラス壺に記されたインクは少しずつ異なる青い光を放ち、未踏の海路を思って胸が高まった。
 ペンで青い色を掬って字を書くと、さまざまな海に飛び込むような気がした。

© Julie G.Pisu/UNO Associates Inc.


 東京へ戻り、ロベルトに贈るインクを探して店から店へ。
 夏を控えて、<日本の生物シリーズ 「クラゲ」>というインクが出たのを知る。しかも五種類のクラゲの五色である。
 驚いて、ヴェネツィアの画家に知らせると、電子メールの向こう側でも驚いている。
 一拍置いて送られてきたメールには、
 <今晩、流れ着いたもの>
 と表題が付いて、桃色の大クラゲの写真が添付されていた。水中で月光を浴びて儚く光り、もの哀しい。
 そういえばヴェネツィアが出版のメッカだった十五、六世紀、イカ墨をインクの原材料にしていたのを思い出す。セピア(seppia イカ)色。クラゲにイカ、か。

© Luciano Rosato/UNO Associates Inc.


 東京の夏、クラゲ色を詰めたインク壺の中で、透明感のある五色が揺らめいている。クラゲを<海月>と書くのを、初めて知った。
 さて、ロベルトにはどのクラゲ色を贈ろう。

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