文明が飛躍する時

 世の中の変化というものは、不連続に起こる。変化が起こっている時には気づかずとも、後から振り返ると革命的な変化はあっという間に起こり、オセロのコマをひっくり返すように、気がつけば全てが入れ替わってしまっている。

 身近な例として、音楽の録音メディアを挙げてみよう。戦後に登場し、長きにわたって音楽の普及を支えてきたレコード盤は、1982年にコンパクトディスク(CD)が登場すると、あっという間にその王座を譲り渡した。そのCDも、ウェブによる配信が普及すると、信じられないほどの速度で姿を消しつつある。ほんの数年前まで、100万枚売れるCDが数えきれないほど出ていたとは、ちょっと信じられないほどだ。

1920年代のレコード(シェラック製)

 もちろん世の中の変化は、こうした物質的なことばかりでなく、あらゆる形で起きている。その引き金になるものは、時によって様々だろう。一人の思想が全てを変えることもあるし、5分ほどの音楽が人々を突き動かすこともある。

 しかしここでは、我々の生活を変えるほどの変化をもたらすものとして、「素材」の力に注目してみたい。ある優れた材料が登場し、世の中に受け入れられ、人々に行き渡るほど量産され、普及することにより、世の中は大きく動く。たとえば鉄の鍬の普及により、楽に深く畑を耕すことが可能になり、人口増加をもたらしたことなどがその例に挙げられるだろう。「石器時代」「青銅器時代」など、素材の名称は時代の大区分にさえなっている。

 進歩の律速段階

 生化学の用語に、「律速段階」という言葉がある。AがBへと化学変化し、BがCへ、CがDへ……という一連の変化の中で、最も反応速度が遅い段階を指す。この段階の速度が、全体の変化速度を決定してしまうため、この名がある。高速道路で、1ヶ所が大渋滞していたら、他の区間を時速80キロで走っても100キロで走っても、全体の所要時間はほとんど変わりないだろう。この渋滞区間が「律速段階」に相当する。

 文明がひとつ上のレベルに進むためには、さまざまな要因が必要だ。素晴らしい才能の主や、人々の心構えの変化、政治や経済、気象や災害など、多くの要素が絡んでおり、これらが出揃わないと変化は起きない。しかし優れた新素材は、他の要因よりも格段に出現しにくい。時代が求める素材の登場こそは、世に大きな変化を起こすための決定打、律速段階となるものではあるまいか。

 先述のレコードを例にとってみよう。レコードは当初、カイガラムシの分泌物を固めた「シェラック」という樹脂が用いられていた。しかし1950年代に入り、ポリ塩化ビニル(塩ビ)製のレコードが普及し、一挙にポピュラー音楽という巨大市場が形成された。もろく摩耗しやすいシェラックに比べ、塩ビは丈夫で軽く、保存性にも優れ、量産も可能だ。この素晴らしい素材がなければ、音楽が多くの人の手に届くことはなかっただろう。

 1950年代以降、世界の音楽界には続々とスターが出現し、それ以前の時代とは様相が全く変わってしまった。では1950年代以前には、優れた才能の主がいなかったのだろうか? そのようなことはあるまい。プレスリーやビートルズに匹敵する優れた作曲家やパフォーマーはいても、彼らの作品を安価かつ高品質に、世界の人々に届ける素材が存在しなかったのだ。もちろんテレビなどの普及も大きな要因ではあるだろうが、塩ビのレコードなくしてミリオンヒットはなかったことは確かだ。世界の音楽文化にとって律速段階となったのは、ポリ塩化ビニルという素材の登場だったのだ。

ザ・ビートルズ(左から、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)


 歴史上、こうした例は数多くある。一方の国だけがある素材を活用し、他方は知らなかったことが、戦争の行末さえ左右したというケースも多い。本連載では、歴史の中であまり顧みられることのない各種の素材たちに焦点を絞り、紹介していくこととしたい。

黄金の輝き

 世界を変えた素材の1回めに取り上げるのは、金(きん)だ。これほどまでに世界の人々に渇望され、欲望を掻き立ててきた物質は他にない。

 金は、天然から純粋な金属の姿で得られる。単体(他の元素と化合していない、単一の元素から成る純物質)として見つかることが最も普通という元素は、金が唯一だ。他の金属元素、たとえば鉄やアルミニウムなどは、多くが酸素と結びついた「酸化物」の形で見つかる。酸素に溢れた惑星である地球で、その攻撃をはね返せる金属はごく少数なのだ。

 そして金は美しく輝き、どのような条件でも錆びも変質もせずに残る。このため、各民族によって古くから発見され、珍重されてきた。ツタンカーメン王の黄金のマスクは、制作から3300年以上も経過しているにもかかわらず、まるで昨日作られたかのような比類ない輝きを放っている。民衆に王の力を示すため、これ以上の素材はなかった。

ツタンカーメンの黄金のマスク(MykReeve/Wikipedia Commons)

 
 ギリシャ神話のミダス王の物語は、金への欲望を端的に表現したストーリーとして最も古いものだろう。ミダスは、酔いつぶれた神シレノスを手厚くもてなし、礼としてどんな望みも一つ叶えてやろうと持ちかけられた。ミダスが望んだのは、手に触れたものが全て黄金に変わる力であった。

 しかし彼が喜んだのもつかの間、食べようとしたものも飲もうとしたものも、全て金に変わってしまうことに気づく。最愛の娘さえも黄金の彫像に変えてしまったところで、ミダスは自らの欲望を激しく後悔し、神に懺悔した。すると「パクトロス川の水で体を洗え」という神託を得て、無事元に戻ったというストーリーだ。

ウォルター・クレイン画『ミダス王』


 実はこのミダスは実在の人物で、紀元前8世紀末頃にプリュギア(現在のトルコ中西部)を治めた王であった。実際に彼の王国は黄金のおかげで豊かであり、パクトロス川は砂金を産するというから話はよくできている。

 この話は、金というものの本質をよく捉えているともいえる。後先を考えなくなるほどに誰もが欲しがるが、金自身は何かの役に立つわけではない。富者の身を飾るか、欲しいものと交換する他、使いみちはない物質なのだ。金歯や電子部品など、金の実用的な用途が拓かれるのは、はるか後の時代のことになる。

 実際、金を実用的な材料として用いようとした場合、良いところはほとんどない。比重が19.3(鉄の約2.5倍)にも及ぶ上に、柔らかく傷つきやすいため、武器や工具などに使うにはあまりに不便だ。流通を目的とした金貨やジュエリーも、純金では硬度が不足するため、10%程度の銀や銅を含んだ合金が用いられている。つづく