葬式仏教である「仏壇」、日本の仏教界をかたちづくる人的集合体としての「仏壇」。そのどちらからも遠く離れて、仏教を根本から考えてみようということではじまった特集ですが、とはいえ「仏壇」は私たちのごく身近にあります。8人の論客がそれぞれの視点から自分と仏教、日本人と仏教のかかわりを問い直しました。

酒井順子さん「我が家の仏壇」。ご両親を見送られたことで近年、仏壇を管理する役割を引き継がれ、それまで気づかなかった効能を発見します。「『食べる』『寝る』『遊ぶ』『排泄する』等、家族が生きていくための様々な役割を持つ家の中で唯一、『死を思え』と家族に対して発信し続けている場所が、仏壇です」。

井上章一さん「拝観料と花柳界」。京都のお寺の拝観料の高さ、祇園の茶屋など芸妓のかたわらで目撃される僧侶について、意外や井上さんは肯定的です。その理由とは? 「当局の文化財行政も見はなした。それを、わずかに、京都の仏教界がささえている。……彼らのゆとりと助平心こそが、京都の花柳文化をすくっているのである」。真の危機と退廃は、じつは違うところに潜んでいるらしいのです。

千宗屋さん「茶と宗教」。「一碗の茶を通じて、主客が心を直に通わせて心の平安を得る――茶の湯は、そもそも仏道との縁が格別深く、そのルーツも平安時代以来の寺院での飲茶の習慣にある」。歴史をひもときつつ語る、茶の湯と仏教との理想像、それはおそらくご自身が追い求める理想の境地にちがいありません。

佐々木閑さん「日本仏教から失われた『律』」。僧すなわちお坊さん、ではなく共同体として統率するための規則「律」を守って暮らす状態だけを僧と呼ぶのだそうです。インドやタイ、韓国や台湾でも律が守られているのに、「律の規則は、仏教の方向性を定めるための最も大切な要素であるが、日本の仏教にはその律がないため、一旦道を逸れ始めるとブレーキがきかなくなる」とするどく指摘されています。

勝本華蓮さん「現代の尼さんの傾向と対策」。ビジネス界から転身して得度、その後仏教研究者となった経験から、あまり知られることのない尼僧のリアルを解説してくださいます。「尼寺は、富士山と同じで、遠くから眺めると美しいが、中に入ればごみも落ちている」。出家の動機やタイプで割り出した「傾向と対策」が必見です。

みうらじゅんさん「グレイト余生。」。「そもそも答えがないことで悩もうとした自分が間違ってたんだということに気付いた。そんなことより今を大切に生きる方がどれだけ重要であるか。それにはあまり自分を信じない方がいいんじゃないか」。かつて“仏像ブーム”を牽引し、“アウトドア般若心経”を5年がかりで完成させたみうら画伯が、迷いと解脱、さまよえる魂の遍歴を語ります。

松下弓月さん「仏教と『サブカル』」。若き住職にして超宗派のネット寺院「虚空山彼岸寺」編集長もつとめる師が、仏教好きとサブカル好きの共通点を分析します。「サブカル好きもお釈迦さまも、このままならない生に悩み苦しむという、身を抉り取られるような感覚を共有しているのではないだろうか」。

吉永進一さん「近代仏教史の余白から」。「近代仏教史の余白には、流星のように現われては消える人々がいる。それらを追っていけば、いまだ教科書には書かれていないようなスリリングで豊かな広がりが見えてくる」。真の仏教を日本に伝えようとしたイギリス貴族スティーブンソン、インディアナ・ジョーンズのモデルとなったアメリカ人マクガヴァンの活躍を紹介します。

さまざまな立場からの、さまざまな見方。仏教について考えるための、いくつもの手がかりが見つかるはずです。どうぞ本誌を手にとってご覧ください。