夏号では、小特集「漱石を読もう!」を掲載しています。
 今年は、夏目漱石の没後100年。ちなみに来年は生誕150年なので、2年連続のメモリアルイヤーです。
 小説に興味がない人でも、教科書で『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』の一部を読んだことはあるでしょう。お札にもなった、まさに国民的な作家です……が、猫が家の内外を徘徊するあの話や、坊っちゃんが田舎へ行くあの話って、一体全体なんの話だったのでしょう? 漱石はなにを書いた人だったのか、いま漱石を読んだらなにが読みとれるのかを、これを機にちょっと考えてみたいと思い、いろいろな方にご登場いただきました。

 

 まずは、今年3月に行われた町田康さんと都甲幸治さんの対談から。テーマはずばり、デビュー作『吾輩は猫である』。漱石とおなじ英文学者の都甲さんが“知ったかぶりをし続けなければならないインテリのかなしみ”を語れば、愛犬スピンクを主人公とする小説や猫のエッセイを持つ作家の町田さんは“動物を主人公にすることで虚無を笑いに変える、小説の技法”で応えます。

ここに書かれているのは虚無的な考え方です。でも、今時何をいうてんのと思われるかもしれないですが、僕は若い頃から「人間、虚無的になるに決まってるやんけ」と思ってパンクやギャグをやってきた。「死ぬしかない」ということを書くことは、言葉によって虚無から救われることになる。笑いを書くことこそが、小説を書くことなんじゃないかと思っています。————町田康

  町田さんの小説との思わぬ共通点が発見されたりと、100年の時を超えて『猫』の世界がいきいきと甦る対談でした。

 続いて、さまざまな“考える人”たちにアンケート「私のベスト3」への回答をお願いしました。小澤征爾さん、塩野七生さん、養老孟司さん、森見登美彦さん、渡邉恒雄さん、柳家小三治さん、壇蜜さん……などなど、総勢21名の回答には、それぞれ漱石作品のどんなところに魅力を感じているかが如実に表れています。

猫から見たユリウス・カエサルを書こうかと数年前から思っているのですが、わが人生の残り時間では実現しないでしょう。でも、ときどき猫に向ってのカエサルのグチなど考えては、一人でクスクス笑っています。————『吾輩は猫である』塩野七生(作家)

とかく息が詰まる世の中だからこそ、坊っちゃんの“長い物に巻かれない”清々しい生き方を見直したい。————『坊っちゃん』新谷学(「週刊文春」編集長)

寝る前に一日一話ずつ、想像力をフル稼働させて話中の夢をイメージしてみて下さい。自分のこれから見る夢と共鳴しそうな気がして、私は好きです。————『夢十夜』壇蜜(タレント)

 

 それぞれの回答者“らしい”コメントの数々をお楽しみいただきつつ、どの作品が人気だったか、漱石アンケート"Webでも"と合わせて確かめてみていただければ幸いです。